IT活用でソーシャルセクターを変えていく「STO」とは? ②岩澤樹さん(認定NPO法人カタリバ)・後編

ここまではカタリバをフォーカスに課題を考察してきた。次は視点をソーシャルセクター全体に広げてみよう。そこで岩澤さんが感じるポイントは5つある。

前編はこちらから

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ソーシャルセクターが抱える5つの課題

①CIO、CTO的な人材が圧倒的に不足している

「以前、NPOの業務改善の勉強会を開いた所、50名が集まりました。そこで分かったのはIT化が進んでいない、進めようと思ってもうまくいかないという事。ツールを導入しても運用できる人がいない、前任者が抜けて分からなくなった等の理由でプロジェクトが頓挫したり、システムが止まる事が多発しています。」

こうした原因は、やはりIT系の人材不足だ。IT人材の多くは民間企業で働いている。そこからソーシャルセクターに流入させる必要があるが、そうした人材移転について、岩澤さんは厳しい見方をしている。

「CIO・CTO的な人材にとって、給料が良く、市場評価も高く、自分たちでチャレンジできるような場は、民間企業の中に沢山あります。しかしNPOは給料や評価面では企業と勝負できません。更に、どうやったら社会課題を解決できるか?という地点からスタートするので、そのプロセスに価値を感じない人には、魅力的に映らないでしょう。」

②存在が世のエンジニアに知られていない

「認知不足も課題です。システム会社にいた時代も周りにNPOを知っている人は殆どいませんでした。学生にしても、うちの団体のボランティアの中に理系の子は少ない印象です。大きい団体、フローレスさんやETICさん等を見ても「システムで何とかする」という話はあまり聞きません。理系の大学生や社会人にもっと存在を知ってもらえなければ始まりません。」

認知や啓蒙に関する課題は、STO創出プロジェクトを進めるCode for Japanでも痛感している。そこでエンジニアとの接点がある私たち自身が広報となり、繋いでいくのがこのプロジェクトのミッションだ。

③現場とエンジニアとの距離が遠い

IT人材が組織に入っても、現場との距離が遠ければ実際に成果は出にくい。

「NPOは一般企業以上に、現場とエンジニアとの距離が遠いと言えます。私が入って最初に思ったのは、言語理解、共通言語がなさすぎて、両者の間で会話が難しいという事です。
たとえばWEBサイトを1ページ更新するにも、ベンダーさんと現場で不毛な会話が続き、必要な事を互いに伝えられない事があります。単語ひとつ取っても「タグ」の意味が通じなければ、コミュニケーションに齟齬が起きます。ベンダーさんも疲れ、現場も疲れ、距離が開いてしまいます。」

今や多くの組織でIT活用は進んでいるが、NPOで大きな距離ができるのはなぜだろうか。

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「NPOの第一創業期は、ITという言葉自体ができたばかりで、ITへの抵抗感もあった頃だと思います。我々のような団体では若い人もそこそこ入って来るので、ITへの抵抗感は薄れていますが、それでもITに詳しいSTO的な人材が来る事は少ないのが現実です。」

④知識がないから行動に繋がらない

IT知識が少ないスタッフが多いことで、対応が二分化される傾向もあるという。

「片方にはITを魔法だと思っていて、魔法使いが一人いれば全部解決してくれるからすぐ来て欲しい、と言ってくれる人がいます。その半面、毎回の月次報告に徹夜で8時間かかり「もう無理!」となるまで声を上げない人もいます。
エンジニアなら実務の中身を見て、ああマクロを3時間で作れば月次報告は30分で終わるな、等と分かります。しかし現場ではそうした解決のイメージが湧きません。IT活用は良いとみんな思っているけど、その方法が分からないのです。」

知識がないからイメージできない。結果、実際の行動に繋がらない。あるいは過度に期待してしまう。それらは知識の無さ、情報リテラシーの低さに起因する。そこを底上げしていくのもSTOのフォーカスになる。

⑤外部とのネットワークがない

岩澤さんが上げた最後の課題が、団体間でのIT担当者同士の繋がりが無い事だ。

「ツールごと、例えばSalesforceのユーザ会はありますが、それ以外にはあまりないと感じます。小さいつながりがあっても大きくならなかったり、続かなかったりで、横のつながりは正直あまりないですね。ソーシャルセクターの外にいるエンジニアとディスカッションしても、NPOの現場のスピードが速く、システムを導入する頃には環境が変わっていたり。それが2,3カ月のスパンで起きたりするので、どうしても関係の維持が難しいのです。」

課題の解決に向けて、STO人材に求められるもの

こうしたソーシャルセクターの現状の上で、どのような人ならSTOとして活躍できるだろうか?

