IT活用でソーシャルセクターを変えていく「STO」とは? ③低引 稔さん(フローレンス→カタリバ→個人事業主)・前編

NPO等の非営利団体で活躍するエンジニアを増やそう!というSTO創出プロジェクト。

実際にSTO人材として活躍する人を紹介する連載の第三回は、フローレンス→カタリバというメジャーな団体で経験を積んだ低引稔さん。NPOでのIT投資は、特にコミュニティ運営で効果があるそう。

※STOとは?
今や組織の事業推進はIT活用なくして成立しない。企業でも技術部門を統括するCTOを設けるケースが増えている。しかしNPO等ソーシャルセクターでは、未だIT活用が十分だとは言い難い。そこで私たちCode for JapanではCTOになぞらえ、経営レベルでソーシャルセクターのIT活用を担う人材をSTO(Social Technology Officer)と定義、その浸透や育成を目指す「STO創出プロジェクト」を展開している。

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経歴・プロフィール
2006年にNPO法人フローレンスに新卒入社。病児保育事業部長、おうち保育園事業立ち上げを担当。2011年に認定NPO法人カタリバ入社。経営管理本部ディレクターとして、組織の成長を基盤づくりから支える。2018年に独立し、バンガシラをスタート。ソーシャルベンチャーの組織基盤づくりのハンズオン支援、社会的投資事業の立ち上げ・運営に取り組む。

生粋のソーシャルセクター生まれのSTO

前2回のインタビューでは共に民間企業から転職者した方のお話を伺ったが、低引さんは新卒でNPOの世界に飛び込んだ生粋のソーシャルセクター人材だ。NPOとして高名なフローレンスからカタリバを経て、現在は個人事業主として複数の取引先を持つ。まさにSTOのロールモデルとも言える低引さんは「STO」と聞いた時、自分の事だと感じただろうか?

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「そうですね、はい。僕の事だなと思いました。」

STOはそもそも企業でいうCTOから着想している。CIOに近いものとも考えられる。それらとの違いは何だろうか?

「経営観点からシステムを活用する点では共通していると思います。これがSTOになって何が変わるかというと、やはり社会課題の解決に関わる事でしょう。事業の収益性や効率化だけでなく、社会課題の解決にシステムをどう活用するのか?課題をうまく解決する、広く社会的なインパクトを生み出す。そういった観点からテクノロジーを活用するのがSTOだと感じます。」

ボランティアが多いNPOはもっとインパクトが出せる!

一口にNPOと言っても色々ある。中でもSTOが活躍する事で「伸び代」が大きいのは、ボランティアが多い団体だと言う。

「ボランティアは限られた期間の中で成果を求められます。そのためにはノウハウの伝承が必要ですが、ここをボランティアに任せると組織にノウハウが残らず、育成体制も難しくなります。そこでシステムを活用して人が育つ仕組みを作るんです。
カタリバの例だと年間でユニーク1000人、延べで4000人のボランティアが関わります。その育成を学生のインターンに任せた所、クオリティコントロールが難しくなりました。そこでボランティアのリピート率や、説明会から現場に出るコンバージョン率等を測り、インターンと一緒にモニタリングしました。数字で有意に差が見えるため、改善に向けての会話が進み、ボランティアがボランティアを育成する体制に至りました。」

確かにこのような形でシステムを活用すれば、多くのNPOでインパクトを出せるだろう。そしてこの話の中には「業務」だけでなく、「コミュニティ」という要素が含まれている事にも注目したい。

NPOでのIT効果は、業務改善とコミュニティ運営!

ITの活用は多くの効果を生むが、NPOで意識したいのは業務とコミュニティ運営への改善効果だ。しかし規模が小さい場合、業務改善については限界性があると言う。

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「システムの良いところは、反復的な作業を自動化させたり、効率化させたりできる所です。しかし組織の規模が小さいと、その分、効率化できる部分は限られてくると思います。アドバイスとしては、業務が安定するまではExcelやGoogleスプレッドシートで型を作り、その後システムに置き換える事です。」

組織が小さい場合、1つ1つの業務のスケールが小さいため、ITで大きな効果を出すのは難しい。それでも早い時期から型を作っておけば、将来活動が大きくなった時に役に立つ。

「フローレンスとカタリバでは、共通してかなり初期から3年後、5年後に大きな規模でインパクトを出そうと、システム投資に取り組みました。そこでいきなりお金をかけるのではなく、SaleforceやGoogle等の安価なシステムを活用する事から始めています。」

2つ目の目的となるコミュニティ運営への活用においては、組織の大小は関係ないと言う。

「社会課題の解決は、課題に気づいた組織や職員だけで取り組むものではありません。多くの人から共感を引き出し、一人でも多くの市民に知ってもらう、参加してもらう、行動してもらう事が大切です。先ほどボランティアがボランティアを育てる事例をお話しましたが、多くの方に社会課題解決の“当事者”として参画してもらい、そのコミュニティを自発的に膨らませるために、ITは不可欠な存在です。Code for Japanさんが生み出している世界観、コミュニティがまさにロールモデルだと考えています。」

私たちCode for Japanでは「ともに考え、ともにつくる」を掲げ、関わる人がみな当事者として自発的にコミュニティに参加する事を旨としている。NPOにとって、そうしたコミュニティのためのIT活用は、一般の民間企業以上に重要な視点だろう。

ソーシャルセクターは、全般的にIT活用が遅れている

IT活用を受け入れる側のNPOが抱える課題が、そもそもIT活用が遅れている事だ。

「NPOでもGoogleフォームやスプレッドシート等で寄付者のデータを収集し、効率良く処理するような活用は広まってきました。しかしそれらを分析的に活用し、支援の質の向上に生かす取り組みについては、まだ弱い。経営メンバーがテクノロジーの活用について、未来のイメージや知識を持てていない為だと思います。」

NPOでは数値的な収益性や効率化の他、受益者との関係性も重視される。しかしそれには功罪もある。

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「僕自身が感じるのは、NPOでは手触りがすごく重要な事です。課題を持ってる人に直接アプローチしているんだという手触り感。これがすごく重要視されている。システムの活用は、一定程度は効率性を求める事になります。そこに本能的な拒否反応を示す方は多いでしょう。手間がかかる分、かわいくなる。そこに価値を感じる。そういう現場の手触り感が、NPOでのITの活用を阻むと感じる事はあります。」

STOが関わる事で生まれる変化

そうしたNPO特有の環境に対し、STOがでる事は何だろう?

