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小説『アンチバーチャルリアリティ』#3

『なんでも屋さん』。言葉の響きから一瞬ふざけているのかと思ったが、名刺が大量に用意されているところを見るとどうやら本気らしい。
「一体何をする仕事なんだ?」
「ちょっとついて来て」
 ハイビはベージュのカーディガンを羽織ると、入ってきたドアとは反対側にあるドアを開けた。
 途端にがやがやとした人の気配が伝わってくる。驚いたことに、扉の外には地下街が広がっていた。一歩踏み出したとき、通路に線路が敷かれていることに気づいた。
「地下鉄跡か……」
「どうどう?びっくりした?みんな、こうやって地下に住んでるの。ここは商店通りだよ」
 確かに、道の両側には看板や商品が並べられている。
「そろそろ朝市の時間だから、人が増えてきたね。……さて。こっちこっち!」
 ハイビが颯爽と歩き出す。彼女は結構な厚底靴を履いていたが、それを感じさせないような安定感だ。

 その足取りは、『みどりや』と書かれた看板の前でぴたりと止まった。店先に野菜が広げられているところから見ると、おそらく八百屋だろう。
「おばーちゃん!おはよう!」
 ハイビの元気な声に呼ばれて、建物内から老婦人が出てきた。この人が店主であるようだ。
「ああ、おはようハイビちゃん。今日も元気だね」
「うんっ、元気だよー!今日はどこに配達したらいい?」
「そうだね、今日はワラビさんとクヌギさんに届けてくれるかな」
 そう言うと彼女は麻袋を2つ、そして小さな封筒をハイビに手渡した。そのとき、彼女と私は目が合った。
「あら?なんだか可愛い子を連れているじゃない」
「えへへ、なんと今日から助手ができたのです。チャイ子ちゃんっていいます」
 いつの間にか助手にさせられていた私は、慌ててお辞儀をした。
「はい、チャイ子ちゃんね。よろしくお願いします。『みどりや』のミドリです。可愛いから、これオマケしちゃうわ」
 ミドリは側にあったみかんを2つ、私の手の平の上に置いた。みかんは小粒だが実は詰まっているようで、しっかりとした重みを感じた。
「あ、ありがとうございます」
「小さいのに大変ね。お仕事頑張ってね」
 もう一度頭を下げる。ありがとうおばあちゃん、という元気なお礼と共に、ハイビはみどりやの隣の小さな扉を開けた。中は再び階段だった。

「みどりやさんはね、ウチの昔からのお客さんなんだよ。イイ人でしょ」
 結構急な階段だが、彼女は息一つ乱さず話した。私の身体にはやや負荷が強いらしく、息が切れる。
「逆かな。みどりやさんから配達頼まれたのをきっかけに、なんでも屋さんになったの」
「お前は、今いくつなんだ?」
「んー?何歳に見える?」
「……17歳」
「やったあ若く見えるんだ!20だよっ!20歳だから……」
 ようやく階段の終わりが見えた。そこは地上だった。明け方である上に空は曇っており、周囲は暗い。
「こんなものにも乗っちゃうのです」
 薄暗い路地に、真っ赤なバイクが構えていた。『ハイビちゃん号』という金色のロゴマークが街灯の光を反射する。灰色だらけの風景の中で、明らかに異彩を放っている存在だった。
 ハイビは不敵な笑みで『ハイビちゃん号』に跨り、私にヘルメットを投げてよこした。
「さー!助手ちゃんの初お仕事、行ってみよう!」

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