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小説『アンチバーチャルリアリティ』#12

「な、なんだよお前ら!黙って入ってくんな!……あ!お前、シバ……!」
「よく覚えてたな」
 確かにあのとき、ツユが一度だけシバの名前を呼んでいた。しかし、ミズキの緊張した面持ちを見ると、リーダーというだけあってシバの存在もよく知られているのかもしれない。
 シバから攻撃的な様子は伺えないが、表情は読み取れない。彼の来訪の目的が見当もつかなかった。
 シバは唐突にミズキに問いかけた。
「お前が何故今こうやって平穏無事に過ごせているか分かるか」
「……知らねーよ。こっちがびっくりしてんだから」
「ハイビがお前を受け入れると決めたからだ。それだけだ。それはチャイ子も同じこと」
 シバが灰色の瞳を私に向ける。やはり彼ら姉弟は目元がよく似ていた。意図的なのだろうが、無機質で、感情の伝わってこない瞳。
「つまり、他のメンバーはまだまだお前らを信用していないということだ。特に敵側からやつってきたミズキ、お前はな」
「ああ、そうだろうな」
 ミズキは口の端を持ち上げて見せた。そうこなくちゃ、とも言いたげな挑戦的な笑みだった。
 
 と、そこで急にシバが頭を抱え始めた。
「そうなんだよ。そうなのに……」
「……あの、お茶飲みますか」
 彼から発されるあまりの苦労人のオーラに、私はついお茶を差し出してしまった。
 シバは床にドカッと座り込み、素直にお茶を飲むと大きなため息をついた。
「ハイビはお前らを信じる、次の作戦にお前らも加えると言って聞かん」
「はぁ?」
「ハイビ的には、まずチャイ子は記憶を失くしているただの困っている人。ミズキは何らかの事情でV派に属していて、心からV派に賛成しているわけではない人、として認識している」
「……ふーん」
 あながち外れてもいないためか、ミズキは誤魔化すようにそっぽを向いた。その様子を、シバはじっと見ていた。
「確かにハイビの勘はかなりの確率で当たるんだ。だが、さっきも言ったが、だからといって全面的にお前らを信じることはできない。……そこでとりあえず、ここしばらくの間2人を見張らせてもらった」
「あっ!なんか変な感じすると思ってたらお前らだったのか!」
 怒って立ち上がったミズキを、シバはまっすぐ指差した。ミズキの肩が小さく揺れた。
「まず、お前がすんなり俺たちに従ったことに不審に思ったんだよ。普通、V派《あいつら》がスパイを放ったのかと思うだろ。それがどうだ、めちゃくちゃ真面目に働いているじゃないか」
 後ろ姿から、ミズキの耳が赤くなっていくのが分かった。私は、シバの言葉に頷いた。
 そうなのだ。ミズキは本当に良く働いていた。確かに生意気ではあるものの、老人や小さな子供には優しく、元は「良い子」であるのが伺えた。最初に襲いかかろうとしてきたことが信じられないほどだ。
「何かを記録する様子は……あぁ、仕事の手順をメモしていることはあるが……それ以外は無いし、外部との接触も今のところは見られない。帰りたそうな様子も無い。2人共だ」
 シバはお茶を一気に飲み干した。
「もしかしたらフリかもしれん。だが、信じてみる価値はあると俺は思った。だから仲間として受け入れるための最終テストとして……」
 シバが床に資料を広げた。大きな地図と書類数枚だ。私はシバの顔を見上げた。
「これは……」
「今度、俺たちのターゲットが移送されるとの情報が入った。……ターゲットが何であるかは、ミズキ、お前にはまだ教えられない」
 ミズキが頷く。彼の目は地図に釘付けだった。
「こんなチャンスはなかなか無い。ここで奪還を試みる。そして、2人にはこれに加わってもらう」
「これ、施設の南側通路らへんの地図だよな?どうやってこれを……」
「まぁ、優秀な頭脳班《ブレーン》がいるのさ」
「ふーん……すげぇな」
 私は少々驚いた。この地図にはほとんどテキストが載っていない。元々自分がいた場所だとはいえ、図を見ただけでそれがどこか分かるほどの間、ミズキは施設で過ごしていたのだろうか。

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