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ウシもヒトも地球も幸せにする、循環型酪農のための研究【チャレンジフィールド北海道 研究者プレス#4】

チャレンジフィールド北海道イチオシの先生を紹介する【研究者プレス】。研究はもちろんのこと、研究者ご自身の魅力もわかりやすく伝え、さまざまな人や組織との橋渡しをしていきたいと思います。第4弾は酪農学園大学の石川 志保(いしかわ しほ)先生です。

▲ダウンロード版はページ最下部にあります

ウシたちが、広い牧草地で草を食み、のんびりとくつろぐ——。北海道ではたびたび目にする長閑な風景も、酪農家にとっては日常のひとこまであり、やはり悩みごとは付きものです。現場の課題解決に、科学の知見とテクノロジーで挑んでいるのが、酪農学園大学の石川志保先生。ウシにとって居心地がよく、ヒトにとって働きやすく、地球に負担をかけない牛舎づくり、ひいては循環型酪農を目指し、研究を進めています。

酪農家が活用しやすい「スマート農業」を目指す

―石川先生の研究について教えてください。

専門は「農業施設学」で、主に牛舎を取り巻く課題を研究しています。いまの研究テーマは、「家畜にヒトに地球に優しい畜産経営システムを構築する」。ウシにもヒトにも地球にも優しい牛舎と酪農のため、「小さなスマート農業」と「バイオガス発電」の研究に取り組んでいます。

―「小さなスマート農業」とは何ですか。

スマート農業(註1)は、農業の抱えるいろいろな課題の解決策として期待されています。ところが、全ての酪農家さんに普及しているとは言い切れません。現状では、製品やサービスのコストが高い、高齢化が進む酪農業においてICT機器の利用がハードルになるなど、生産者のみなさんが、なかなか導入に踏み切れない状況にあります。
それならば、もっと手頃に取り入れられて、効果を実感しやすく、使い続けられる製品やサービスを開発しようと考えました。また、農業の課題は、担い手の高齢化や後継者不足、環境問題、エネルギー問題などと密接に関係しています。策を講じるためには、実態を把握し、それぞれの要因がどのように影響しあっているのかを知らなくてはいけません。

そこで、「農場スマート統合システム」の研究開発に着手しました。これは、農業施設に関わる家畜、ヒト、環境、エネルギーの情報を見える化する仕組みです。ポイントは、農業者の視点から必要なデータを体系化すること。農業者一人ひとりが活用しやすいという意味で、「小さなスマート農業」と呼んでいます。

註1 農林水産省によると、スマート農業とは、ロボット技術や情報通信技術(ICT)を活用して、省力化・精密化や高品質生産を実現する新たな農業のこと。農作業における省力化や軽労化®、新規就農者の確保や栽培技術力の継承などが期待されている。

▲石川先生たちが開発中の「農場スマート統合システム」の概念図

―石川先生の考える「ウシ・ヒト・地球に優しい酪農」とは。

まず、「ウシに優しい」は「ウシが快適に過ごせる」という意味です。近年、周知されてきたアニマルウェルフェア(註2)の考えに基づき、ウシにストレスをかけない牛舎や飼い方を模索しています。

次に、「ヒトに優しい」は「ヒトが安全で快適に働ける」です。酪農は作業量が多く、体に負担もかかります。とくに、作業に不慣れだと一層きつい仕事です。怪我なく安全に、効率的に、少ない人数でも管理できる牛舎をつくるために、ベテランの人たちの搾乳などの飼養管理を見える化した総合データベースを作りたいと考えています。
たとえば、搾乳の場合、ウシにミルカー(搾乳機)を装着するタイミングによって乳量が変わります。しかも、作業時間が長くなると電気の使用量も増えます。画像計測を基に正確に把握した作業者の作業手順書のようなものがあれば、作業が最適化できて、誰でもいつでも乳量を最大に、エネルギーは最小にできると思うのです。

