IT活用でソーシャルセクターを変えていく「STO」とは? ①角永圭司郎さん(NPO法人サービスグラント)

NPO等の非営利団体で活躍するITエンジニアを増やそう!というSTO創出プロジェクト。

実際にSTO人材として活躍する人を紹介する連載の第一回は、民間企業からソーシャルセクターに飛び込んだ「サービスグラント」の角永圭司郎さん。ITエンジニアとしてどのようにNPO団体と接するかなど伺いました。

※STOとは?
今や組織の事業推進はIT活用なくして成立しない。企業でも技術部門を統括するCTOを設けるケースが増えている。しかしNPO等ソーシャルセクターでは、未だIT活用が十分だとは言い難い。そこで私たちCode for JapanではCTOになぞらえ、経営レベルでソーシャルセクターのIT活用を担う人材をSTO(Social Technology Officer)と定義、その浸透や育成を目指す「STO創出プロジェクト」を展開している。

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経歴・プロフィール
中堅SIerにてシステムエンジニア、プロジェクトマネジャーとして18年間従事。2015年に、NPO法人サービスグラントにプロボノとして関わり、2016年よりスタッフとして参画。現在はプロジェクト管理の統括、システム構築・運用を担当。また、個人事業主として他の非営利組織のIT支援も行う。

自分のITスキルを使って社会の役に立ちたい!

「STO」に公的な資格試験や認証はない。課長や部長等の既存の役職でもない。ならばSTOとは何だろう?「STOという言葉を聞いた時、自分に重なると感じましたか?」角永さんに投げかけた。

「はい。うち(サービスグラント)の事務局長からも「そうなんじゃない?」と言われました。私には自分のITスキルを使って社会の役に立ちたい思いがあり、ボランティアベースではなく仕事として取り組みたいと考え、今に至っています。そこで重なる部分は大いにあるでしょう。」

角永さんが在籍するサービスグラントは、自分のスキルを活かしてボランティアを行う「プロボノ」と、NPO等の非営利団体を結ぶ団体だ。プロボノはソーシャルセクターでは馴染み深いが、一般的には必ずしも知名度は高くないだろう。

「プロボノの多くは、普段は企業等で週5日フルタイムで働く人たちです。多くはゼネラリスト的な職種で、ITスキルを持つ人はそれほどいません。
一方、プロボノを必要としているのは、NPO、一般社団法人、公益社団法人等の非営利団体です。そうした団体から「手が回らない分野がある」等の理由でプロボノの求人があります。」

プロボノには、非営利団体が抱える課題に応える専門性やスキルが求められる。デザイナーやコピーライター、コーダー等の「テクニカルスキル」は分かりやすいが、資料作成や論理的思考と言った「ポータブルスキル」と呼ばれる能力もまた、非営利団体では役立つものだ。

民間からプロボノ経由でソーシャルセクターへ

角永さんもプロボノをキッカケにサービスグラントに合流した経歴を持つ。

3 のコピー

「元々SIerや事業会社で18年間に渡りSEやPMをしていました。WEBアプリの開発や運用を中心に、大きなシステムで数千人から数万人規模、ほかに中小企業やスタートアップのシステムも経験しています。
そんな中、担当していた会社が突然倒産したんです。その会社は対象事業で50%以上のシェアを占めていたので、その分野の先行きを心配しましたが、結局その穴は他社が埋めて終わりました。その時「お金になる事業は誰かがやる」。ならば、一企業のために働き続ける事が本当に社会の役に立つのだろうか?と。」

この件を1つのキッカケに、角永さんの気持ちは転職に傾く。

しかし当時はソーシャルセクターとの接点はなく、プロボノの存在も知らなかったという。

「その後、会社を離れてやりたい事を改めて考えた時、そもそもSEになったのはスキルを持って社会の役に立ちたかったからだ、そんな自分の原点に気が付きました。その思いを実現する道を模索する中、プロボノを募集していたサービスグラントに出会ったんです。」

サービスグラント - スキルを生かしたボランティア「プロボノ」を始めよう

結果、プロボノとして半年ほどサービスグラントの活動に関り、2016年に事務局スタッフとして採用される。

時代を映す複合的なワークスタイル

それから3年、現在では複合的な働き方を実践している。

「週に4日はサービスグラントの事務局スタッフ、週に3日は個人事業主として他のNPOのIT支援をしています。休みが無いですね(笑)。関わっているNPOは過去の支援先のつながりが多いです。
細かいレベルではホームページのHTML修正から。一方で基幹業務のシステムをどうするか等、コンサルティング的な関わりもします。」

