スタートアップ経営者が知っておくべき 情報セキュリティとリスク管理の基礎

第8回記事は「情報セキュリティ」についてです。

専門的な分野であり、場合によっては敬遠されがちですが、今の時代においてはノックアウトファクターにもなり得てしまう非常に重要な分野です。

記事も気合を入れて長めに記載してしまいましたが、何かしら気づきや学びを得ていただければ幸いです。


1. はじめに

  • 突然、顧客から送られてきたセキュリティチェックシートを見て、「どう答えたら良いかわからない」と感じたことはありませんか?

  • 情報漏洩やシステム障害のニュースを見て、「明日は我が身かもしれない」と不安になったことはありませんか?

情報セキュリティと聞くと、大企業や専門部署の話だと思いがちですが、実はスタートアップや中小企業にとっても無縁ではありません。
特に以下のような課題に直面している経営者は少なくないはずです。

  • セキュリティ対応が不十分なために、受注機会を失った経験がある
    大手企業は外注先にも厳しいセキュリティ基準を求めます。この対応ができないと、せっかくのビジネスチャンスを逃してしまう可能性があります。

  • 自社のセキュリティ体制がどの程度整備されているのかわからない
    「最低限何をやるべきか?」が分からないと、対応を先送りにしがちです。

  • トラブル時の責任追及が心配
    情報漏洩やシステム障害が発生した場合、法的責任や顧客の信頼損失に直結するリスクを抱えています。

なぜスタートアップも対応を迫られるのか?

スタートアップにとって情報セキュリティが急務である理由は、取引先や市場環境の変化にあります。

  • 大手企業が求める基準の高まり
    大手企業は、サプライチェーン全体でのセキュリティを強化しなければならない状況にあります。取引先に対しても厳しい基準を課し、その基準を満たせない企業は取引候補から外されるケースが増えています。

  • デジタル社会における脅威の増加
    サイバー攻撃の手法が高度化している現代では、企業規模に関わらず、攻撃対象となるリスクが高まっています。スタートアップも例外ではありません。

  • 規制対応の必要性
    個人情報保護法やGDPRなどの法令への対応は、海外展開を視野に入れた場合に特に重要です。こうした規制を守る体制がないと、取引停止や罰金リスクに直結します。

本記事では、こうした課題を解決するために、情報セキュリティの基礎知識から具体的なアクションプランまでを解説します。
スタートアップが直面するリスクとその対応策について、経営者の視点から実践的なアプローチをお伝えします。

2. 情報セキュリティとは?

情報セキュリティとは、「情報を守るための仕組みと運用」の総称です。

情報セキュリティ3要素

その中で、情報セキュリティの3要素(CIAモデル)としてのアメリカ国立標準技術研究所(NIST)や国際標準化機構(ISO)で明確化されています。ISO/IEC27001やNISTのCybersecurity Framework等、情報セキュリティ管理システム(ISMS)関連の基本概念になります。
謂わば、データやシステムそのものを守るためのセキュリティ基盤を意味しています。

  1. 機密性
    データが許可されていない人にアクセスされないようにする仕組みです。たとえば、顧客データや取引先情報などの保護。

  2. 完全性
    データが正確で改ざんされていないことを保証すること。たとえば、契約書のデジタル化における改ざん防止。

  3. 可用性
    必要なときに必要な情報にアクセスできること。たとえば、システム障害時のバックアップ運用。

情報マネジメントシステム4要素

情報セキュリティだけでなく、情報システムの運用管理や業務の信頼性を高めるための「システムマネジメント」領域から派生した考え方です。
セキュリティ対策を実際の業務運用やシステム設計に組み込むための拡張概念になり、先ほどの情報セキュリティ3要素に競合するのではなく、セキュリティ対策が実際の業務運用や法的・倫理的責任に結びつく「運用視点」を補完するものになります。

  1. 真正性(Authenticity)
    情報が本物であること、つまり送信者と受信者が真正であることを確認する仕組み。電子署名や認証プロセスが該当します。

