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あなたは 東興随筆集 試し読み(とその顛末について)

いくつか私の記事を読んでくださった方なら多分もうご存知だろうとは思いますが、趣味で小説を書いています。
はじめましての方ははじめまして。こちらの記事からお読みになるとよいかと存じます。
「脳内にひとつの街がある話」

「SCALY FOOT」。平行世界である「東興」を舞台に様々なキャラクターが活躍する群像劇である。もう10年近くこの創作をしているが、作品にし始めたのはここ数年である。
で、この度ひょんなことからすけりふ(愛称)を本にすることになった。生まれてはじめての同人誌制作。それには苦労話もたくさんあるのでいつか備忘録も兼ねてまとめておこうと思うのだが、その話はいずれ。

自創作の書籍化。しかし書籍になるのは「SCALY FOOT」本編ではない。本編の舞台を実際に歩いてみようという、「ルポ形式のSCALY FOOT設定資料集」である。なんじゃそりゃ。

これには言い訳がある。
実は2021年の11月に「一次創作小説オンリーInkstork」というオンラインイベントがあり、ご縁があって参加させていただく事になったのだが、このイベントへの出展を決めた6月の時点ではpixivに投稿している本編を完結させてから本にまとめるつもりでいた(この時点で嫌な予感がする)。
その当時で執筆率は6割。10月くらいまでに書き終えて、ぱぱっと入稿して、11月のイベントに出るぞー、なんて。「ぱぱっと」の部分を甘く見過ぎである。
で、同人誌用の原稿作成方法について改めて調べてみた。軽い気持ちで考えていたのが、この辺りになってことの重大さに気が付く。改丁、改頁、縦中横、ノド、小口、なんじゃそりゃ、本なんてものは原稿を出せば自然と仕上がってくるものじゃなかったの、だからその原稿を作るのに手順がいるんですよ、おわかりですか。わかってなかった。

その時点で逆算してみた。原稿の準備をする間に、今回はオンラインイベントなので通販の準備もしなくてはならない。オンラインどころか同人イベントすら初なのだ。買うのには慣れていても売るのは初めてなのである。そっちの準備もしつつ、書き上がったら校正をして、ああそうだ表紙と裏表紙、カバー、奥付、もくじ…。

これらの事をこなしつつ本編を完結させるなんて、どだい無理である。このままでは本が作れない。自サークルにpixivのリンクだけ貼って置いておく?いやです。ならどうするか。
もうこれはイチから新しいものを書くしかない。本編よりライトで、なおかつ本編未履修の方でも楽しめるようなもの。それでいて読み物としてまとまりがあり面白みのあるもの。

「すけりふの舞台を歩く架空ルポってどうだろう」

ひねり出した苦肉の策であった。
そんなアイデアの発案から2ヶ月くらい掛けて死ぬ気で書き上げ、短編や挿絵も添えたりしつつ、なんとか形になった。
架空のルポライターが、架空の町を歩きつつ、住人にインタビューを行う。モキュメンタリーというやつである。もちろん架空とはいえ舞台背景の考証や人物関係など、実在感が出るようにと思って書いたりしている。
なにより創作の舞台を実際に歩いた気になっていただけたら、これほど嬉しいことはないと思っている。

ということで、ルポ形式SCALY FOOT設定集「あなたは 東興随筆集」
11/14(土)開催のオンラインイベント「一次創作小説オンリーInkstork」にて頒布します(イベントが終わってもBoothで引き続き頒布予定)。
今回はその中から一部を抜粋。試し読みができます。
こういう雰囲気なんだな、というのを感じていただければ。



東興観光をするなら、人の少ない路地には立ち入ってはいけない。

 本屋で売られているガイドブックの諸注意欄にはまずそのことが大きく書かれている。べつに一歩足を踏み入れたからといってすぐに命をとられるわけではない(と思いたい)のだが、確かに表通りから一本外れた裏路地にはどこかよどんだ臭い、よそものを拒絶する空気が満ちている。蜘蛛の巣のような盗電線、でたらめに建て増しされた嵩高のアパート。きらびやかな目抜き通りのすぐ裏に広がる丹本最大級の貧民街、ガラ通りである。
 実際ここに住まっている人もいるのだからあまり滅多なことは言えないが、ここ数年の間に東興で発生した犯罪件数のうち、じつに半数以上がガラ通りに絡んだものであったという。スリや窃盗は言わずもがな、毛皮剥ぎや角削ぎ、血抜きといった傷害事件もたびたび起こりうる。丸腰で歩くにはいささか危険な場所なのだが、きちんと装備を整えた状態で、日中のごく短時間のうちに散策するならおおむね問題ない。実際そうして貧民街を見て回る観光客も増えつつあるようなのだ、興味がある人は調べてみるといいだろう。

