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何故フィリピンに居るんですか【海外生活】

オンライン授業の生徒様や、初めて出会う方によく聞かれる質問です。

留学でもない、企業からの派遣(駐在員)でもない、駐在員の家族でもない、立場が曖昧な私。確かに不思議ですよね。

※カバー写真は、とあるモールの、今年のクリスマス飾り


最初は派遣されてきた


もともと、フィリピンで、フィリピンの人達に日本語を教える仕事がしたかった私は、その通りの仕事を見つけてフィリピンに来ました。

毎年あるその仕事は、フィリピンに7ヶ月、日本に5ヶ月というサイクルでした。

2回仕事をした後、「ずっとフィリピンに居たいな」と思い、現地での仕事を探すことにしました。


仕事探しと家探し


まだ仕事もはっきり決まっていなかったし、観光ビザしかなかったのに、パスポートだけで家を1年借りることが出来ました。

これ、なかなかビックリですよね。。。

その後、仕事も見つかりました。


コロナの頃


世界一長いと後に言われたロックダウンの時期も、ずっとマニラに居ました。

隣の街に入ることも許されず、買い物も一日おき、一家に一人だけ外出許可、という状況でした。

未成年の若者と子供は全く外出が禁じられたので、日本に帰国された駐在員のご家族も沢山いらしたようです。


たまたま、オンラインでのお仕事をいただけたので、仕事も出来ましたし、狭い家に閉じ込められているという閉塞感もなく、厳しいロックダウン時期も乗り越えました。


再び街が動き出すと


長いロックダウンで小売業もだいぶ淘汰され、交通機関も大幅に変わり、街は様変わりしましたが、

そんな中でもすっかり慣れて、気づけば在住、丸7年になります。


在住8年目へ


お教えしている生徒さん達が、3ヶ月、半年でどんどん日本語を覚え、日本に働きに行っている一方、私のタガログ語は7年もいてまだ初心者レベル。ちょっと、生徒さんに顔向けできなくなって来ました。


英語での意思の疎通も、120%流暢に、とは言えませんが、住む場所や職場と契約してなんとか生きていて

なんとも居心地が良いのです。

オンラインの仕事だけなら、マニラ在住でなくとも良いのですが、この夏新たに、対面授業のお仕事も2つ始まりました。

そんな訳で、日本に帰る、という選択肢は今のところまったくなく、日々を過ごしています。


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ちかコー!チ をよろしくお願いいたします。



私に関わる全ての人に元気と勇気を!
そしてその人の変化を有形無形で応援していきます!!!

フィリピンでの生活に馴染み過ぎて、あらためて「何故?」と言われるとなんと答えようかな?となってしまう私です。
ちか (2024.9.8)

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