温度


一昨々日、十五年を生きた一匹の犬が
死んで星になった
それは私が十二年を共に暮らした犬で
その後の三年は側に居なかった
最期に犬を看取ったのは二十三歳の青年
都会へ巣立っていたが
今は地元へ戻って暮らしている
よかったと思う
最期に側に居られた
ひとりと一匹は
揉みくちゃの仲良しだったから
青年にとっての初めての身近な死だ
よかったと思う

肉体はただの借り物で
魂こそがそのものの本質
魂は永遠に生き続けるのだから
死が訪れ肉体が滅んでも悲しむ事なかれ、
などと説いた母さんの葬式の坊さん
さっぱりと清潔できらきらと
どうにも嘘くさく
好きになれなかった
肉体だってそのもので
その皮膚のそこやここに
記憶や歴史が宿っているというのに
借り物だなんてまるでよそ者の響き
胡散臭い
嫌い

だが
一匹の犬が焼かれ
煙が立ち昇っているだろう遠くの空を思ったその
瞬間
借り物だった、と思ってしまった
わからない本当は
そう思わなければ悲しいから
あの
茶色く柔らかな毛の
潤んだ黒くて丸い瞳の
憶病な
生き物の睫毛一本一本
焼失し骨になりゆく同じ速度で
悲しむ心の真ん中に穴が空く
気持ちの行方が怖いから
だから
それは借り物の肉体なのだからと
仕立てあげたのかもしれない
楽だもの
そう思えたら

そうか
そういう教えなのかもしれない
都合の良い
心に優しい教え
この私の言い草ったらないね
けれどしかし
そうなのだろう
この世で人として生を営むならば
こんなふうに都度様々を
置き換えたり逸らしたりしながらでないと
辛くってしょうのない事ばかりが生なのだから
や、大袈裟な言い回しになって来たな
一匹が亡くなった話だったよ


そう、二十三歳の青年は
メールで
「亡くなったよ」と教えてくれだのだ
「死んだよ」ではなく
「三十分前に、亡くなったよ」と
その三十分の
心の流れ

借り物とか魂とか
言い訳のようにそんな事
ごちゃごちゃと考えている人間の前で
はるかに尊厳と温度


そうだった
そう思った事が
この話のすべてなのかもしれない



















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