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田舎の猫 街に行く 第四十五話

エピローグ 田舎の猫 街に行く

虹乃音子


 ぱしっ!
 「痛ったぁ~! 何すんのっ?」
 私から脳天チョップを食らったラフィが叫んだ。
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 アブラムとの激闘の後ファティマ村に帰った私は、マーシャさん親娘とラビィ、そしてラフィをインドアから放出した。
 
 幸いな事にマーシャさん親娘は軽い怪我を負っていただけで命に別状はなく、ラビィに至っては気を失っていただけだった。
 
 だけどラフィは既に……息絶えていた。血を流し過ぎていたのだ。私はすぐに『世界樹の葉』を彼女に使おうとしたんだけど、その私に向かって世界樹の精霊がこう言った。
 
 「この娘の命をそのまま再生すると、持っていた能力も失われてしまいます」
 
 一度失われた命を『世界樹の葉』で再生すると、生まれ変わったのと同じ事になってしまうのだ。つまり真っ新な状態に戻ってしまい、後天的に身につけた能力は失われてしまう。デスペナあるあるの仕様だという。
 
「それでも……それでも私はラフィに生き返って欲しい。彼女を失いたくないの……」
 私が彼女をこの戦いに巻き込んだ。私がもっと気を付けていれば彼女が盾になる事はなかった。私が……私が……。ラフィ、私は貴女が大好きなの。側にいて欲しいのよ……
 
 そんな私の心からの願いを、世界樹の精霊は優しく受け止めこう言った。
 
 「少し時間を下さい。私が何とかしてみせます」
 
 そして一週間が過ぎた。ラフィは……生き返った。ただし以前とは違った姿で。

ラフィ

 ファティマ村始祖の女性。それは人間だったという言い伝えが残っている。ダンジョンで見つけた林檎を食べ、エルフの先祖になったという逸話と共に。
 
 その女性が食べた実とは『世界樹の実』だったのだ。世界樹の精霊はダンジョン内に根付いてしまった本体からその実を造り出した。私はそれをすり潰し、時を止めたインドア内に保管されていたラフィに口移しで飲ませることに成功した。
 
 パァーーッ!
 飲ませた途端、七色の光が彼女の体を包み込んだ。その光のベールが彼女を覆っていたのは恐らくほんの数秒間の事だったが、私にはひどく長い時間に感じられた。そして漸くその光が収まると、ラフィがゆっくりと目を開く。彼女は元の能力を失う事無く生き返った。エルフとして……
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 私は彼女に抱きつきたい衝動を辛うじて抑えるとこう言った。
 「『どら猫』って言った……」
 「はぁっ?」
 「貴女私に『どら猫』って言ったでしょ?」
 私はもう一度そう言った。眦に浮かんだ涙を見られないようにそっぽを向きながら。
 
 「そ、それはっ……言われてたのよ。音子がピンチになったらそう言えって。戦闘力がレベルアップするからって……」
 
 ラフィがそう言った途端、スッと立ち上がってこの場を離れようとした者がいた。この場にはマーシャさんたちもいたのよ。
 
 ガシッ!
 私はその人物の腕を掴んで言った。
 「どこ行くの、リーシャ?」
 「え、えっと……そ、そう、みんなにもラフィちゃんが目覚めたことを伝えてこようかなって……」
 「貴女ね? リーシャ。ラフィに吹き込んだのは」

リーシャ

 そう、ラフィは私が『どら猫』と呼ばれた時にはいなかった。だから知っているのはマーシャさん親娘だけだ。
 
 「ひぃ~っ、助けて~っ!」
 私に羽交い締めにされたリーシャが哀願する。
 「ぷっ!」
 その姿を見てラビィが吹き出した。
 「ふふっ」「ふふふ……」
 マーシャさんもミーシャも笑っている。
 「あはははっ!」
 そして、最後にはラフィも……
 いつしかその場は笑いに包まれていた。
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 1ヶ月後…… 

 「行くの?」
 涙を浮かべながらラフィが言う。
 「ええ、行くわ……」
 私はそう返した。
 「そう、そうよね。シーオーシャンに行くのが音子の目的だったものね」
 「うん。確か……貴女も一緒に来るんじゃなかったっけ?」
 心の中で舌を出しながら私はそう言う。
 「うっ……わ、私はさ……世界樹のお世話があるし……」
 
