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指導者だけでなく、役者への要求レベルも過去一上がっている

近頃、演出家などの指導者によるパワハラ、セクハラなどが問題になっている。たしかに昭和~平成初期の頃は、大声で怒鳴る演出家ばかりだった。自分のいら立ちを役者にぶつけるのが仕事、と言わんばかりの演出家や諸先輩方の理不尽なダメ出しは許されない時代となった。それは歓迎されるべきことだろう。ただし、デメリットもある。役者というのは基本、なまけものだ。尻を叩かれないと、「明日頑張ればいいか」とすぐにさぼってしまう。うるさく言われたり、怒鳴られたりするのがイヤだから頑張って、そのおかげで実力がついて、有名になった人はたくさんいる。

時代の移り変わりとともに、指導者はパワハラなしで役者を導くことができて当然というスキルが必須となった。なかなかにハードルの高いスキルである。世の中には、情熱に燃える役者ばかりいるわけではない。読解力がない上に稽古以外で台本を読まない役者、台詞を覚えてこない役者は意外とおり、歯がゆい思いをすることも多々ある。指導者はそれらに忍耐強く接し、理解できるよう嚙み砕いた多角的なダメ出しを求められるのだ。本来、舞台稽古のはずが、ほとんどワークショップのようになる現場もある。安くないチケットを購入してくださったお客さんの満足のために、やむを得ず、時間を割き、手間をかけて役者の能力向上を主眼に置いた稽古に切り替えることがある。が、それで特にお金を多くもらえるわけではないのが実情である。

さて、指導者の要求レベルはぐんと上がった。怒鳴る演出家は次々に駆逐され、忍耐力に優れ、演技についてもきちんと優しく諭すような演出家が増えた。では肝心の、お客さんの目に直接触れる役者のレベルはどうだろうか?

巷にはいろんな動画配信サービスがあふれており、演劇に支払うお金があれば、2~3か月くらいは面白い作品を家で見られる。例えば巨大スポンサーが多額のお金をかけた、出演料が何億もかかるハリウッドスターが出演する一流の俳優が出演するドラマや映画などだ。娯楽といえば、YouTubeにいたっては無料である。エンターテイメントがどんどん進歩している昨今、当然、演劇の役者に求められている価値やレベルも、以前より格段に上がっている。

ところが当の役者は、演出のみならずお客さんからも優しく扱われたい人が多い。もちろん誰だって優しく扱われたいのは当然だが、このエンタメ戦国時代で、要求されるレベルが過去一上がっている現状を、どこか他人事のようにとらえている気がする。指導者に厳しく言われないなら、結局は自分が自分に厳しくしなければならないことを、理解していない印象だ。劇場のお客さんは出演者と知り合いが多いから、つまんねーぞこのやろうとはほとんど言わない。わざわざSNSで書いたりする人も多くない。ただほかの娯楽と天秤にかけて、コスパが合わないなら静かに行くのをやめるだけだ。

技術が足りないなら自分で高めなければならない。お金を払ってワークショップに通い、指南書を買って自ら勉強しなければならない。稽古場だけで上達しようなんて甘い考えの役者は生き残れない。いまは絶滅危惧種となった飲み会は第二の稽古場、などという常套句で、先輩風を吹かす役者も、「なんとかハラスメント」は遠ざけてくれたが、タダで丁寧に教えてくれる、よき先輩をも遠ざけていったのである。

演劇は、脚本・演出のレベルを上げなければならない。そして当然、役者もレベルを上げなければならない。このエンタメ戦国時代で、甘えた演出、甘えた役者、そんな人達が作った舞台などを見せられたら、お客さんは早々に引いていく。

演劇は、特にエンターテイメントは「この俳優たちと、この一瞬の時間を共有できるのは奇跡的だな」と思えるような素晴らしさを感じられたらいいなと思う。それは言うほど簡単ではないけど、それぞれの役割を執念を持って全力で果たせばできるはずだ。


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