  2. 責任追跡性(Accountability)
    情報にアクセスしたり変更したりした人物やプロセスを追跡可能にすること。ログ記録や監査対応が含まれます。

  3. 否認防止(Non-repudiation)
    データの送受信や操作において、行為者がその行動を否定できない仕組み。契約の電子化や取引の記録保持が例です。

  4. 信頼性(Reliability)
    情報が一貫して正確であり、利用可能な状態であること。システムの安定性やデータの品質管理が焦点になります。

これらを守ることが、情報セキュリティの基本です。

実例:大手企業からのセキュリティチェック項目例

ここでは、大手企業から取引開始前にこんな内容の質問が飛んできますといった例を紹介させていただきます。

以下は、大手企業が発注先に出すセキュリティチェックのごく一部を簡易化して抜き出したものです。ごく一部であり、質問数が100~300に至ることも見受けられます。単純なYes/Noだけの様式でなく、Yesだった場合は実際にはどうやって対応しているのか、Noだった場合はどのように今後対応していくかを問われることもあります。

上記のような内容に回答した上で、取引先として相応しいかジャッジメントが降るのです。

上記のようなチェック項目をクリアするためには、情報セキュリティポリシーや運用ルールを社内で整備し、従業員全体に浸透させる必要があります。特に、これらの基準に対応していない場合、大手企業との取引チャンスを逃してしまう可能性が高まります。

3. 情報セキュリティ対策の「最初の一歩」

スタートアップでも今すぐ始められる簡単な対策を以下に示します。

1)パスワード管理ツールの導入

  • ツールの一例
    LastPass、1Password

  • 効果
    複雑なパスワードを安全に管理し、使い回しを防ぐ。

2)クラウドバックアップの活用

  • ツールの一例
    Google Drive、Dropbox

  • 効果
    PC故障やサイバー攻撃によるデータ消失リスクを回避。

3)セキュリティポリシーを1枚作成

  • ポリシー例
    「全従業員が毎月1回、パスワードを変更する」
    「外部Wi-Fi利用時はVPNを必須にする」

  • 効果
    社内のセキュリティ意識を統一できる。

4. RMS(リスクマネジメントシステム)の概念と重要性

RMSとは?

RMS(リスクマネジメントシステム)は、企業が直面するさまざまなリスクを事前に特定し、それに対する対策を講じるための仕組みを指します。
特にスタートアップや中小企業にとって、リスクマネジメントは事業の継続性を確保するうえで極めて重要です。
リスクの種類には、サイバー攻撃や情報漏洩といった「情報セキュリティリスク」だけでなく、自然災害やサプライチェーンの停止、法令違反など多岐にわたります。

【図表1】ISO31000におけるリスクマネジメントの概念図 出典:PwC公式ウェブサイト(https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/spa/vol12.html)

RMSの目的と役割

RMSは単なる問題対応の仕組みではなく、企業の成長を支える戦略的なツールです。
その目的は、リスクを未然に防ぐだけでなく、発生時の影響を最小限に抑え、迅速に復旧することにあります。
具体的には以下のような役割を担います

  1. リスクの特定
    潜在的なリスクを洗い出し、どのリスクが重大な影響を及ぼす可能性があるかを評価します。

  2. リスクの分析と優先順位付け
    各リスクの発生確率や影響度を定量的に分析し、リソースを重点的に割り振るべき領域を特定します。

  3. 対策の策定と実施
    リスクを軽減するための具体的な施策(セキュリティ対策や教育訓練、バックアップ体制の整備など)を実施します。

  4. モニタリングと継続的改善
    リスク状況や対策の効果を定期的にモニタリングし、必要に応じて改訂することで、変化する環境に対応します。

RMSの重要性

RMSが適切に機能していない場合、企業はさまざまな不確実性に対して脆弱になります。
特にスタートアップ企業では、限られたリソースの中で予期せぬトラブルが発生すると、事業全体が揺らぐ可能性があります。
RMSを導入することで、以下のようなメリットが得られます