「大きく2つ、大事にしている事があります。1つは効率化で業務時間が削減できれば、その分、受益者への対応時間を増やせる事です。
またNPOの人たちはちょっと働きすぎな所があるので、一息入れた上で次の現場に向かおうね、という余裕も生み出せます。こうする事で現場の手触り感を損なう事なく、より良い支援に向かえるよと説明します。
もう1つは、PDCAサイクルを回す上でシステムが活用できると事です。経営者が持っている改善ノウハウ等をシステムに移せば、より良い支援につなげられます。」

こうしたSTOのスタンスは、まさに現場と経営をつなぐと言える。

「STOの必要性は増していくと思います。経営の観点とシステムを活用するという思いを持って社会課題に取り組む方が、もっともっと増えていって欲しい。実際、ニーズも増えるでしょう。そこでは必ずしもシステムのすごい専門家である必要はありません。専門家のアイデアをしっかり引っ張ってくる、あるいはアイデアを発揮してもらえる場を作る。そういう事がSTOに求められると思います。」

学生インターンからフローレンスに新卒入社

今や自他ともに認めるSTO人材の低引さんだが、就職した2005年当時は、まだ新卒でNPOに行くキャリアパスが一般的ではなかった時代だ。民間企業で訓練を受けたわけでもない低引さんにとって、現場でのエンジニア的な働き方には苦労もあったに違いない。

「実は新卒でソーシャルセクターに入るつもりはありませんでした。もともとは高校の先生になりたくて。ただ、授業で何かを教えるというより、学んだ先の働き方に関心がありました。そこで社会課題の解決に繋がる働き方を高校生に教えられないかと考えている中、フローレンスに出会ったんです。大学4年生の夏、本当に偶然の出会いからフローレンスを知り、学生インターンとなり、結局そのまま新卒で入職しました。」

認定NPO法人フローレンス | 新しいあたりまえを、すべての親子に。

しかし、当時のフローレンスは設立2年目。資金の余裕もなく、新卒の募集もしていなかった。そこで低引さんは、代表の駒崎氏に直談判する。

「大学院で勉強したいと思っていた位で、お金を払って大学院で勉強するなら、お金は要らないからフローレンスでやらせて欲しいと。それなら10万円ぐらいで良ければ、という事でスタートしました。一年目が終わる頃には、15、6万ぐらいになって、翌年には一般的な水準まで上がりましたが。」

前2回のインタビューとも共通するのは、プロボノやインターン、ボランティア等を通してNPOの理念や活動に触れ、そこでの共感や経験を踏まえて入職している事だ。これはSTOに至る王道パターンと言えるだろう。

エンジニアというよりSIerに近いPMとして

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「最初の3年は、いわゆるベンチャー企業と変わりません。「病児保育」という新しいサービスを本当に良いクオリティにしようと、みんなが一生懸命でした。その中で僕自身は最初からSTOの駆け出しのようなキャリアを歩みました。エンジニアの自覚はなくて、SIerに近い、プロジェクトマネージャーという意識です。」

フローレンスでは、創業してすぐにSalesforceを導入。前任のインターン生が創業当初から環境を構築し、顧客を管理していた。その前任者からの引き継ぎが生じた時、白羽の矢が立ったのが低引さんだった。しかし当時はまだITの素養は全くなかったと言う。

「大学では物理学科にいて、Excelを使った作業に辛うじて耐性があった程度です。スタッフの多くは保育が好きでフローレンスに来ていて、情報管理なんか一切やりたくないという人が多い中、僕はSalesforceのコードを見ながら楽しんでるような人間だったので、候補になったんでしょうね。」

当時の低引さんの仕事は…

・最初の3,4年は病児保育の事業基盤に成長にフォーカス
・システム業務は全体の1割程度
・業務の多くは利用者への説明会の運営、保育スタッフの募集、採用面接、研修等
・会員数が300名を超えた頃にシステムの入れ替えを実施
・請求、予約、給与計算等の業務プロセス全体を書き出しシステム化
・利用者からの依頼も電話やメールからシステム経由に変更
・お子さんの登録情報の変更もSalceforceのデータベース上で直接編集できるようにした

これらにより業務は劇的に改善し、利用者が6000名にまで増えた今でも当時のシステムが基盤になっているという。もし最初のボタンを掛け違えていたら、何か問題が生じていた可能性もあるだろう。団体が大きくなる前こそ、STO人材の役目は大きい。

プロジェクト管理スキルの磨き方

他にシステムに詳しいスタッフもいない中、どのようにして低引さんはスキルを身に付けたのだろうか?

>>後編に続く

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※Code for Japanでは、非営利団体が抱える多様な課題に対して、アイデア出しのワークショップや勉強会、STOの養成や採用に向けてのマッチングイベント等を定期的に開催しています。組織を中から改善したい方、そういう方たちと協働したいエンジニアの方は、ぜひこうした場にもご参加ください。

STOに関心のある方はこちらからお問い合わせ下さい


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