ある死神(1)
本格的な冬の訪れを告げる乾いた空気と天然芝の醸し出す何とも言えない独特の土臭さがこの場所で混じり合っている。元来無味無臭をこよなく愛する死神十四号ではあったが青々としたグラウンドに降り立った瞬間の鼻孔をくすぐるこの匂いをそれほど嫌いではないとも感じていた。
この一年間、毎日のように足しげく通い続けたからこそこんな気持ちになってしまっているのかもしれない。足しげくは言い過ぎた。実際には飛んできたという表現のほうが正しい。
「まるで人間みたいですねえ」
つい口走ってしまったと死神十四号は恥ずかしい気持ちになった。もしかして顔が赤くなっているのではと思ったが近くには人はいないし、そもそも誰からも自分は見えないはずだ。
白い手袋をはめた右手でそっと紳士帽を少しだけ上げる。人間界の今風な髪型にセットされている頭をステッキを持ったままの左手の人差し指でボリボリと掻いた。
時が経つにつれこの世界の色とか匂いとか臭さも変化している。死神である自分の身体でさえそれを隅々で味わうことができるようになっている。人間の世界ではその変化を四季と呼ぶらしい。
だが死神の自分にはまったくもってその良さが理解できなかった。季節など変わらなくてもテクノロジーのお陰で充分生き続けられるはずなのに。なんて面倒な制度がこの人間界にはあるのだろう。冷気を感じない死神十四号は冬の人間の行為を真似をするかのように手揉みをした。
しかしながら人間が自己の感情にも似た四季というものに対して一喜一憂しながら涙を流す場面などを見たりすると、胸の中のどこだかが何だか癒やされていく気がするのも紛れもない事実だった。一体いつこんな気持ちが芽生えたのだろうか。
あの日、この地に降り立ったときから今に至る感情の起伏を思い出しながら、死神十四号は実に儚い人間の一面を慮った。ひとつひとつの出来事に耽りながら手入れの行き届いている芝生の上を一歩一歩ゆっくりと足を進めていった。
この世界の住人の誰しもがサッカーグラウンドと呼んではばからないこの場所。なぜそのように呼ばれるのかなんて一介の死神には知るよしもない。ましてやそれを知ってこの先どうなるのだろうか。
「さてさて。この先どうなるのですかねえ」
なかば自虐的に呆れたような表情を死神十四号は浮かべた。そして、芝が傷つかぬようステッキを使わずただひたすらに自分の足だけで黙々と歩き続けた。
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