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小説『アンチバーチャルリアリティ』#16

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 そこから5日間は非常にハードな日々だった。
 シバから教わる情報は多岐に渡った。投げられたとき・飛ばされたときの受け身のとり方、建物が崩れそうになったときの避難方法、関節の動く方向、人間の急所などなど。
「覚えろ、頭だけじゃなくて体ごと覚えろ。知識があるだけじゃあ、人間はいざというときに動けない」
 身体トレーニングもかなりの体力を要したが、一気に知識を叩き込むのにもまたエネルギーを使った。
 食事とトレーニングをこなすだけの日々は、あっという間に過ぎ去った。
「今までひたすら護身術・逃走術を教えてきたが、最後はこいつらの使い方を教える」
 最終日の朝、シバは私に細い筒のようなものを手渡した。
「まず、これは閃光弾だ。囲まれたときは特に有効だろう。自分の目が眩まないように注意しろよ」
 そしてもう一つは、樽状の金属に、指輪サイズの輪っかが突き刺さったような形。これは……。
「手榴弾?」
「そうだ。破片手榴弾と言って、爆発したときに鋼鉄でできた外殻をふっ飛ばして、それで攻撃する」
 私はまじまじとそれを見つめた。手のひらにずっしりと重みを感じる。こんなもの、生で目にするのは―記憶の上では―初めてだ。
 シバは練習用に、同じくらいの大きさをした鉄球を取り出した。
「どうしても……逃げられない時が来るかもしれない。そのときにはこのピンを引き抜いて投げろ。理想を言えば、できるだけ人のいない方向に」
 放おった鉄球がコンクリートの上に着地する前に、すぐそばの瓦礫の陰に転がりこむ。
「さっきも言ったが、これは破片を散乱させる爆弾だ。貫通力はそこまで高くないが、破片ひとつひとつに銃弾くらいの威力がある。だから投げたらすぐに物陰に身を隠せ。」
 シバは忌々しそうに私の手元を一瞥した。
「本来なら使いたくはないんだが。逃げ切るための道具として支給する」
「……わかりました」
 人を傷つけることを避けているシバがこのような"武器"を支給してくるということは、よほどシビアな潜入になるのだろう。
 楽観視していたわけではないが、私は改めて気を引き締めた。

「どうだった、お前」
 一日目は瀕死状態に近かったミズキも、日が経つにつれ少しずつ疲労に慣れたらしい。体や服はボロボロで、早々に寝こけてしまうことには変わりなかったが、寝る前に食事を摂り私と会話する程度の余裕は生まれていた。
「最後は総集編だったよ。シバとの実践だった」
「へえ!思いっきりやりあったのか?」
 まさか、と私は苦笑する。
「そんなことをしてしまったら、今私はここにはいない。きっと死んでる」
「なんだよ、おもしろくないな」
「シバが私を捕えようとするから、それから逃げる練習だよ。……恐ろしく動きが速かった」
「あの人も絶対強いよなあ、俺は対峙したことないけどさ。それで、クリアできたのか?……できなかったのか」
 私の表情を見てすべてを察したらしい。ミズキはからかうように私を小突いた。
「そう言うミズキはどうなんだよ」
「へっ、聞いて驚け、俺は偉業を成し遂げたんだ」
 口の周りにご飯粒をたくさんつけたまま、ミズキはどんと胸を叩き、いばる。
「ハイビの太ももに蹴りを一発入れた」
「すごい…………のか?」
「お前はハイビのあの謎武術を食らったことがないからそう言えるんだ!マジで奇跡的な一発だったぜ……」
「もしかしてその傷の治療のためにここにいないとか?」
 ハイビはまだ戻ってきていなかった。私とミズキを事務所まで送り届けたあと、そのままどこかに出かけてしまっていた。ミズキは首を横に振る。
「いやぁ、流石に怪我するほど蹴りつけてはないしな。何か取りに行ってくるって言っていたような……」
「たっだいまあ!」
 噂をするとハイビが勢いよく帰ってきた。手には何やら大きな包みを抱えている。
「おかえりハイビ」
「なんだ、その荷物?」
 ミズキの問いに対し、待ってましたとばかりにハイビは鼻を膨らませた。
「うっふっふ。これはね、アザミの血と汗の結晶なのですよ……あとカズラの涙……」
「アザミ?もしかして……」
 じゃーん、とハイビが包みを開いた。戦闘用の服だ。
 たった5日間でアザミが完成させたことに驚くと同時に、こき使われたのであろうカズラに対し、心の中で手を合わせた。

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