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HamCup 鬼の系譜

第一章 - 鬼を継ぐもの

春の陽気が校庭を包む中、ケイとミオは高校2年生になっていた。二人は美術部で腕を磨き、HamCupというアートコンテストに情熱を注いでいた。

新入生の入学式の日、二人は後輩たちを迎えるため校門に立っていた。そこへ、野性的な目つきの新入生が現れる。

「ケイさん!ミオさん!」

その声に、ケイとミオは驚いて顔を上げた。そこには、かつての仲間、アユフマの姿があった。

「アユフマ?まさか、ここに入学してきたの?」ケイが驚いた様子で言う。

アユフマは二人をじっと見つめ、突然叫んだ。「何でそんなに変わっちまったんですか!あの、鬼子母神の殲滅鬼と呼ばれた2人はどこに行っちまったんすか!」

周りの生徒たちが驚いて振り返る中、ケイとミオは顔を強張らせた。ミオは慌てて静かに言った。「ここじゃまずいわ。放課後、裏庭で話そう」

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放課後、学校の裏庭。3人が集まっていた。

「説明してくれよ」とアユフマが食い下がる。「あんたたち、中学の時はめちゃくちゃ強かったじゃねーか。なのに今じゃ...」

ケイとミオは真っ直ぐにアユフマを見て答えた。

「アユフマ、私たちは次の標的を見つけたんだよ」とケイが静かに言う。

「今の私たちはお前から見て格好悪いか?」ミオが続ける。「だが私たちは今が1番輝いてると思うんだ」

アユフマは激しく首を振った。「んなわけねーだろ!ちまちま絵を描いてるアンタらなんて全然カッコよくねーんだよ!」

ケイは突然怒鳴った。「アユフマ!」

その声に、アユフマは思わず後ずさりした。ケイとミオの目には、かつての鋭い光が宿っていた。むしろ、中学時代よりも強い何かを秘めているように見えた。

ミオが静かに言った。「アンタが私たちのことを分からないのは仕方ない。アンタはまだ出会ってないんだ」

「な.....なんすか。その出会ってないって。何にアンタらは出会ったんすか...」

ケイとミオは同時に答えた。「HamCup だよ」

ケイはスマートフォンを取り出し、画面をアユフマに見せた。そこには、カップの中でくつろぐハムスターの姿が描かれていた。色鮮やかで、まるで生きているかのようなリアルな絵だった。

アユフマは画面を覗き込み、思わず息を呑んだ。瞳が大きく開かれ、その中に絵の鮮やかな色彩が映り込む。唇が小さく開き、つぶやくように言葉が漏れた。

「なにこれ......可愛い......」

その言葉を発した瞬間、アユフマは自分の言動に気づき、慌てて口を手で覆った。頬が赤く染まり、目をぎょろぎょろと泳がせる。

「い、いや、そうじゃなくて!」アユフマは声を荒げ、必死に否定しようとする。「べ、別に可愛くなんかねーし!ただの絵じゃねーか!」

しかし、その必死さが逆に本心を露呈させているようだった。ケイとミオは小さく笑みを浮かべ、互いに目配せする。

アユフマは自分の反応に戸惑った。心の中で相反する感情が激しくぶつかり合う。一方では、目の前の絵に引き込まれそうになる自分がいた。カップの中のハムスターの愛らしい姿、その柔らかな毛並み、くりくりとした瞳。それらが不思議な温かさで彼女の心を満たしていく。

しかし同時に、もう一方の自分が必死に抵抗していた。「何がいいんだよ、こんなちっぽけな絵なんかよ!」と心の中で叫ぶ。拳を握り締め、歯を食いしばる。でも、その抵抗さえも、どこか空しく感じられた。

「くそっ...なんでだよ...」アユフマは小さく呟いた。怒りや反発を感じるはずだった。でも、その感情が薄れていくのを感じる。代わりに、これまで感じたことのない何かが彼女の心を満たしていく。

