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桜にみる無常観

桜の花が咲くと、ニュースにもなるし、お花見で桜の下は賑わうし、最近ではこの時期にインバウンドの観光客がどっと押し寄せたり、古来より日本人にとって、桜は特別な花のようです
桜の、何がそれほど日本人の心を惹きつけるのか
そのひとつ、今回は、桜にみる無常観について、少しnotoしたいと思います
無常観についての以前のnote↓

「常に変わりゆく自然の姿に、儚い世のあり様や滅びゆく己を投影した。そこでは、満月より欠けゆく月や散る花など、消滅へ向かうものが多い。日本人は根本的に滅びゆくものに美を感じる傾向が強いのかもしれない。あるいは、中世という殺伐とした時代においては、人々の心情にも無常観があふれており、消極的なものに心を寄せたのだろう。」
と述べました。
それを踏まえて、特に桜には、花の時期が短く、一斉散ってゆく姿に、無常観をみたと考えます
桜は、木が大きく、満開になると頭上一面に花を見ることができます。また。遠くの山々に咲く桜も、芽吹いた若草色に混じった薄ピンクは、桜色の靄がかかったような美しさです。そのような花は、桜以外にはなく、その姿も、日本人が桜を愛するひとつでしょう

在原業平が
世の中にたえて桜のなかりせば
春の心はのどけからまし

と歌ったほど、桜は、人の心をとらえてきました
そんな桜がいっせい散りゆく姿もまた、美しくもあり、儚くもあり、そして潔くあります
中世の武将達は、そんな桜の姿を愛し、家紋などにも多く使われています。


源氏物語絵巻 柏木 の桜

国宝の源氏物語絵巻
現在は、その一部が残るのみで、剥落や変色などもはげしく、オリジナルを直にじっくりとみる機会が少ない絵巻です
数年前、その絵巻を、再現させるというプロジェクトが行われました
その中のひとつ、柏木二 の再現で、桜がキーワードとして多く用いられている。と、NHKの「よみがえる源氏物語絵巻」で解説がありました。
源氏物語絵巻は、紫式部が物語を書いた時から、数十年後に描かれたものです。
平安王朝の貴族の様子が描かれますが、そこには、紫式部の頃と数十年のタイムラグがあります。その間、多少なりの、文化や流行、思想などの違いもあり、紫式部がいた頃の貴族文化とは、少しずれが出ています。
絵巻に描かれるのは、紫式部の価値観や思想ではなく、絵巻を描いた当時の作者の価値観や思想が入っていることを、少し頭において絵巻をみると、気付かされることが多々あります


《源氏物語絵巻 柏木二》徳川美術館 紙彩色

この場面は、柏木が亡くなる前に、夕霧(光源氏の子)が見舞いに訪れる場面です
柏木は、光源氏がむかえた若い正妻である女三の宮と密通し、女三の宮には子供が生まれます。が、密通が光源氏に知られてしまい、それを苦に体調を悪くて、遂には死んでしまいます。
そんな場面には、数々の桜が盛り込まれています

訪れた夕霧の衣装が、桜の襲となっています
桜の襲は、内側の濃い色が、面に着た白い布に透けて、桜色にみえる、高度な桜演出の衣装です
また、伏せっている柏木は桜の重ねの直衣です

また、壁代には、桜の紋様が描かれます

ところで、御簾の帽額に蝶が描かれています
蝶は仏教では、あの世に魂を運ぶ生き物であり、転生輪廻の象徴でもあります。
また、儚さを意味することもあります

このように、死にゆく柏木の場面には、はかない無常観を思わせるものが、あちこちに仕込まれています
また、桜は、柏木にとって、女三の宮の姿を見た時に咲き誇っていた。という、特別な意味も持っています。

『あさきゆめみし』9巻 大和和紀

柏木は、この後、息を引き取ります
漫画『あさきゆめみし』でも、柏木が亡くなる場面では、桜が象徴的に描かれます


先程も記しましたが、紫式部が源氏物語を書いた時期(1000年ごろ 平安中期)と、源氏物語絵巻が描かれた時期(平安後期)には数十年のタイムラグがあります
平安後期といえば、武士が台頭してきて、常に明日の命もわからないような、殺伐とした時代です。平安中期の、みやびな生活とは違い、おそらく、無常観が色濃く浸透していたことと考えられます。
絵巻の作者(数名が共同で制作したと考えられています)の価値観も、みやびな、華やかな上昇志向というより、はかなさや虚しさがウエイトを占める、無常観が大きかったのではないでしょうか。
ですから、源氏物語絵巻 柏木二 の桜には、満開の華やいだ気分では無く、散りゆくはかなささや、寂しさが込められている。と考えます。

日本人が愛する桜

その愛で方は様々ですが、散りゆく姿に、人生の様々なことを重ねてみる。というのもひとつでしょう
恐らく、完全を愛する西洋文化からみたら、散ってゆく桜に価値を見出すのは、考え難いことでしょう
そんなふうに、寂しさや虚しさ、はかなさといった、消極的な心もちを良しとするのも、日本独特の美意識と考えます

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