(※なお、中には悪徳な旅行社もあり、申し込んだ客に「当ツアーで起こりうる一切の事柄について当社はその責任を負わない」という旨の誓約書を書かせた上でガラ通りの中心部に放置する、というとんでもない事例も過去に発生している。気を付けたほうがいいだろう)

 実際にガラ通りを歩いてみると、ここがまったく地元に精通した住人のためだけに造られた街なのだということがよくわかる。ガラ通りの中をいくら探しても、町内地図はおろか、簡単な案内板さえ見当たらないのだ。元々はどの建物もきちんと番地登録されていたのだろうが、度重なる増改築でどの建物もでたらめにつながり合い、電柱に記されている内線番地はもはや場所の大まかな目安にしかならない。ガラ通りの正確な地図などというものは、どうやらどこにも存在しないらしい。もしあなたがガラ通りの中のどこか目的の場所へ向かうつもりなら、ここに住まう住人にいくばくかの金を払った上で「蛇の目屋の角をへの字に曲がった通り」や「たらやさんの酒屋のはす向かいにある五段階段を斜め下」といった雑な道案内を頼るより他にないのだ。あるいは電柱にいやというほど貼られている案内ビラ(その大半が風俗絡みのピンクチラシ、あるいは探偵事務所の宣伝である)を追っていくという方法もあるが、やはりいくらか勝手を知っている地元の人の為に貼られたものであるため、むやみに真似をするとかえってガラ通りの奥深くへ迷い込んでしまうことになりかねない。
 旧式の通信ポストも、あるにはあるのだが、その性能についてはあまり期待しない方がいいだろう。現在地の特定くらいはできるだろう、と実際にガラ通りで見つけた五台の通信ポストを動作確認も兼ねて触ってみたのだが、まともに稼動するのはわずか二台程度であった。その二台も、操作パネルはバキバキに割られている上、充電用のコネクタ部には噛み捨てたガムが押し込まれている。街に設置されている通信ポストは全て東興都が管理しているはずなのだが、貧民街に設置されているものは管理の対象外なのだろうか(だいたい都心の駅に設置されるような街頭端末が、こんな貧民街にあること自体不自然ではあるが)。取材で訪れた検索屋にガラ通りの通信ポストについて尋ねたところ、やはりあれらは都が管理しているものではなく、廃棄される予定だったジャンク品の通信ポストをガラ通り内の配電整備業者が買い取っては設置しているとのことである。セキュリティも切れた野良端末なのだから安全面の対策はほぼないようなもので、内部にスキミング目的のウイルスが仕込まれている場合も多いらしい。充電目的でうっかり携帯電話などを繋いだりするとそれこそ一大事になりかねないので、やはり地元の人以外は通信ポストには触れないほうが無難だろう。しかし、二十年も前の通信ポストが現役で稼働しているというのはなかなかに珍しい光景である。
 街の中は電波も通りにくいため、手持ちの携帯電話などはあまり役に立たない。このガラ通り散策において目的地を見失わないために、何にもまして必要になるのは、うろんな目を向けてくる住民たちに率先して話しかけられるだけの度胸と人の良さであるらしい。ここでの暮らしでは、電気や水道といったインフラ設備より、人と人とのつながり合いが何にも代えがたい生命線であるようなのだ。