①現場とITのハブになれる人

「私がカタリバに入って良かったなと思うのは、現場とITのハブになれた事です。ボランティアで関わっていたので、現場の課題感、カタリバがしたい事は分かっていました。一方で外に目を向けると、どんなツールがあるか、どう組み合わせれば課題が解決するか、そこに向けてのベンダーとの対話や交渉は等、ある程度のスキルがありました。
このように現場と外をつなぐ通訳をする、ハブになる、のが必須でしょう。ITの知識に加え、NPOごとの課題感に寄り添い、現場の課題をかみ砕き、自分のスキルや最新技術と摺り合わせる能力です。」

②長期に渡って伴走できる人

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「社会課題を解決するアイデアを実現するためには、半年や1年のスパンではなく、3年、5年、10年というかなり長いスパンがかかります。すぐに結果を求めず、そこまでちゃんと伴走を続けられる事も、求められる役割の一つでしょう。」

③価値を上位概念にして再展開できる人

「自分が得た経験やナレッジを、1つの団体だけではなく、同時に5団体、10団体へと横展開し、社会課題をより大きく解決していく意識も必要でしょう。これは言わば上位のSTOです。優秀な方には、そこまでの役割が求められるのではないでしょうか。そこに優秀なCFOというかSFOのような人が付くと、更に良いと思います。どうやって資金調達をして、マーケティングをするのか。そこまでセットで考えられる人材です。」

④事務、すり合わせ、仮説と根気

「現場の業務改善ならExcelを使える能力があれば十分です。そこからスキルアップしていく道もあるでしょう。一方、社会課題を一気に解決するようなアイデアを試したいのなら、現場とのコミュニケーションや言語のすり合わせが必要です。更に社会課題の本当の原因は何か?仮説を立てて、そこからPDCAを2,3年回して特定していく根気も求められます。」

⑤経済状況も重要

「実際の所、経済状況も重要です。20代ならそこまで考えなくて良いかもしれませんが、特に結婚していて、それなりの年齢の方の場合、家庭の理解も含めて経済状況というのも意外と重要なファクターになります。」

⑥経営への説明能力

「開発に当たっては、どういう効果が出た時に、どの程度の投資ができるか?それに対して今あるキャッシュは幾らで、無いならどう集めるのか?等も考えないといけません。資金調達も中小企業への支援金やIT導入補助金等色々ありますが、そこに工数を割ける人がいるのか?いなければ手当てをしてでも解決したい課題なんだ、という事を経営に説明しなくてはなりません。STOにはそこまでの伴走が求められるでしょう。」

これからSTOを目指すには?

STOは世間的な認証制度があるわけではなく、専門の養成機関があるわけでもない。その中で、実際にSTOとして活躍するにはどのようなルートがあるだろう?

①最初はボランティアレベルから

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「実際に業務改善を行っても、それが即、社会課題に繋がった実感は得にくいでしょう。それよりは「社会問題を解決する」事を窓口に、自分たちで子供たちの表情を変えられた等の実経験をする事です。まずはボランティアレベルで一日とか半日、数時間単位で関わってみる。それを5回、10回と繰り返すうち、社会や現場の課題が勝手に見えてきます。私もそうでしたが、自分の関わり方、ポジション、役割、求められている事が、互いに分かってきます。そうする中で、こういう提案ができる、こういう提案をして欲しいという、両方の思いが擦り合うのです。」

②プログラミング教育も追い風に

「良い流れが来てるなというのが1つあります。プログラミング教育が学校教育の必須科目になった事です。これにより「プログラミング教育だったら」という切り口で、外の方々が関わって下さる可能性が増えたんですね。プログラミングを通して窓口ができれば、システム面でのお手伝いができる部分も増えるでしょう。団体側もそこを公開し、ボランティアを募集しながら認知を広げる事が重要です。」

③「何かしたい」より「これがしたい」!

「実際にカタリバで人を採用した経験から言うと、ITの知識は要件としてありますが、最終的には「何かしたい」より「これがしたい」人を選びました。「何かしたい」という人は本当に多いんですよ。ありがたい事ではあるのですが、それでは仕事がありません。現場には具体的な依頼ができるほどITスキルを持った人はいないので、自分で仕事を見つける事が求められます」

これからSTOを目指す人へのメッセージ

「本当にしんどいとは思うんですよ。でも、しんどい中に、楽しさはあって。理不尽だったり、無理難題だったり、もうわけ分かんねえよみたいな事もあるんですけれども、そこのわけ分かんねえよみたいなのを解明する手続きは、やっぱり面白いし、解明した時のすっきり感はすごくあります。
解明した後のシステム化も、やっぱりしんどい。現場の理解が得られない、マニュアルもああだこうだ言われる。それでも、それを実現して1年後2年後に目にする光景には、多分、想像を絶する喜びや感謝、達成感があります。
そういう「しんどさ」と付き合いながら、可能性を信じて頑張ってもらいたいなと思います。ぜひSTOとして社会課題の解決に携わってください。」

1人でできる事には限界がある。まして課題解決に向き合う場合、そこにはどうしても「しんどい」部分があるだろう。だからこそ私たちSTO創出プロジェクトでは、志を同じくするSTO人材の可視化や学び合いを重視している。

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取材:山口(STO創出プロジェクト)
編集:松原(Code for Japan)

Code for Japanでは、非営利団体が抱える課題をテーマにしたワークショップや勉強会、転職に向けてのマッチングイベント等、エンジニアと非営利団体を繋ぐ機会を定期的に作っています。ソーシャルセクターの実際を知りたい方は、ぜひこうした場にもご参加ください

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