  • 信頼性の向上
    取引先や顧客に対して、リスクマネジメントが行き届いていることを示すことで、信用を獲得できます。特に大手企業との取引では、情報セキュリティチェックを含めたリスク管理体制の整備が求められます。

  • 事業継続の確保
    サイバー攻撃や自然災害などによる業務停止リスクを最小化し、迅速な復旧を可能にします。

  • 法令遵守と企業価値の向上
    各種法令や規制に対応することで、コンプライアンスリスクを回避し、企業価値を守ることができます。

昨今のトレンド:RMSとセキュリティチェック

既に紹介させていただいたとおり、多くの大手企業では取引開始前に「情報セキュリティチェックシート」や「リスクアセスメント表」の提出を求めるケースが一般的になりつつあります。
これには、データの管理方法アクセス権の設定バックアップの体制など、非常に細かい項目が含まれることが多いように見受けられます。

リスク・コンプライアンス委員会の設置

リスクマネジメントを組織的に進めるために、多くの企業が「リスク・コンプライアンス委員会」を設置しています。
この委員会は以下のような役割を果たします

  • リスクの洗い出しと対応策の議論
    新たに生じるリスクや既存リスクの進捗状況を管理します。

  • 社員教育や意識向上
    リスクやコンプライアンスに関する社内教育を定期的に実施します。

  • 外部監査や規制対応
    顧客や規制当局からの監査対応を主導し、必要な文書や体制を整備します。

初心者でも始められるRMSの構築

スタートアップや中小企業の場合、まずは以下の基本ステップからRMSの構築を進めることをお勧めします

  1. 基本方針の策定
    リスクマネジメントの基本方針を明文化し、全社員に共有します。

  2. 優先リスクの特定
    事業内容に応じた優先リスク(情報漏洩、自然災害、法令違反など)をリストアップします。

  3. 簡易ツールの導入
    初期段階では、ExcelやGoogle Workspaceを活用してリスクマトリックスを作成し、リスクの可視化を進めます。

  4. 外部パートナーの活用
    専門知識が不足している場合は、リスクマネジメントのコンサルティングサービスや情報セキュリティ対策を提供する企業に相談するのも有効です。

5. 情報セキュリティ対策の段階的アプローチ

シード期(~10人)

スタートアップ初期には、コストを抑えつつ基本的なセキュリティ対策を意識しましょう。
クラウドサービスのセキュリティ設定を最適化し、全従業員が守るべきセキュリティルールを整備することが重要です。例えば、パスワード管理ツールや二要素認証を導入し、リスクを軽減します。

  • パスワード管理ツール

  • クラウドバックアップ

アーリー期(~30人)

従業員が増え、データの管理が複雑化するこの段階では、セキュリティポリシーの策定と周知していきましょう。アクセス権限を明確にし、業務内容に応じた適切なデータアクセス管理を意識していくことが重要です。
加えて、簡易な脆弱性診断ツールを活用することで、基本的なセキュリティホールを事前に防ぎます。

  • セキュリティポリシーの策定

  • 顧客チェックシート対応力の強化

グロース期(~100人)

事業規模が拡大し、外部との連携が増える中で、リスク管理の高度化が求められてくるフェーズです。
情報セキュリティ管理システム(ISMS)の導入や、従業員向けの定期的なセキュリティ研修を実施していくことで、全社的な啓蒙が必要となります。
また、セキュリティ監視ツールを導入し、リアルタイムの脅威への対応力を強化していきましょう。

  • RMS導入

  • 定期的なリスク評価

レイター期(100人~)

大企業との取引が活発化してくるフェーズであり、海外進出を視野に入れた段階では、サイバーセキュリティ体制の充実が求められます。
SOC(セキュリティ運用センター)の活用や、第三者機関によるセキュリティ監査を定期的に受けることで、取引先や顧客の信頼を確保し、リスクの最小化を図りましょう。