最後の「地球に優しい」は、「環境に負荷をかけない」ですね。牛舎をはじめ農業施設には、意外と多くの機械があります。これまでは化石燃料が安価だったこともあり、機械化や自動化が進んできました。それは良いことだと私は思っていますが、ただ、問題もある。ウシが自由に歩き回れるフリーストール牛舎で、一頭もいないときに換気扇が回りっぱなし、とか。人手不足のせいで、「ウシがいないときは換気扇を止める」という小さなタスクにさえ手が回らず、エネルギーをムダにしてしまうこともあるのです。このムダが重なると、電気の使用量や契約電力にも影響するわけですから、IoT(モノのインターネット)を活用して、省エネ化を図れるようにしたいと考えています。

註2 アニマルウェルフェア(Animal Welfare)は、国際獣疫事務局(WOAH)の定義によると、「動物が生きて死ぬ状態に関連した、動物の身体的及び心的状態」。人間と関わる動物がよりよく生きられるように配慮するという考えであり、畜産業においては、「家畜の快適性に配慮した飼養管理」とされる。

▲牛舎では、酪農学園大学附属とわの森三愛高校の生徒たちが飼養管理を学んでいる

ウシの行動から、メタンと快適性を測る!?

―「小さなスマート農業」の実現に向けて、現在の取り組みは?

本学の牛舎内に、独自に開発したセンサを取り付け、温度や湿度、CO₂濃度、電力消費量を計測しています。そのデータをまとめて管理する情報管理システムを構築しました。データはさらに、北海道大学に設置したサーバに転送して蓄積しています。将来的には、これらのデータから牛舎内の異常を感知し、アラートを酪農家さんに通知する仕組みを実装したいと考えています。
また、ウシ1頭ごとに仕切られたストールに4台のカメラを設置して、計16頭のウシを撮影しています。これは、画像を解析して、ウシの行動を判別するためです。いま、エネルギーシステム、画像計測そして家畜行動学の専門家と一緒に研究を続けています。

―ウシの行動を判別すると何がわかるのですか。

これまでの研究では、ウシが横になって寝ている時間と乳量に一定の相関がある可能性が明らかになりました。
いま注目している行動は「反芻」です。食べたものを胃から口に戻して咀嚼する過程でメタンが発生し、いわゆる「げっぷ」として吐き出されます。メタンは、地球温暖化の原因といわれる温室効果ガスのひとつですから、畜産業でも地球温暖化の緩和に貢献できるように、ウシが放出するメタンを減らしたいと考えています。
そのためには、メタンの排出量を知る必要があります。いくつかの測定法が確立されていて、とくに高精度なのは「レスピレーションチャンバー法」です。ただ、欠点もある。まず、チャンバーという小部屋にウシを入れるため、通常の飼養環境におけるメタン排出量を定量することはできませんし,ウシにとってもそれなりにストレスがかかります。そして、装置や運用のコストが高いです。
なので、私たちの研究では、携帯可能で通常の飼養環境において容易に使用できる「レーザーメタン検知器(LMD)法」を用いることにしました。これは、装置から照射される可視レーザをウシの鼻腔に当てて、メタン濃度を測り、その数値からメタン排出量を推計するという方法です。ウシの行動を観察しながら、メタン濃度を測り、そのデータを蓄積していけば、ウシの行動から高濃度メタン排出のタイミングがわかるようになると考えています。
もうひとつ、反芻からわかることは、快適性。じつは、ウシが反芻しているときというのは、リラックスしてまったりしている状態なのです。

ウシのウンコからエネルギーができる!

家畜のふん尿を、バイオガスプラントと呼ばれるメタン発酵槽に入れておくと、微生物に分解されて、バイオガスが発生します。それを燃料に発電するわけですが、その電気と熱を制御するエネルギーマネジメントシステム(EMS)を構築しました。天候に左右されず、コントロールできる再生可能エネルギーとして、地域で循環させていけるようにしたいと考えています。

地域の資源循環の取り組みを重視して、学校法人酪農学園は、2023年10月、イオン北海道と包括連携協定を締結しました。私たちは、イオン江別店で出る野菜くずを譲り受けて、バイオガスの発生量を増やす研究を進めています。
その大前提にあるのは、「循環型農法」。なので、野菜くず利用の最優先は家畜の飼料です。家畜が食べられないものをメタン発酵槽に入れて、エネルギー化する。それができなければ、堆肥化する。このステップを踏むため、家畜飼料学や作物栄養学、家畜飼養学の研究者と協業しています。

註3 バイオガス発電は、家畜のふん尿や食品廃棄物などのバイオマス資源を発酵することで発生するバイオガス(主成分はメタンと二酸化炭素)を燃焼させて発電する仕組み。

▲酪農学園大学のバイオガスプラント。2000年から導入し、現在は2代目

―「バイオガス発電」に取り組むきっかけは?