 昼間のガラ通りは、思いのほか穏やかである。アパートに挟まれた狭い路地から空を見上げてみると、太い盗電線を物干し竿代わりに、大小さまざまな洗濯物がばたばたと無数にはためいている。周囲の建物の密集具合もあっていささか火事が心配になるが、どうやらガラ通りではこれが日常の光景のようだ。適当な細道をぶらぶらしていると、鉤裂き屋の角を曲がったところでとつぜん大通りに出た。ガラ通りのメインストリート、錯感商店街である。
 全長二キロほどのこの通りには、食料品や生活用品などを取り扱った個人商店が軒を連ねており、ガラ通りの住人にとって生活の一部ともいうべき場所になっている。子供たちがより集まってぽんぽん飴や火吹き餅などを買い食いしたり、黒い前掛けをした男がうろぼの燻製を売り歩く様子などを眺めていると、まるでこの通りだけ昭和のまま時が止まったような感じさえする。ちょうど小腹が空いたので、まじない屋の脇にある簡易屋台で火吹き餅を一つ頼んでみると、蛇男のお爺さんが尻尾で器用に焼き上げたものを、新聞紙に包んで渡してくれた。焼きたての火吹き餅はそれこそ火が出そうに熱いが、中のれんぎょう餡はしっとりと柔らかく、ほんのり甘い。これも元は、終戦直後の闇市にて野草を餡にした団子を売り出したことが始まりらしいのだが、大衆向けに改良され、今では手軽な食べ歩きグルメとして人気を集めている。
 ガラ通り、そして錯感商店街。通りの中に通りがあるのか、と疑問に思った人もいるかもしれない。確かにガラ通りは「通り」という名前が付いてはいるものの、実際のところはひとつの大きな街なのである。戦後すぐのガラ通りは、たった一本の闇通りから始まったとの事なのだが、その後、東興が戦火からの復興を遂げるに従ってその規模を加速度的に拡大させ、ひとつの貧民街として発展した。ガラ通りの最盛期は、東興とガラ通りの二つの街がほぼ重なり合って存在しているほどだったらしいのだが、その後、丹本政府軍が指揮を取って推し進めた大規模な治安再生計画により、ガラ通りは中心街の周辺に追いやられた。現在は中心街をガラ通りが取り巻くような状態を保っているのだが、それでも東興の裏通りに根付いたガラ通りの一部がほそぼそと存続していたりと、戦後■■年が経過した今でも二重写しの街の名残をいたるところに見ることができる。
 
 賑やかな錯感商店街を北側に抜け、一本細い路地に入る。徐々に増えていく貼り紙を目印にしながら道を進んでいくと、蛇の目屋の屋台のすぐ向かいに目指す小ビルが見えてくる。イノシカ探偵事務所だ。今回、この本を出すにあたって、ガラ通りの周辺事情に詳しい探偵社をいくつか当たったのだが、快く取材を受け付けてくれたのがこの事務所であった。ガラ通りをはじめとした貧民街には個人事務所を構える私立探偵が多いが、浮気や身辺調査といった一般的な探偵の仕事以外にも、ガラ通り内部で発生した軽犯罪の取り締まりや犯人の確保といった仕事も行なっているらしく、貧民街の私立探偵はどうやら保安的な役割も担っているようだ。
 事務所とはいうものの、普通の居住スペースに間仕切りを設けてあるだけらしく、パーテーションの向こうからはテレビの音が聞こえてくる。すみませんね、と軽く会釈をしながら現れたのは、イノシカ探偵事務所の所長である宇佐見氏だ。
「普段はこのパーテーションも取っ払ってリビングとして使ってるんで、生活感あるでしょうが、その辺は勘弁くださいよ。うちでよければいくらでも取材に応じさせて頂きますんで」
 宇佐見氏は、床にまで届きそうなほどのたっぷりとした垂れ耳をそなえたウサギの獣人であるが、ふわふわの顔面には大きな目が一つあるのみである。容姿について訊ねるべきかいささかためらったが、彼の方から話をしてくれた。
「ああ、これね。生まれつきなんです。とは言っても別にコンプレックスじゃありませんし、ギョロ目ちゃんなんていじってもらっても私は一向に構いませんよ。あなたもご存知でしょうが、ここには色々な人種が暮らしておりましてね、うちにもヤギが一人いるんです。中心街のほうでなら色々思われるかもしれませんが、ガラ通りじゃ単なる個性の範疇なんですわ」
 快活そうに宇佐見氏が笑う。彼の言う通り、ガラ通りには中心街では蔑視の対象になっている人種が数多く暮らしている。特に山羊、馬、牛などの有蹄人は愚鈍で粗暴という古来からの非常に偏ったステレオイメージにより蔑視されることが多く、また爬虫人や両生人は鱗肌などの外見的特徴によって差別されやすい。あらゆる事情によって中心街から締め出された人々が身を寄せ合って造り出したのが、ガラ通りをはじめとした貧民街なのである。
 パーテーションの向こうから、もう一人の人物が姿を現した。山羊人の互藤はすみ氏である。彼が歩くたびに鈍く重い音がするのは、蹄の裏に蹄鉄を打ってあるからだ。威嚇するようにこちらを睨む様子にこちらも少々及び腰になるが、ともかく彼からも話を聞かせていただけることになった。
 まずは、宇佐見氏から話を伺うことにした。主に顧客対応、依頼に応じたプランの提案や金額交渉、また任務時の計画立案や現場への指示といったブレーン的役割を担っているらしい。仕立てのよいクラシックなベストに身を包み、にこやかな笑顔(と言っても目のみだが)を浮かべる宇佐見氏からは、なるほど探偵所長らしい人当たりの良さを感じた。
  