  • 高度なセキュリティ監視システム

  • グローバル基準のコンプライアンス体制

6. 情報セキュリティとビジネスの関係

セキュリティ対策は単なるコストではなく、「未来への投資」として捉えるべきです。適切なセキュリティ対策を講じることで、以下のような具体的なメリットを得ることができます。

1)顧客の信頼を獲得
セキュリティ対策が整備されている企業は、顧客や取引先からの信頼を得やすくなります。
特に大企業との取引では、情報漏洩やシステム障害を防ぐ能力が求められます。セキュリティ監査やチェックリストに対応できることは、取引成立の鍵となります。また、消費者に対しても安心感を提供し、ブランド価値の向上につながります。

2)競合との差別化
多くのスタートアップは、セキュリティ対策を後回しにしがちです。
しかし、早い段階でセキュリティ対策を整備することで、競合他社との差別化が図れます。
たとえば、「セキュリティ認証(ISO27001やSOC2など)」を取得することで、信頼性の高い企業であることをアピールでき、新規取引の獲得や顧客維持率の向上に寄与します。

3)従業員が安心して働ける環境の構築
セキュリティ対策は顧客や取引先だけでなく、従業員の心理的安全性にも影響します。
例えば、サイバー攻撃によるデータ流出やシステム障害が頻発する職場では、従業員のストレスが増加し、離職率が上昇する可能性があります。逆に、堅牢なセキュリティ体制が整備されている職場では、従業員は安心して本来の業務に集中でき、生産性の向上が期待できます。

4)トラブル時の損害最小化
万が一のサイバー攻撃や情報漏洩の際、適切なセキュリティ対策があれば被害を最小限に抑えることができます。
迅速な対応が可能であれば、顧客や取引先からの信頼を失うリスクを軽減し、事業継続への影響を最小限に抑えることができます。

5)事業拡大の土台構築
情報セキュリティ対策を充実させることで、新しい市場や大規模な取引先への進出が可能になります。
たとえば、海外進出時に求められるGDPR(EU一般データ保護規則)や各国のデータ保護法に対応する準備は、競争力の強化につながります

セキュリティは「守り」の投資と思われがちですが、実際にはビジネスの成長を支える「攻め」の基盤でもあります。適切な対策を導入することで、リスクを抑えつつ持続的な成長を実現することが可能です。

7. まとめ

最初にやるべきことと今後のアクション

  • まずは簡単な対策から始める
    パスワード管理
    バックアップの整備

  • 次に段階的なシステム導入へ
    RMSやセキュリティチェック対応を進める。

  • 専門家に相談するタイミングを逃さない
    初期の段階で設計を依頼することで、大きなトラブルを未然に防ぐ。

情報セキュリティは、企業の規模や成長フェーズを問わず、現代のビジネスにおいて欠かせない要素です。しかし、セキュリティ対策を構築するには専門的な知見が必要であり、特にスタートアップや中小企業では体制を整えること自体が大きなハードルとなりがちです。
また、情報セキュリティの専門人材は市場にほとんど出回っておらず、採用するのが非常に難しい現状があります。

こうした背景を考えると、自社で全てを解決しようとするのではなく、専門家の力を借りることが重要です。初期段階の体制構築から、必要なツールや手続きの選定、さらにはリスク管理の全体設計まで、包括的にサポートを受けることで、効率的かつ効果的なセキュリティ体制を構築できます。

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8. 関連記事:スタートアップ成長の基盤づくり

情報セキュリティは、スタートアップの成長を支える重要な基盤の一つです。今回の記事で紹介した内容を実践する中で、他のバックオフィス領域についても一貫した設計が求められることに気づくでしょう。以下の記事も、ぜひ参考にしてください。

他の記事を通じて、スタートアップの成長に欠かせない各要素をバランスよく整備してください。次回の記事もお楽しみに!

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