見出し画像

小説『アンチバーチャルリアリティ』#14 ※オマケつき

 終始ツンケンとした態度をとっていたアザミだったが、やはり服作りにはこだわりがあるらしい。布選びは周囲へのとげとげしい対応を忘れてしまうほど真剣だった。
「ツユ、こっちの布とこっちの布、どっちがこの子に似合うかな」
「そうねえ……私は右の方がよりつやつやしていて可愛らしいと思うわ」
「うーん、そっかあ……それも分かるんだけど、左は上品さが素敵だと思うんだよね」
 ああでもないこうでもないと議論する様を見て、同じく採寸を終えたミズキがため息をついた。
「これじゃあ一生終わらねえな」
「女の買い物、及び物選びは尋常じゃない時間がかかるっていうのは常識だぞ」
 ソテツの言葉に、カズラは深く頷く。ミズキの採寸は二人で行なったそうだ。
「お前は『せっかくなら女子に採寸されたい!』とか言ってたけどな、俺らがやったほうがずっと効率的だということがよく分かっただろう」
「は、はあ?!そんなこと言ってねーし!バカ!」
 ミズキ思い切り赤面しながらソテツの肩を殴った。その行為が、ソテツの言葉が事実であることを証明している。
「カズラ、そいつの採寸データ貰える?……うん、ありがとう。このサイズなら材料買い足さなくて大丈夫そう」
 採寸をメモした紙を手渡すと、カズラはソテツの後ろにそっと身を潜めた。ゆるくカールした前髪が彼の目元を覆い隠す。
 彼は本当に喋らない。私も発言は少ない方だが、彼の場合はほとんど声を聞いたことがないほどだった。

「……さて。採寸が終わったことだし今から本番よ」
 アザミはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。嫌な予感しかしない。
「一週間みっちりトレーニングよ、トレーニング」
「ええっ」
 私とミズキの声が重なる。しかし、私と違ってミズキは嬉しそうだった。
「やっと鍛えられるのか!俺の実力を披露するときがきたな」
「ト、トレーニング?私は戦闘とかそういうスキル持ち合わせていないです」
「まあまあ。流石に君ら二人を同じクラスでしごくことはしないよ」
 ソテツが優しくフォローするが、私は緊張が高まるのを止められなかった。
 ここしばらく働いて分かったことだが、私は体力が無い。ハイビとは比べるまでもないが、少し走ったり階段を登り降りしたりするだけで息が切れるところを見ると、恐らく普通の子どもより貧弱なのだと思う。
 そんな私がトレーニングとやらに付き合えるのか。
「そんなに顔を真っ青にしないで、チャイ子ちゃん」
 私の心境を察したらしいツユが声を掛けてきた。
「ソテツも言ったけど、体力に不安がある子にそこまでの負荷はかけないわ。今ここにいないメンバー、誰か分かる?」
「……シバとハイビですね」
「そう、シバとハイビ。そしてあなたにはシバがつく。そこで基本的な護身術とか逃げ方とか、身を守る方法を学んでね」
 ツユは私の両手を握った。この年頃の女性にしては硬めの手のひらだったが、そのぬくもりは私の気分を落ち着けた。
 それにね、とツユは続ける。
「私の弟、もう分かっているかもしれないけどお人好しなの。あなたみたいな小さな子はいじめられないわ」
 彼女の柔和な雰囲気は、話している相手の心を穏やかにしてしまう。温かな毛布みたいだ、と思った。私は素直に頷いた。
 その様子を眺めていたミズキは、突然パッと瞳を輝かせた。
「ってことは……俺はハイビ?!よっしゃー!絶対勝ってやるからな!」
 喜び勇むミズキは蹴りのジェスチャーを繰り出した。彼の踵が空を切る。
 ツユは微笑むばかりで何も言わなかった。
「……アイツ、生きて帰れるかしら」
 アザミがポツリと呟く。その不吉な言葉は、聞こえなかったことにした。

 
 

▼▼【おまけ】設定メモ▼▼

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?