お祭
悲しみを鮮やかな花で飾りたて、誰かが好きだった歌を歌う。
涙は笑い声から生まれて、海へ還らずに、あたたかいまま橙色の大気にとける。
大きな音で太鼓を鳴らし、笛の音を高らかに濁った空へ捧げ、雨乞いのように祈る。
失ったものばかりに目がいかぬよう、あなたが残してくれた世界はこんなにも美しいんだとありったけの声を上げる。
やっぱり生きていくのはどうしたってつらいから、ぼくはつい斜にかまえて世界を見てしまう。傷ついたときに、ああやっぱりこの世界はクソだなってすぐに諦められるように。目の前の景色をそういう風に見るのはとても簡単で、楽なんだよ。
疲れることをすると、すぐに自分を殺したくなるから、ついついそっちで見てしまう。
でもこの世界は切り捨てるにはあまりにも魅力的すぎることも知っているつもり。
何もかも終わってる世界なら、たぶん世界にこんなに歌で溢れてない。言葉はこんなに変遷を繰り返さない。シャンプーはこんなにいい香りしない。
はっとする。今日ばかりはと人の集まる境内に、轟音で曇天を衝くステージに。
下を向いていては人とぶつかってしまうから、顔を上げて歩いていると、ぎらついた屋台の明かり、光線のようなスポットライト、人の声。
金魚の尾ひれが水面をひるがえり、鱗はベテルギウスと同じ色に閃く。
生ぬるい空気の中、手水の水だけが鮮明だった。
竹やぶでできたトンネルから神輿がやってきて、その金の装飾があまりにも派手で少し口角が上がってしまった。
溢れる歌声は誰のためのものだろうか。それは自分のためにほかならない。みなに等しくひとりひとりのための歌だ。
空気がぬるいのは、秋に冷える夜にも関わらず人の声が絶えず生まれているからだ。
凍えはじめた大気を割って、手から手へと花を手向けるからだ。
悲しみは悲しみのままで、立っていられるように。
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