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Goldfish scooping

玄関を出ると死んだ金魚のにおいがしたのでまたどこかで夏が終わったんだと思う。床が磨かれていてきれい。ぴかぴか。つやつや。水の中の夢なんて見ないからとうに私は乾いている。手のひらにザラメ。ザリザリ。カラカラ。なんでこんなにも眠りたくないのだろう起きつづけていればなにか解決するとでも言うのかばからしい。うとうとしては、目を覚ましては、もう三時四時。飛んで七時。

建売住宅のどれかから漏れるアラーム。チャリ通いのおばちゃんが開ける町工場のシャッター。全品百円自販機のあやしげな缶ジュース。ブロワーの扱いがめっきり上達した清掃員の肩の位置。路線バスから忽然と消えたベビーカー置き場。高層マンション飛び出して走るハイヒールの細い足。その踏まれたマンホールに犬みつけてよろこぶと暗い子って言われるってよ。ふーん、暗いって罪なの?

右の目頭からツツぅっと涙こぼれても泣きの演技にはなりません。小鼻に沿って下がった口角へと流れ込んで苦い海水浴を思い出さすだけで。アトピー持ちに塩水は不向きだって知っていますか耳たぶの、付け根に三日月が生まれつづける間は夏だと思っていたあの頃より、剥がれて落ちて削られる私。のこらずとっておけばよかったのこんなにも減じてしまった。消しゴムの角、鉛筆の芯、瘡蓋。

扉を開くと洋梨のにおいが立つのでお帰りと言われた気がした。奥に行くほど足の踏み場がないのは誰も訪れない証拠。もう家にいるのにかえりたいかえりたいと思ってばかりいたかつての、あたしの帰りたかった場所ってのはここなんでしょうかね。それともあれは還りたい孵りたいだったのかもしれないと、胎児みたいなかっこで眠る、努力だけする夜に。安らかであれ金魚たち。掬われた夏。

褒められて伸びる子です。 というか、伸びたい。