もったいない!を減らしておいしい!を長持ちさせる研究 【チャレンジフィールド北海道研究者プレス】
北見工業大学では、いま、日本の食卓を変えるかもしれない研究が行われています。それが、助教FENG CHAOHUI(フォン チャオフイ)先生が手がける「廃棄されているミカン果皮の再利用と食品の非破壊検査技術の開発・応用」。ミカンの皮を使い、ソーセージの品質と保存性を向上させる研究と、ソーセージの品質を可視化する検査技術の研究です。いったいなぜ、ミカンの皮でソーセージは日持ちするのか。なぜ、ソーセージのおいしさが目で見てわかるのか——。研究アイデアの着想からこれからの展望まで、フォン先生にお聞きしました。
加工中に破裂しやすいソーセージの皮を強くする
―フォン先生の研究テーマについて教えてください。
私の専門は食品工学で、研究テーマは「食肉加工品」と「食品の非破壊検査技術」です。食肉加工品の研究では改質ケーシングの開発、非破壊検査技術の研究では食品の品質を評価する技術の開発を行なっています。
―改質ケーシングとは何ですか。
ソーセージの皮をケーシングといい、原材料のひとつが豚の腸です。天然のものなので品質にばらつきがあり、加工中に破裂することも。解決策を探ったところ、豚腸に大豆レシチン・大豆油・乳酸・塩を加えると、破裂を低減できることがわかりました。この処理を施したケーシングが、改質ケーシングです。
―ソーセージを研究するきっかけは?
直接のきっかけは、もともと取り組んでいた「真空冷却」の研究です。真空冷却の仕組みは、加熱調理した食品を真空状態に置き、水分を蒸発させて、その気化熱で冷却するというもの。細菌の発生や増殖を防ぎ、食品を衛生的に保存できます。この実験中、ソーセージがよく破裂しました。熱や圧力により 、ひき肉の脂や水分が膨張してケーシングを破ってしまうのです。それは、製造段階での食品ロスであり、ソーセージの生産効率は下がります。その問題を解決するため、改質ケーシングの研究に乗り出しました。その結果、破裂しにくい天然豚腸ケーシングの開発に成功。いまは、実用化やほかの分野への応用を視野に入れて、研究を続けています。
ソーセージへの関心は、留学していたアイルランドの食文化も無関係ではありません。朝食にソーセージを食べる習慣があり、多くの人に親しまれていましたから。もうひとつの研究動機が、原体験です。私の生まれ育った成都(中国四川省)には、春節にソーセージを作って食べる習わしがあります。私も幼いころから母と一緒に作っていました。とてもおいしいのですが、問題は日持ちしないこと。しかも、春節を過ぎると気温が上がるため、肉の脂分が酸化して味は落ちてしまいます。酸っぱくて食べられないから、せっかく作ったソーセージを捨てるはめに……。常々「もったいない、なんとか賞味期限を延ばせないものか」と考えていたのです。
捨てられるミカンの皮で賞味期限を延ばす
―子どものころに感じた「もったいない」が、改質ケーシングで解決したのですね!
残念ながら、改質ケーシングだけでは賞味期限を延ばせません。むしろ、脂質の酸化や微生物の侵入を許してしまう可能性があります。なぜなら、改質ケーシングは細かな穴のたくさん開いた多孔質構造だから。その穴から肉の脂や水分を外へ逃すことでソーセージの破裂を防げるわけです。しかし、穴からは空気や微生物が入り込み、ソーセージの品質を劣化させるリスクもあります。それを回避するためには、抗酸化物質や抗菌物質を添加しなければいけません。私が選んだのは、ミカンやオレンジの皮に多く含まれるネオヘスペリジンやナリンジンというフラボノイド。抗酸化・抗菌・抗ウイルス・抗炎症などの働きをもつ優れた天然成分です。
―なぜ、ミカンの皮に着目したのでしょうか。
客員研究員としてセビリア大学(スペイン)にいたとき、街路樹のオレンジが環境問題となっていることを知りました。たくさん実がなるものの苦すぎて食べられないので、ほとんど廃棄しているのです。そのうえ、ハトやカラスが食べ散らかし、景観を損ねます。廃棄オレンジの有効活用が模索されているなか、私はソーセージの抗酸化剤、抗菌剤に使えると考え、研究を始めました。いまは、日本のミカンの皮でも実験しています。この研究は、改質ケーシングの研究と同じく、食品ロスの削減に貢献できるはずです。
おいしさが目に見えるようになった!
