【節約生活#197】節約が日本を救う(?)〜労働人口が減るならゴミ仕事をやめるべき
趣味で節約生活をはじめてみた。
健康で文化的な生活をしながら節約をするというルールで挑戦中。
最近節約思考がいろいろなところで顔を出すようになった
節約に挑戦をしようと昨年の11月末ごろに考え、じわじわと実行していった。半年くらい続けてきたためか、節約思考がいろいろなところで顔を出すようになった。はじめは家計のことだけであったが、お金を節約するために生活習慣そのものから見直していくうちに、仕事の仕方や睡眠に対する考え方なども変わってきた。
今週は部屋を大々的に掃除して、物のない空間を作ろうと苦慮している。広々とした空間なら物がなくなる心配もないし、視覚的なノイズも減って疲労もしにくくなるはず。さらにほこりがたまりにくくなるので掃除が楽になるだろうし、ことによったら掃除の数を減らせるかもしれない。
節約というのはただ減らせば良いのではない。
もっとも大事なものを明確にしてそれ以外を削ぎ落としていくという、割と高尚な行為なのだと最近は考えるようになった。
節約が日本を救う
そういう視点をもっていたら、仕事の中に意味のないゴミ仕事が結構あることに気づけるようになった。文化人類学(?)的にはブルシット・ジョブというのがあって、まあ世界的に蔓延しているようだ。
本書はまだ半分くらいしか読んでいないが、著者の言うところではどちらかというと仕事全体がどうでもいい仕事を指しているようである。ただ、大事な仕事であっても、ほんとうにくだらない報告書や、意味があるとは思えない書類に時間をとられることがある。節約を志向する立場としてはそういうゴミ仕事をできるだけしたくない。というかしない。チェックする側も意味がないと思っているらしくて、かなり適当にしてもすむことがわかった。3回連続で欠席した会議も出てきた。ぎりぎりを見極めることが難しいけれども、参加することに意義があるのはオリンピックだけで充分である。
一方で、最近は高齢化がすすんでたいへんだ、という論調が多い。さらに、日本は〜という文脈で生産性の低さを嘆く記事もよく見かけてしまう。今後さらに労働人口が減ることは予想できる。今やっている仕事はさらに増えることは想像に難くない。
一般的には、だから移民を呼ぼうとか、ロボットで自動化しようだとか言っているのだとは思う。だが、それだけでは、自分とは関係のないことだと感じる人も多いように考える。むしろ、しなくて良い仕事を見つけて排除するような節約思考の方が誰でもできるのではないかと思うようになった。できるだけ価値のあることだけをしたい。自分では人を育てることであったり、技術を継承することであったりする。それ以外はほとんど価値のない仕事になる。もちろんお金をもらうためには、書類を書くことも必要ではある。しかしながら、形だけの報告書や、ひとつのことに何度も出す稟議書などからできる限り撤退する。その方が時間的にも余裕ができて、心身の健康にも良い。
自分ひとりだけではなく、多くの人が同じように意味のない仕事を排除していけば、その分労働人口の減少の問題も楽になるのではないかと夢想している。もしかしたら節約が日本を救うかもしれない。
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