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第四話 門出③

この話のもくじ

「三希様、三希様。起きてください。出発の時間ですよ」
「あー……助蔵、おはよう。もうそんな時間?全然寝てないよ」
部屋には全く光りが入っていなかった。三希は近くに置いてある時計を見た。時刻は午前4時。
「おやすみなさい」
三希は布団を被りふかふかのベッドに横になる。二度寝は人類最高の贅沢だ。なんてことを思った。
「三希様!急がなければ……雲海様だけでも骨が折れるのに、ましてや蜘蛛霧の幹部達まで起きてしまったら逃げ切れませんっ…」
蜘蛛霧衆のしきたりに「家を出る時、入る時は人目のつかぬまに」というものがある。
そのしきたりに従い、この広大な屋敷を一歩でも出ようとする者に容赦なく戦いを挑む。それは長の直系である三希でも例外では無い。
「早く!行きますよ!荷物はもう学園に送ってありますから、着替えてください!」
 「あーい、分かったから外出てて」
助蔵は部屋の外へ放りだされた。三希はパジャマを脱ぎ捨て、助蔵が用意した黒い忍装束を身に着けた。光のない闇道を動くのに黒は丁度いいと三希は思った。
「助蔵、行くよ」
「はい」
三希と助蔵はつま先から着地して音を立てずに歩き、部屋を出た。ここは三希専用の離れなので、いたとしてもお世話係の人が数名。息を殺して起こしさえしなければ難なく抜けられるはずだ。
「三希様、宴会の席にさりげなく眠り薬まいておいて正解でしたね」
すぐ後ろについてきている助蔵が小さく言った。音を立てるなと、三希が助蔵をにらむ。姿は見えないが三希が怒ってると感じ「すみません」と口だけ動かした。
階段を降りたらすぐに扉がある。お世話係の部屋は横切らないのでよほどの事が無い限り大丈夫、と三希は確信した。
「助蔵、このまま一気に外へ出るよ。音は立てるな」
「はい」
三希は足を素早く前へ前へと動かした。助蔵も後ろにぴったりついていく。真っ直ぐ下に繋がっている階段を下り、ドアの横にある下駄箱に移り身を隠した。お世話係が起きる気配は無い。三希はドアノブを慎重に回し、開く。慎重に外へ出た。外の冷たい空気が頬を刺す。上、横、見渡したが罠や人の気配は無い。とりあえず玄関は大丈夫そうだと三希は止めていた息を少しずつ吐き出した。
「なにもありませんね」
「うん」
「出口まで20mといったところですが」
「油断しないで。あいつがこのまま出してくれるはず無いから」
「雲海様ですか」
「ええ」
慎重にあたりを見渡す。東雲家を出る大きな門までは三希の父母が住んでいる母屋を横切らなければならない。きっとあいつが仕掛けてくるのは一番油断する門前のはずだと三希は思った。
助蔵は懐に忍ばせた暗視用ゴーグルをかけ、すぐ目の前にある塀をみた。薄くて良く見えないが赤い警戒線が張られているのがわかる。
「三希様、塀はだめです。びっしりと張られてます。手をかけた瞬間アウトでしょうね」
「じゃあ門をくぐるしか無いみたいね」
二人は生唾を飲んだ。
「助蔵、転ぶんじゃないよ」
「は、はひっ」
三希にも分かるくらい助蔵の声は枯れていた。
「もう、肝心な時に頼りにならないんだから」
手際よく警戒線を見つけて一瞬でも助蔵に対し、かっこいいなと三希は思ったが口に出さないことにした。丁度、強い風が吹きはじめ、桜の花びらが舞い上がる。
「いまだ、いっくよー」
地面を一歩ずつ着実に踏み、前へ進む。
「助蔵、この辺罠あるから気をつけて」
三希が言った傍から助蔵が踏み込んだ足からカチッと乾いた音が聞こえた。その後すぐ、三希が行く先にあるはずの地面が跡形も無くなり地下へ続く暗い穴がぽっかり空いた。急に止まることができず三希と助蔵は穴に落ちるギリギリのところで踏みとどまった。
「もう!気をつけてっていった傍から……」
「ご、ごめんなさい…………」