 ——こちらの事務所はできて何年くらいですか?
 
「もう十年以上前になるかねえ。それまでは車内泊で、この子ヤギと東興のいろいろな所を転々としてたんですよ。簡東圏から出ちゃうとそれこそ田舎しかないんで、そんなとこ巡ってても商売にならないしね」
 
 ——そこでのお仕事は何を?
 
「突っ込んだこと聞くのね。そりゃまあ、頼まれればどんな事でもやりますよ。今みたいに事務所を構えてりゃそれなりの仕事も来るけど、その頃は不景気だったし仕事なんてとても選べる状況じゃなかったもんで、簡単な荷物運びとか復讐代行とか。後はまあ、この魚を海に流してくれとか、この苗木を山に植えてくれとか」
 
 ——魚に、苗木?
 
「察しがつくでしょ。どんな物でも、例えばそれが青いビニールシートにくるまって、おまけに隙間からなんだか赤い液体が漏れてるようなやけに重たい荷物でも、客が魚だって言うなら魚。海に放り込めば魚になるし、山に埋めれば苗木になるの。つまりそういうこと」
 
 ——こちらの事務所を構えてから、お仕事の内容は変わりましたか?
 
「まあ、この近辺に密着した仕事が多くなるわねえ。どこそこで暴行があったとか盗みがあったとか。蛇の目屋のばあさんの家に詐欺師が来たからとっ捕まえてシメてくれ、なんてのもあるんですわ。無くし物とか人探しとか探偵らしい仕事もあるにはあるけど、大体は犯罪絡み、てなとこですかね。あとはそれこそ便利屋みたいな仕事が多くて、しばらく家を留守にするから飼ってる魚に餌やってくれ、とか。あ、言っとくけど本物の魚ね」
 
 宇佐見氏の話にもあった通り、貧民街の自治は私立探偵の手によるところが大きい。東興を中心とした中心街区域で発生する犯罪行為の取り締まりは、たいてい自警団が行なっているのだが、その一方、貧民街で発生する軽微な犯罪は昔から住民の自治に委ねられている。ありていに言ってしまえば単に住人による私刑なのだが、それが現在では「私立探偵による自治」という形でシステム化されているのが興味深い。なお、殺人などの重犯罪については自警団(その中でも特区班と呼ばれる中心街外縁・貧民街専門の下部組織)が受け持つことが多いのだが、自警団の取り締まり姿勢に懐疑的な目を向ける住人も少なくないため、基本的に「ガラで起こった事件はガラで解決する』という文化が根付いているようだ。

この他にも、雑営団地や中心街など、SCALY FOOT本編に出てくる舞台を巡っている。宇佐見以外にも、本編に登場してくるキャラクターは(ほぼ)この設定資料集でもインタビューを受けているので、そういった面でも楽しい。

この記事で興味を持ってくださった方が、イベントで、あるいはBoothで作品を手に取ってくださったなら、これほど嬉しいことはないです。
いつかはこの本編も本にしたい。

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ありがとうございます。

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