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04叩けよ、さらば開かれん

1971年、我が家族は長崎郊外の時津町に新しい一軒家を構え、そこでの生活を始めました。私はその時、中学生でした。数年が経過し、Torio社製の見た目も美しいステレオレコードプレーヤーが我が家に届けられました。母はそのプレーヤーでクラシックのLPレコードや、越路吹雪のような往年の名歌手のレコードを頻繁に聞いていました。中でも、ヨーロッパ風の街路灯に照らされた雨に濡れた石畳の道がプリントされた白黒写真のジャケットがついたEP版のレコードがありました。ある日、私はそのレコードを試しにかけてみましたところ、エディット・ピアフの力強くも低い女性ボーカルの歌声にただちに引き込まれました。それが、私が音楽に感動を覚えた初めての瞬間でした。その瞬間、私の血脈には間違いなくこのレコードに繋がる血が流れていると確信しました。そして、心の底からフランスという地が私の行くべき場所であると直感しました。

高校卒業後、一浪はしましたが、なんとか第一志望の宮崎大学に入学しました。入学後すぐに、フランスへの夢を叶えるために様々なアルバイトを始めました。しかし、言葉の問題がありました。私が通っていた農学部では、必修外国語は英語とドイツ語であり、フランス語を学ぶ機会はありませんでした。

そこで農学部から数キロ離れた、教育学部で開講されているフランス語の授業にモグリで顔を出すことにしました。 しばらくの間、その授業を担当する教授は、無断で出席する学部内の生徒ではない私のことを、知ってはいたものの黙認していました。 私も授業をうけるための費用を払っていないので、教室の一番後ろで小さくなってノートを取っていました。 多分、冷やかしの学生だろうと思って無視していた教授が、無遅刻無欠席の正体不明の学生がいることが気になったのか、ある日の授業の終りに私の方へ近づいてきたのです。

「君は教育学部の学生ではないね?」 「はい、農学部です。」 バレたのであればしかたがないので、来週からはフランス語は独学だなぁと覚悟を決めました。 「農学部の必修の外国語はたしかドイツ語でしょ?なぜ君は私の授業を受けているのかな?」 「いつかフランスに行きたいと考えています。でも農学部ではそのフランス語を勉強することはできないので、教務課には未届けでこの授業を聞きに来ています。」 「教務に届けを出していないのであれば、試験を受けることも単位を取ることもできないのに、それでもいいのですか?」 「はい、それは承知で受けています。」 「そうか、どうしたものかなぁ…。」と困惑した顔の教授に、 ダメ元で「エディット・ピアフが好きなんです。彼女の歌を聴いて、その歌詞を、その歌の伝えたいことを理解したいと思ってこの授業を受けています。」と本当ではあるが、多少大げさに説明しました。 すると教授の顔が急に明るくなり、「君はシャンソン歌手のエディット・ピアフを知っているの?なぜ彼女を知っているんだね。」 「母の持っているレコードジャケットが気に入って、聴いてみたのが彼女との出会いです。それ以来、その歌声に魅了されて彼女と彼女の歌が好きになりました。」 教授は履いているスリッパを机の角を使って脱いだり、履き直したりしながら私の話を聞いていました。 しばらく考えた後、「まあ、授業の邪魔にならないようにするのであれば、私の授業を受けに来ても良いでしょう。テストも受けて結構ですが、点数は出せませんし、先ほど言ったように単位も認められませんよ。いいですか?」 私はモグリの学生から晴れて、単位認定ナシの学生に昇格しました。

翌週、授業を受けるために階段教室の最上段に座っていると、教授は私に手招きして、もっと前の席に来るようにと勧めてきました。 私は、恐縮しながらも中段まで降りて座ろうとすると、さらに手招きし、結局一番前の席に座ることになってしまったのです。 さらに「今日から出席黙認の中村くんです。フランス語の勉強をしたくて、農学部から越境して聴講に来ています。みなさん、彼に負けないように頑張ってフランス語を学習して下さい。単位は出ませんが、テストは受けても良いと彼には言っています。いわゆるモグリの学生さんですが、試験の点数では彼に負けないようにしてくださいよ。」 教室内は爆笑の渦になり、皆が私に注目しました。 隣の女学生が「スゴイですね。私も頑張らなくちゃね。」と声を掛けてくれました。 私は照れながら挨拶を返し、静かに授業は始ました。

強い思いは通じるんだなぁと考えながら、黒板に書かれるフランス語の文法をノートに書き写しました。 隣りに座っている女学生の爽やかな化粧水の匂いが、時々風にのって私を通り過ぎた瞬間、 夢の扉が少し開いたということを実感しました。

【補足情報:It's now or neverという心得】 夢を追い求める旅において、「It's now or never」という心得は極めて重要です。この言葉は、「今やらなければ、永遠にできない」という意味を持ち、私たちに行動を起こす勇気と決断力を与えてくれます。夢に向かって一歩を踏み出すことは、常に不安や恐れを伴います。しかし、その一歩が未来を変える力を持っていることを忘れてはいけません。夢を追う旅は、時には困難や挫折に直面するかもしれませんが、それでも前に進み続けることが大切です。夢を実現するためには、今、この瞬間に最善を尽くし、可能性を信じ、恐れずに挑戦し続けることが求められます。「It's now or never」の心得を胸に、夢に向かって果敢に挑戦しましょう。夢への道は、自らの手で切り拓くものです。


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