三希はこぶしを振り上げ助蔵の頭を小突いた。涙目になって三希を見上げる助蔵はなんとも小動物の様だと三希は思った。
落とし穴は門から三希達のいる場所まで続いていて距離にしておよそ10m。門の近くギリギリまで近づこうとしてもご丁寧に半円状に穴が掘られているので何も掴む場所の無い壁を伝うしかない。
「うーん、どうしよう」
「三希様、手持ちの忍器で使えそうなのはクナイ、縄、手裏剣、小刀くらいですかね」
「クナイに縄をくくりつけて投げて刺すか……いや、多分はじかれちゃう。その音でみんな間違いなく起きる。せめて鍵縄があれば良かったんだけどなぁ……」
三希は穴を越える方法を考えるも、なんだか腑に落ちなかった。
「ねぇ、助蔵。ここの穴、こんなに大きかったっけ?」
「そういわれてみれば、変ですね……僕が鍛錬で何度も罠に引っかかった時はこんな大きくありませんでした」
「なるほどね……って何度も引っかかってるなら見抜きなさいよ!」
三希は助蔵の頭をグーで思い切り殴った。助蔵は頭を抱え涙目になる。
「助蔵、本来の穴の大きさ教えて頂戴」
「大体門から1.5mといったところです」
「オーケー。じゃあ、ギリギリまで走って飛ぶよ。」
「ええっ、三希様……ちょっ」
「つべこべ言わない!」
三希は助蔵の手を取り思い切り門に向かって走った。暗く底まで続いている大穴の中にいるはずなのに体はまだ地面を走っていた。やはりこれは幻術だと三希は確信した。こんな事出来る人は東雲家でひとりしかいない。
「飛ぶよ」
三希は短く言って三希は門ぜん1.5mギリギリのところで思い切り踏み込み、飛ぶ。綺麗に着地して東雲家の門をくぐる事が出来た。
「助蔵、早く行くよ」
後ろを振り返った瞬間、助蔵が穴と地面すれすれのところに足をかけバランスを崩し穴の中へ落ちようとしている姿が見えた。三希は反射的に体が動きギリギリのところで助蔵の手を取り、思い切り引き寄せる。
「はぁ……はぁ……三希様、ありがとうございます」
「ほんとあんたは期待を裏切らないんだから……心臓いくつあっても足りないよ」
「すいません……」
「言い訳は後で聞く。早く行くよ、絶対にあいつが近くにいるから」
「え、誰がですか?」
「幻術使いのあいつだよ」
絶対にいる。あんな大規模な幻術を使えるのはあいつ—東雲雲海しかいない。きっとどこかに隠れて見張っているに違いない。さっき二人が幻術の領域の中に入り、いなくなったのでそろそろ動き出すはずと三希は思った。
「実の父に、あいつは無いだろう」
どこかから野太い声が聞こえる。三希たちは辺りをくまなく探したが雲海を見つける事は出来ない。
「幻術と見抜いてよく勇気を振絞って穴に飛び込めたな。しかし気を抜くな」
これだけ言って三希の父、雲海は気配を消した。
何のつもりで中途半端な幻術仕掛けてきたの?邪魔する気なら本気でやればいいのに。三希は父に対し腹が立って仕方が無かった。
「助蔵、行くよ」
「はいっ」
青龍学園までは12時間ほど走りきってようやく夕方に到着する。夜の山道を走りたくないので三希は急いで東雲家を後にした。

「行きましたね」
「ああ」
楓は寝室のふすまを開けた。三希達が飛び越えた穴が朝日に照らされている。
「ほんと、あなたは三希に甘いんですから」
「そんな事は無いつもりなんだが」
ふふふ。と楓は上品に笑う。
「三希がどう成長して帰ってくるか見ものですね」
「きっとお前の様ないい性格になって戻ってくる」
「あら、それはどういう意味ですこと?」
「いやなんでもない」
楓はふすまを閉めた。雲海のいる布団にもぐりこみ手を優しく握った。
「あなたは孤独とお思いかも知れませんが、ずっと私がついてますわよ」
「…………」
雲海は何も答えず、ただ楓の手を握り返した。


第五話 学園への扉

画像:フリー写真素材ぱくたそ


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