私が大学に入学した当初は、学内の乳牛ふん尿の臭気が本当にひどくて。これは、牛舎外に排出されたふん尿の堆積発酵のにおいだったようです。その後、本学にバイオガスプラントができました。バイオガス発電を知って、「ウシのウンコからエネルギーができるとは、なんてロマンがあるんだろう!」と、とても興味が湧きました。ウシは1頭で1日に30〜40Lの生乳を出します。それに対して、ふん尿量は65kg、つまり成人男性の体重分くらいを排出します。これがエネルギーになるというのですから、ロマンをかきたてられますよね。

現在は、エネルギー利用だけではなく、消化液から「戻し堆肥(註4)」をつくり、敷料(註5)として利用するための研究も進めています。さらに最近は、農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)との共同研究で、コーヒーかすから敷料をつくりました。安全性は確認できたので、ウシの快適性を調べるのですが、このとき、先ほど説明した「反芻」を評価の指標にしたいと考えています。

註4 メタン発酵では、バイオガスと消化液が生成される。消化液を固液分離し、液体は「液肥」、排出した固形分は堆肥化可能な範囲まで含水率が低減していることから、敷料や副資材として利用できる材料(堆肥)となり、これを「戻し堆肥」という。
註5 敷料は牛舎内のストールに敷くもので、いわばウシのベッド。乳房が触れるため、病原性のない安全なものを使用する。

研究は、結果の正誤ではなく、検証プロセスに意義がある

―石川先生が研究でいちばんわくわくするのは?

難しいですね……。仮説を立てて検証しているときは、わくわくしているかもしれません。私は、研究の結果に正誤はないと思っていて、誤りと思えた先に正解があることも。なので、試行錯誤しているときはつらいけど、いろいろと試しながら、少し前に進んでいると実感できたときが、楽しいような気がします。研究は、もうその積み重ねですよね、ずっと。

―これからの目標は?

環境のことを考えられる人材づくりをしなければいけないと考えています。本学は農業者を目指す学生が多く、夢中になればなるほど、農業や牧場の生産性にだけに目が向きがち。でも、農業と環境・エネルギー問題は切り離せないものです。農業に携わる者がこの重要性に対する意識を高め、彼らが社会の一員として積極的に持続可能な未来に貢献できるよう、微力ながらお手伝いしたいと思っています。

▲インタビュー時の様子

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石川先生が農学の道を志すきっかけは、環境問題だったといいます。子どものころ、ドイツ語研究者の親族から、「ドイツでは環境教育が進み、小学生もゴミの分別が習慣化している」と聞いたとき、環境に強く関心をもったといい、それが、研究の原点です。
とはいえ、すぐに現在の研究テーマにたどりついたわけではありません。環境システム学を学べる酪農学園大学に進学して、さまざまな環境問題に触れ、自分がすべきことを探るなか、学内であの強烈なにおいに出会いました。家畜のふん尿臭気の問題から、その解決策ともなるメタン発酵を知り、やがてエネルギー問題、家畜の飼養や施設の抱える課題へと、研究は広がっていったのです。
その研究スタイルは、酪農学園大学が開学以来ずっと探求してきたという「循環型農法」に通じるものがあるような気がしました。研究対象である資源やエネルギーと同じように、石川先生の関心や思考も循環していると感じたのです。さまざまな課題を多角的に見つめ、一つずつ解決へと導きながら、その結果を次の課題のために生かす——。その循環のなかで、「家畜にヒトに地球に優しい」研究は続きます。

[石川先生プロフィール]
石川 志保(いしかわ しほ
酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類 准教授
出身地は北海道札幌市。2002年に酪農学園大学環境システム学部地域環境学科を卒業、2004年に同大学院酪農学研究科酪農学専攻修士課程を修了。民間企業での勤務を経て、2015年、北海道大学にて博士(農学)を取得。翌年、北海道大学大学院に着任、2023年より准教授。2022年より現職。
■連絡先:shiho@rakuno.ac.jp

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