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ある死神(2)

 あいかわらず死神十四号は中野アーセンツが保有する練習場のピッチを歩き続けた。この練習場の隣には実際に試合をおこなうことができるスタジアムも併設されている。今まさに、スタンドには多くのファン・サポーターが集まって、愛する中野アーセンツのホームゲーム最終戦を楽しんでいる真っ最中だろう。
 中野アーセンツは東京都中野区をホームタウンとするれっきとしたプロサッカークラブである。とは言え一部と二部を行ったり来たりしている。いわゆる万年中位のジェットコースタークラブでもあった。
 以前小耳にはさんだのだが、アーセンツという名前の由来は「坂を登る」からきているらしかった。名前のとおり中野には数多くの坂がある。中野坂上なんて地名もあるくらいだ。このサッカークラブにおあつらえ向きな名前じゃないか。うまくまとめられたことに死神十四号は自画自賛した。
 スタジアムの盛り上がりに呼応するかのように、練習場では中野アーセンツのアカデミーの子どもたち、ユースチームやジュニアチームの選手たちが走り回っている。だが死神十四号にはボールに群がる未来のJリーガーの姿はまるで甘いものに集まるアリのようにしか見えなかった。
 足と頭だけでボールを扱うサッカーという競技の面白さが、四季と同様にまったくと言っていいほど死神十四号には理解できなかった。
 最近になってようやく難解なルールやレギュレーションを覚えたものの、それでもなぜ人間がこんなにもサッカーにのめり込むのかがまったく分からなかった。
 そんなサッカーにどっぷりと浸かっている大勢のサポーターの野太い声援とは対象的に、死神十四号が歩を進めるグラウンドでは子どもの叫び声だけが鳴り響いていた。
 この場所に着いてからというもの、身体に感じる程度の若干の北風がずっと吹いている。そもそも死神には風を感じるなんていう概念がない。だがあのとき、ひとりの人間に教えてもらったおかげで、風なんていう目には見えない飛来物の肌触りを心地よく感じることができるようになった。
 ボスからある職務を与えられてこの世界に降りてきたのはちょうど一年前だ。もちろん天国や地獄にも風が存在しているのは少なからず知っていた。しかしながら特段意識することもなく過ごしてきたのは間違いない。
 なぜかその日から、人間の命のはかなさと一陣の風を重ねて見てしまうようになった自分がいる。寒さを感じることもない死神十四号は人間の真似でもするかのようにコートの襟を立てた。

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