具体的な仕事の中身としては、
・WordPressサイトの運用(HTML、JavaScript/CSS、PHPの改修等)
・サイトの運用改善やリニューアルの提案
・外部業者を使っている場合は直接やり取り(数ヶ所の文言変更で5万円以上等、納得感が低い場合は自分が対応する事も)
・日本NPOセンターと今後のシステム運用について月に1,2回、2時間程度の定例MTG
・NICE(日本国際ワークキャンプセンター)では過去に2回頓挫した開発に関わり、3回目で無事リリース
等を伺えた。

自分で手を動かし、業者ともやり取りし、所属の枠を超えて複数の団体の支援を行う。STOを形作る1つの要素は、こうしたマルチな活動にあるだろう。

非営利団体で重要なIT活用=情報発信

これまで角永さんが関わった団体は約15名のサービスグラントが一番大きく、他はそれより小さな規模。こうした団体ではIT基盤が整っていない現状があるが、特にWEBサイトについては課題が多いという。

「非営利団体にとってのIT活用は、情報発信の観点で重要です。それは対象となる受益者が往々にして希少な存在だからです。例えば児童虐待やDVの被害者は、人口全体から見れば少数でしょう。そうした場合、近所でチラシを配るような手法では必要な人に届かない可能性が高いのです。できるだけ多くの受益者に届けるため、ホームページでの周知等、IT活用が必要です。」

しかし団体の規模が小さいと、専門知識を持つ人も少なくなる。

「非営利団体では受益者の個人情報を扱う事も多く、安心できる団体だという信頼感が不可欠です。そのためにはホームページの整備や定期的な更新が求められます。しかし人材に限りがある組織では業者さんをうまく活用できず、外注しても思ったように仕上がらない、効果的な運用ができない等の問題が生まれます。」

業者はあくまでビジネスだ。必ずしも非営利団体側に立ってくれるわけではない。活動への理解や共感が得られる保証もない。そこで求められるのが、団体の経営課題やIT知識を理解し、両者の間に立てるSTO人材だ。

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非営利団体との接し方は「ソーシャルファースト」「受益者ファースト」

個人事業主として複数の非営利団体と関わる角永さんによれば、そこでの接し方には下記のようなポイントがあるという。

①有償から無償まで多様な関わりがある

「外部の団体さんとは、3~4件ほど同時進行しています。概ね月1,2回ほどの打ち合わせを行い、後は個人作業です。そこでは、有償と無償の双方の関わり方があります。
無償で関わるのは、ITツールに関する情報提供をする場合等。知識があるだけで団体さんが自走できる事があるからです。ただ業者がやるべき作業まで食ってしまうのは違うので、「ここから先は無償ではないな」という部分は適正な対価を頂くようにしています。
またホームページを新規に構築する等、多大な工数を要する作業は業者さんを紹介し、両者の間に入る場合もあります。」

②新しい発見がある事を意識する

関わりの中では、教えて貰えるものや得るものも多いという。

「たとえば難聴の方を支援する団体と関わる中で、補聴器に関する技術を知りました。普通にIT技術者をしていると関わる事のない世界を知るのも、仕事をしていく上での楽しみです。」

世の中には様々な課題に取り組む非営利団体がある。そうした課題の数だけ新しい知識や技術に出会えるわけだ。

③自分が無理な部分は他の人にお願いする

IT技術に疎い相手からは、エンジニア=コンピュータに関する事(ネットワーク、サーバ、プログラミング…)なら何でも分かる人、と見られてしまうのも避けられない。

「どこまでなら自分が自信を持って対応できるか、客観的な評価が大切です。自分のスキルとは違う部分は、他の人にお願いするのも必要でしょう。しかし正直なところ、あまり外部にネットワークがなく、そこは課題かもしれません。本当に信頼できる人と繋がるには、相手がどのような経験、技術を持っているのかを把握する必要があるため、ネットワークづくりは難しいなと感じます。」