「あたしは...」アユフマが小さな声で言う。「あたしはまだ...分からないけど...」

ケイとミオは優しく微笑んだ。

「大丈夫よ」ケイが言う。「焦る必要はないわ」

ミオが続ける。「私たちも、すぐに分かったわけじゃないから」

アユフマは黙って頷いた。まだ完全には理解できていないものの、ケイとミオの言葉に何か大切なものが含まれていると感じていた。

その後の数日間、アユフマは複雑な心境に陥っていた。教室の窓から美術部の部室を見つめ、ケイとミオの姿を追いかける。二人が絵筆を持つ姿は、かつての喧嘩をしていた頃とは違う、穏やかさと強さを秘めていた。

「なんでだろう...」アユフマは独り言を呟く。「あいつら、なんであんなに...輝いて見えるんだ...」

夜、自室で天井を見つめながら、アユフマは中学時代の記憶を反芻する。暴力で問題を解決しようとしていた日々。そして、ケイとミオの現在の姿。二つの姿が頭の中で重なり、そしてずれていく。

「あたしも...変われるのかな」

翌日の放課後、アユフマは美術部の前で立ち止まっていた。扉の向こうから聞こえてくる笑い声と筆を走らせる音。躊躇する気持ちと、中に入りたい気持ちが交錯する。

深呼吸をして、アユフマはゆっくりとドアノブに手をかけた。

ドアが開くと、ケイとミオが驚いた顔でアユフマを見つめていた。

「あの...」アユフマは言葉を探す。「あたしも...その...HamCupってやつを、見てみてもいいか?」

ケイとミオの顔に、大きな笑顔が広がった。

「もちろんよ!」ケイが嬉しそうに言う。

ミオも頷く。「待ってたわ」

アユフマは緊張した面持ちで部屋に入った。ケイとミオは既に作業を始めており、アユフマを見つけると笑顔で手を振った。

アユフマは静かに席に着き、二人の作業を見守った。ケイとミオの筆さばきは見事で、カンバスの上にハムスターの姿が少しずつ形作られていく。

「すげえ...」思わずアユフマの口から言葉が漏れる。

ケイが優しく微笑んだ。「アユフマも描いてみる?」

戸惑いながらも、アユフマは筆を手に取った。しかし、ケイとミオのような繊細な筆使いは彼女には馴染まない。

「あのさ...筆以外のもので描いてもいいか?」

アユフマは大きな紙をテーブルの上に広げ、絵の具を直接チューブから絞り出した。そして、突然、手のひらで絵の具を紙の上に叩きつけ始めた。

ケイとミオは呆然と見守っていた。最初は混沌としていた色彩が、少しずつ形を成していく。そこには、激しい動きの中にいるハムスターの姿が浮かび上がっていた。

数分後、アユフマは息を切らせながら立ち止まった。紙の上には、エネルギッシュで生命力溢れるHamCupの世界が広がっていた。

「これは...」ミオが息を呑む。

「アクションペインティング...」ケイが小さくつぶやいた。

アユフマは自分の作品を見つめ、少し困惑した様子で言った。「ごめん...なんか、体が勝手に動いちまって...」

しかし、ケイとミオの目は輝いていた。

「アユフマ、これはすごいわ!」ケイが興奮した様子で言う。

ミオも頷く。「私たちとは全く違うアプローチだけど、ハムスターの生命力が強く伝わってくるわ」

アユフマは戸惑いながらも、自分の作品を見つめ直した。確かに、そこには自分の感情と力強さが込められていた。

「あたし...」アユフマが小さな声で言う。「もっと描きたい」

ケイとミオは顔を見合わせ、満足げに頷いた。

「ようこそ、HamCupの世界へ」ケイが優しく言った。「アユフマ、あなたは自分だけの表現方法を見つけたわ」

美術室の窓から差し込む夕日に照らされて、三人の姿が浮かび上がる。そこには、新たな「鬼の系譜」の始まりが予感されていた。正統派のケイとミオ、そして荒々しくも力強いアユフマ。三者三様のHamCup表現が、これからどのように絡み合い、成長していくのか。

アユフマの心の中で、小さいながらも強い決意が芽生え始めていた。「あたしも、自分なりの方法で、いつかあの二人を超えてみせる」

その思いは、やがて大きな炎となって燃え上がることだろう。HamCupの世界で、新たな「鬼」の誕生を予感させるかのように。

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