 この1ヶ月の間にラフィはエルフとしての生活にすっかり馴染んでいた。その上『世界樹の実』を食べた所為なのか、世界樹の精霊に妙に懐かれてしまったのだ。精霊自らのご指名で、ラフィはダンジョン内の世界樹の木のお世話をすることになっていた。
 
 ダンジョンは完全に元の姿を失い、新たに魔物が生み出される事はなくなった。ダンジョンから生み出さていた資源は、世界樹の木に由来する物だけになったが、スタンピードに脅えなくても済むようになった。
 
 ラビィは奴隷商へ戻ることになり、私が送って行った。リーシャとミーシャは以前話した男たちと恋人関係になって、楽しくやってるみたいだ。サーシャと妹ちゃんが「やったね!」とハイタッチしている姿を最近見たのは記憶に新しい。
 
 マーシャさんは増えた住民の管理・指導を日々精力的に熟(こな)している。住民といえば、私がインドアに突っ込んでいた『サリエル』と『天使』達もこの村の住人に加わることになった。
 
 サリエルは勝負に敗れた私に忠誠を誓い、村の私の家の家令として過ごしている。流石は武人……この脳筋一直線なところは好感が持てるわね。
 
 天使達はその殆どがダンジョン内を住処としているが、ローテーションで村の仕事も行行うことになった。主を失い帰るところもない彼等はもう、ファティマ村の住人として生きるしかないのだ。
 
 天使ってのは両性具有だからね。そのうちエルフと天使のハーフという夢のようなハイブリッドが生まれるかもしれないと、私は密かに期待している。
 
 このようにファティマ村もようやく落ち着きを取り戻したので、私はシーオーシャンに向けての旅を再開することにしたのだった。
 
 「虹猫さ~ん、これ持っていってぇ~」
 ダンジョン内の案内役だったエルフの二人組が私に向かって駆けよってきた。虹乃音子をもじった『虹猫』というニックネームが、いつの間にか村の中に定着していた。
 
 「お弁当よ。さっき作ったの~」
 私は軽くお礼を言ってそれをインドアにしまった。
 「ありがとう、今夜は……」「うん、楽し……」
 二人組とも短い言葉を交わす。それから振り返った私は、ラフィに向かって小さく手を振りながら言った。
 「じゃぁねっ!」

 「街に着いたら手紙くらいよこしなさいよっ!」
 いや、リンク使えばいいし。
 「迷わないように気を付けるのよっ!」
 それは『迷子』スキルがあるから無理かなぁ。
 「ご飯食べる前にはちゃんと手を洗いなさいよっ!」
 オカンか。
 「野宿してもちゃんと体は清潔にするのよっ!」
 風呂入れよってこと?
 「歯もちゃんと磨いて……」
 宿題もちゃんとやるってばよ。

 「ね”……ご……ざびじぐなんが……えぐっ」
 だ、ダメだ……可愛すぎる。エルフの二人組がキョトンとしてる横で、私はラフィに見えないよう後ろを向きながら肩を震わせ笑いを堪えていた。
 
 いやね、この娘ってバックドアの存在完全に忘れてるよね。村に家があるのに野宿なんてする訳がないでしょ。
 
 昼間はシーオーシャンに向かって歩き、日が暮れたらバックドアで村に帰る。そして夕食を取った後は自宅で休み、夜が明けたら再びバックドアで進んだ所まで戻る。そしてまた日暮れまで歩く。
 
 シーオーシャンまでこの繰り返し。それが私の旅の計画である。ラフィ以外はみんな知っている。だからお弁当を届けてくれたエルフの二人組以外、誰も見送りに来ていないのだ。
 
 今夜は焼き肉パーティーだしね~。楽しみだわ~。今夜隣で焼き肉を食べてる私を見たら、ラフィはどんな顔をするかしらね。少し未来のラフィの顔を想像して、私の顔はにやけっぱなしだった。
 
虹猫シリーズ 第一部 
田舎の猫 街に行く 完

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