田舎の猫 街に行く 番外編 我が麗しのグリーンフィールド
田舎の猫 ブルードラゴン事件を語る(2)
「あちゃ~っ、こりゃやらかしたわ……」
アオちゃんが呟いた。目を覚ましたメイと私はグリーンフィールドまでアオちゃんに送って貰うことになったのだが──
因みに目を覚ましたメイとアオちゃんは、まるで昔から友だちであるかのように直ぐに打ち解ける事ができた。メイもコミュニケーション強者だけど、流石は現役アイドル。アオちゃんのコミュ力はハンパなかった……
ドラゴンの姿に戻ったアオちゃんは、私たちを乗せてグリーンフィールドまでひとっ飛び……してしまった。そのまま町中まで。おしゃべりするのに夢中で、誰も気付かなかったのだ。ドラゴンが突然町に現れたらどうなるかという事に……
突然ドラゴンが現れた町は大騒ぎ。しかもドラゴンは女子高校生2人を人質にしている(ように見える)のだ。前代未聞の大混乱に陥った。
「と、取り敢えず降りてもろてええか?」
アオちゃんが言った。私たちは慌ててアオちゃんの背中から飛び降りた。するとそこへ駆けよる一人の女性。
「音子っ! 無事っ!?」
「あ~、師匠……」
その人の名前はジャッキー・アマネ。私の通うジムのトレーナーであり、私の格闘技の師匠である。
9年前に記憶を失くした状態で保護された私は、しばらくの間誰にも心を開かなかった。言葉もうまく通じなかったしね。
そんな私を救ってくれたのが師匠だ。師匠のモットーは「拳は言葉よりも雄弁である」であり、言葉より拳で語れというものだ。言葉でコミュニケーションが上手く取れない当時の私にとって、その考えに傾倒していくのは無理もなかった。
まぁ、年頃になってそれがかなりヤバい考え方だと気付いた時には、既に手遅れだったんだけどさ。クラスの男子から怖がられるのって、乙女にはかなり堪えるのよね……
師匠の得意な格闘技は「飲めば飲むほど強くなる」で有名な酔拳。その為か20代であるにも関わらずかなりの酒豪である。私はこの世界では未成年だからさ、当然その技は受け継いでいない。決してベロベロに酔い潰れる師匠の姿にドン引きして、私は酔拳なんて未来永劫引き継がないと心に固く誓った……訳ではない。
だって師匠さぁ、山籠もりして修行するために肩眉を剃り落としたんだよ。有名な格闘家が、修行が終わるまで人前に出られないようにって肩眉を剃り落としたのを真似て。
それなのにその日の夜、町の酒場でドンチャン騒ぎをしてるってどうなん? もちろん師匠の事は人として尊敬してるよ。それは間違いない。でもさ、私がお酒に対してマイナスなイメージしかないのが師匠の所為であることも間違いないのよね。
さて、そんな師匠には夢がある。それはいつの日にかドラゴンスレイヤーになるという突拍子もない夢だ。そして今、師匠の目の前にドラゴンが現れた。現れてしまった。この千載一遇のチャンスを逃す師匠とは思えない。恐らくこれから起こるであろう厄介事に思いを巡らせ、私は頭を抱えるしかなかった。
「ここで会ったが百年目。いざ尋常に勝負っ!」
笑顔でアオちゃんに向かってファイティングポーズをとる師匠。こんな生き生きとした師匠を見たのは初めてかも知れない。
「師匠、待っ……」
そう言おうとした私の横から、底冷えするような冷たい声がした。
「私の友だちに何するんですかぁ?」
メイだった。メイがハイライトの消えた目で師匠を見ていた。その目を見た者は、全て石になっちゃうんじゃないだろうかと思わせるくらいの眼力だった。
流石の師匠も顔を引き攣らせ、動きを止める。まるで時が止まったような感覚。それをぶち破ったのは──
「どうもぉ~っ、アオイ言います。アオちゃんと呼んでなぁ」
いつの間にか人間の姿になったアオちゃんだった。
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