そもそも現在の日本ではSTO的な人材がまだ少ないため、そのネットワーキングも課題の1つになるだろう。

④非営利団体は最終受益者が大事

民間企業と違い非営利団体は金銭的な利益が目的ではない。活動を届けたい相手にしても、誰でも良いわけではない。

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「貧困家庭の子供を救いたいのに、サービスを利用するのが富裕層の子供ではダメなんです。だから届けたい人たちが、今どんな状況で、どのようになりたいのかを考えます。つまり、最終受益者をどれだけ意識しているかです。そのためにはミッションの理解が大切です。そこが「作業をするだけ」の業者さんとの大きな違いです。」

「作業するだけ」にしないため、角永さんはスタッフの人と「とにかく話す」事を重視している。現場や事務所を見学する事もあるという。

⑤時には外からの視線を大事にする

団体のスタッフであっても、目先の作業に忙殺されたり、課題を前にただ困ったりして、ミッションや最終受益者を意識できない時がある。そんな時、少し俯瞰した立場で整理や提案をするのもSTOの役目になる。

「団体よりも「ソーシャルファースト」。団体が本当に実現したい事は何かに「青臭く」関わる事を大切にしています。団体以上に「その団体が解決したい社会課題は何か」を基に接する。一歩外から見てみる。そこで初めてできる事があると思います。」

⑥高いモラルと客観的な判断力を

技術力や他者への対応力に加えて必要なのが、モラルや客観性だ。

「どの世界でもそうだと思いますが、専門職には高いモラルが必要です。しかも上長のチェック等が働く企業と違い、STOは1人で判断する事が多くなります。団体の方々はITに詳しくないので、結果に対するチェック機能も働きません。任せてもらえる環境に甘えず、丁寧に説明する事。
また個々のSTOが持つ技術力には、強みや弱み、限界点が必ずあります。繰り返しになりますが、どこまでなら自信を持って担当できるか、客観的な判断力が必要です。」

⑦応援したいという気持ちで接する

最後に指摘されたポイントは、全ての原点とも言うべき「応援したい気持ち」だ。

「NPOは往々にして思いが優先されます。お金にならなくて、成り立つかどうかも分からない、だけど社会のためにやっている。私にはそうした思いを応援したい気持ちがあります。それがなくしてSTOとは言えないでしょう。」

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危惧は人材不足、ファーストペンギンになれる人を

現実を見れば多くの業界で人材不足、特に技術人材の不足が指摘される。ソーシャルセクターでもそれは同じだ。

「ソーシャルセクター自体は、これからも確実に広がるでしょう。そこで団体側に立って物事を考えるSTOというポジションも、絶対に必要な存在になります。しかし今は成長の過渡期にも関わらず、圧倒的にIT系の人材が不足しています。」

人材不足を解消するには、一定以上の待遇をオファーし、民間から人材を集める必要がある。そのためには事業の質を高め、収益力を上げなくてはならない。しかし質を高めるためには、そもそも優秀な人材が必要だ。

「これは言わば、「鶏が先か卵が先か」という解決しがたいジレンマです。しかし、そんな状況の中でもがんばれる、ファーストペンギンになれる人に増えて欲しい。たとえば企業で10年くらい活躍した人がソーシャルセクターに来ると、素晴らしい動きをしてくれます。そういった方が入ってきてくれるのは、とてもありがたいのです。」

エンジニアがSTOになるには?

最後に、かつての角永さんのように民間企業で働くエンジニアが自分のスキルを活かし、STOとして活躍するにはどうしたら良いかを伺った。

「私の場合、気が付けばそういうポジションに就いていましたが、これから目指すのであれば、まずは現場に行って実情を聞いてみる事でしょう。とは言え、いきなり訪問しても団体側も困ります。摩擦や依存が生まれる可能性もあります。最初のステップとしては、Code for JapanのSTO事務局が開催しているスクーリングやマッチングイベントに参加し、そこから中間支援的に関わって行くのも良いでしょう。」

角永さん自身、会社員時代はソーシャルセクターの知識はなく、サービスグラントを通じて新しい経験を重ねて行った。今、同じように企業で働く人がSTO的な働き方を目指すなら、まずは社会課題の存在を知る事。そして、解決に挑む団体や、そこで働く人の姿を知る事だろう。

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取材:三本(STO創出プロジェクト)
編集:松原(Code for Japan事務局)

Code for Japanでは、非営利団体が抱える課題をテーマにしたワークショップや勉強会、転職に向けてのマッチングイベント等、エンジニアと非営利団体を繋ぐ機会を定期的に作っています。ソーシャルセクターの実際を知りたい方は、ぜひこうした場にもご参加ください。

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