月の女神と夢見る迷宮 第四話
ヒーラーにもいろいろあるんだね
タタタタタタタタタ……
「せいっ!」
タンッ!────ズザッ!
「凄い、凄い。また記録更新よ、シーナ」
「今の踏み切りは上手くいきました」
「うん、跳躍中の姿勢も綺麗だったわ」
今、私は走り幅跳びの練習中である。別に陸上競技会に出ようとかそんな話ではなくて、効率的な狩りの為に必要なスキルなのだ。
ライトさんが加わってから、私たちの狩り効率はまたワンランクアップした。鹿のような大物も狩れるようになった。しかし、毎回2人掛かりで受け止めるのも効率が悪いし、危険も伴うということで、私たちは策を弄することにした。罠の設置である。
私が引き連れて来る獲物が兎のような小動物である場合は、今までのようにミズキさんの横を駆け抜ける。そしてミズキさんが盾で受け止め、ライトさんがトドメを刺す。
鹿のような大物が来た場合には、お嬢様の方に誘導する。お嬢様の手前には落とし穴が設置されている。それを私が走り幅跳びで飛び越えると、追ってきた獲物は落とし穴に落ちるというわけ。後はみんなでたこ殴りにしてトドメを刺す。古典的ではあるが非常に有効な方法で、私たちは既に鹿を何匹も狩っていた。
そんなわけで走り幅跳びの練習が私の朝の日課に加わっている。安全の為、出来るだけ大きな落とし穴を作りたいからね。あんまりフラグ立てたくないけど、一度に2頭とか来られたら小さな穴では足りない。私の跳躍距離が伸びれば、その分大きな落とし穴が設置出来るというわけ。
「じゃ、そろそろランニング行くわよ」
ランニングも大切なトレーニングだ。走る速さは勿論のこと、どれだけトップスピードで走り続けられるかも大事だからね。その為のスタミナ作りも欠かせないのだ。
ランニングは大抵お嬢様と一緒に走っている。何故ならいつ何時私が追われる事になるか分からないからだ。それにお嬢様と周りの景色を楽しみながら走るのは、私にとって至福の時間である。
そんなわけで、いつものようにランニングを続けていると、前方に何かの影が見えた。
「何でしょう?」
「何か人のようだけど……」
警戒しながら近づいてみると、地面に人が倒れていた。
「大丈夫っ!?」
急いで揺り起こしてみたけど、返事がない。
「息はしてるみたいだけどね」
顔色は良くないが、生きてはいるようだ。よく見るとまだ少年のようである。
「取りあえずお嬢様はミズキさんとライトさんを呼んで来てください」
私がそう言うと
「分かったわ。気をつけてね」
と、お嬢様は言って、元来た道を駆けていった。
「こういう時は……」
王都で習った救命法を思い出す。まず、襟元を緩めて呼吸を楽にして……と。心臓マッサージは必要かな? 一応しておくか。人工呼吸は必要ないわよね。息はしてるし。
そうやってしばらくすると、少年の頬が微かに動いた。
「うぅ……」
うめき声をあげながら、目を開く少年。
「大丈夫っ? どっか苦しいっ?」
私の問いかけに少年はゆっくりと口を開き
「お……お腹が空いた……」
と言うと、また気を失ってしまった。
──その後ミズキさんとライトさんを引き連れたお嬢様が戻って来て、少年はミズキさんとライトさんに左右の肩を担がれながらキャンプまで運ばれた。
「どうもお腹が空いてるみたいです」
「そっか、お肉でも焼く?」
「うーん、どのくらい食べてないか分からないですし、お腹に優しいものの方が……」
そんな会話をお嬢様と交わした後、私はお粥を火にかけた。
しばらくしてお粥の匂いのせいだろうか、少年が目を覚ました。私が差し出すお椀を受け取るや否や、飲み込むように食べ始めた。余程お腹が空いていたようだ。良かった、飲み込んでも大丈夫なお粥にしておいて。
少し多めに作っておいたお粥を全て食べ終えると、彼はおもむろに話し始めた。
「僕、ヨシュア・ウインドベルと言います。ヒーラーです」
その後彼の話はしばらく続いた。要約するとこんな感じだ。
ヨシュアの住んでいた村はあまり裕福ではなかった。なのでお金を稼ぐ為に、彼と彼の幼馴染み4人は冒険者になった。5人でパーティーを結成し、狩りをしながら大きな街を目指していたらしい。パーティーメンバーは、ヒーラーのヨシュアの他に、男の子の戦士が3人、メイジの女の子が1人という初心者としては理想的な構成だった。
しばらく旅を続けた彼等だったが、ベテランパーティーにメイジの女の子を引き抜かれてしまう。その結果彼等のパーティーからヨシュアは追放されてしまったそうだ。で、一人では食料も獲れず、行き倒れになってしまったということらしい。
「なんで? 戦士3人とヒーラーがいればそこそこやれるんじゃないの?」
お嬢様がそう問いかけると
「僕の力は女性にしか効かないんです……」
とヨシュアは悔しそうに言った。
つまりヨシュアは女の子のメイジしかヒール出来ないので、その子がいなくなると必要のない存在になってしまったのだ。なるほど、ヒーラーにもいろいろなタイプがあるのね。
「じゃ、村に帰るつもりなの?」
私がそう言うとヨシュアは
「……」
下を向いたままで何も答えなかった。まぁ、多分かなり期待されて村を出てきたんだろう。今さら帰りにくいのは分かる。それにまた一人旅というのもキツそうだ。
「一緒に来るか?」
ライトさんがぶっきらぼうに言う。流石はツンデレ。普段無愛想な癖に、こういう時には真っ先に優しい言葉をかける。
「シーオーシャンまで一緒に行けば新しくパーティーメンバーが見つかるかも知れないわね」
お嬢様もそう続けた。ただミズキさんだけは「いいのか?」と言いたげな視線を私に向けて、賛成とも反対とも言わずにいた。
ミズキさんは多分、パーティー内の男女比率を気にしてくれてるんだよね。天真爛漫なお嬢様と比べると内気な私が気にするんじゃないかと。だから私はヨシュアに言うことにした。
「えっと……ヨシュア、貴方の力を見せて貰っても良い?」
結果、彼は私たちと一緒に旅をすることになった。ヨシュアがお嬢様と私にかけたヒールは、私たちを魅力してしまったのだ。体力はおろか気力も充実。まだ試す機会がないけど、怪我と病気の両方も完治でき、体調も整えてくれるという。いやもう、手放せない人材になりそうだ。
「よろしくお願いします」
そう言いながら笑うヨシュアの姿を見るだけで、私は癒やされてしまうのであった。新たな扉が開かれそう……いやいやいや。
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