―食品の非破壊検査技術について教えてください。
食品の非破壊検査技術とは、光や音などを用いて、対象物を壊さずに分析する技術です(※1)。食品に触れたり切ったりすることなく、目視検査ではわからない栄養成分や原材料、異物などが判別できます。
私が研究しているのは、「近赤外ハイパースペクトルイメージング」と「テラヘルツ分光法」。どちらも「分光法」の一種で、波長の異なる光と物質の相互作用をうまく利用することで有益な情報を得るものです。
近赤外ハイパースペクトルイメージングは、400〜1000ナノメートル(※2)の波長の光を感知するカメラを使い、試料からスペクトルと空間情報を同時に取得でき、さまざまな特性の可視化に有効な実験手法です。例えば、果物の水分量や糖度が画像として表示されるので、みずみずしいとか甘いとかが見ただけでわかるのです。ミカン果皮由来フラボノイドを添加した改質ケーシングを使用したソーセージのpH値もすぐに測れます。
テラヘルツ分光法は、もう少し長い3ミリメートル〜30マイクロメートル(※3)の波長を使います。水分の多い食品は測定できませんが、これまでに粉ミルクの混入物やオリーブオイルの生産地、遺伝子組み換え油などの識別に成功しました。
※1 食品の非破壊検査技術には、光学的方法・放射線的方法・力学的方法・電磁気学的方法などがあり、フォン先生の研究は光学的方法に分類される。
※2 ナノメートル(nm)=10億分の1メートル、インフルエンザウイルスが80〜120nm
※3 マイクロメートル(μm)=100万分の1メートル、乳酸菌が約2μm
―食品の非破壊検査技術を研究するきっかけは?
改質ケーシングの品質やソーセージの保存性を簡便に測れる技術がなかったからです。そこで、日本学術振興会(JSPS)特別研究員や理化学研究所の基礎科学特別研究員に応募して、物理学と宇宙物理学を専門とする研究者の協力を得て、開発にこぎつけました。
―食品工学と物理学の融合で生まれた研究なのですね。
物理学の先生が「食品は面白いね!」と、私の研究に興味をもち、快く共同研究をしてくださったおかげです。お互いの専門分野が異なり、研究手法も考え方も違うと、理解しあうのは難しい。でも、新しい発見があります。そこが、共同研究の魅力です。自分の専門だけを探求していくと、思考が凝り固まってしまいますから。学会などに積極的に出席して、私の研究を知ってもらい、いろいろな分野の研究者と一緒に研究できるように努めています。
タマネギと焼肉のまち「北見」らしい研究とは
―北見工業大学でも新しい研究が生まれそうですか。
はい、情報通信系の先生と一緒にコーヒー研究を始める予定です。コーヒーは豆や焙煎方法が違うと、栄養も味も違います。そのデータを収集して、コンピュータやAIを使い、情報学の手法で分析しようと考えています。
そのほか、北見の特産物であるタマネギの保存期間を延ばす研究とか、廃棄されるカボチャの皮を有効活用する研究とかにも着手して、北見をはじめ北海道の農業に貢献したいです。また、豚腸に加えて羊腸ケーシングの研究も始めました。羊腸は豚腸よりも破れやすいので、挑戦しがいがあります。
―フォン先生が研究で一番わくわくするのは?
もちろん、実験がうまくいったときです。例えば、テラヘルツ分光法の研究では、1年ほどずっと失敗続き。先行研究も参考文献もなく、ひたすら試行錯誤を続ける日々でした。これはつらい。研究室の先生や先輩、仲間たちに励まされながら、諦めずに続けたから成功したのです。支えてくれたみんなには感謝しています。
研究生活はまるで波乗り。絶好調のときも不調のときもありますが、実験がうまくいったときの喜びを知っているから、失敗も乗り越えられます。これからも、自分も周りもわくわくできる研究がしたいですね。
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「食べることが好きで、おいしいものに目がない」から、食品工学の道へと進んだというフォン先生。研究アイデアは、出身地の成都(中国)、留学先のダブリン(アイルランド)、研究員として着任したセビリア(スペイン)に伝わる食文化と特産品から着想を得たといいます。それは、飽くなき探究心と研ぎ澄まされた情報感度に支えられたひらめきです。また、フォン先生の話ぶりからは、自分の研究への思い入れと変わらないほど、専門外の研究に関心と敬意をもっていることが感じられます。それゆえ、ほかの研究者たちもフォン先生の研究に興味をもち、共同研究が実現するのでしょう。
フォン先生は、滞在する街でのひらめきと新しい出会いから、研究を発展させてきました。北見でもまた新しい挑戦が始まっているといい、これからもフォン先生の研究から目が離せません。とりわけ、世界中で問題となっている食品ロス削減への貢献が期待されます。ミカン果皮のように本来は廃棄されるものを有効利用しながら、食品の賞味期限を延ばすことで、より環境負荷の少ない社会に近づくことができるのですから。食品工学の研究が、社会に果たす役割の大きさを改めて感じます。
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