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[徒然]美女の頭を乗せつつ、オッサンの頭は弾き飛ばします。
電車という場では、日夜ドラマが繰り広げられている。見ず知らずの人間が集まり、直方体の鉄の箱に閉じ込められるのだ。何も起きない訳がない。
僕はその日、バイトの帰りに京王線に乗った。20時くらいだった。下り列車には現代文明に疲れ果てた大人たちが死にそうな顔で乗り込んでくる時間帯だ。
席がたまたま空いていたので、疲れていた僕は迷わずに腰を下ろした。左隣は空いていて、右隣には中肉中背のtheサラリーマンがウトウトしていた。オッサンである。お疲れ様です。
サラリーマンというのは、大変な職業だろう。上司に諂い、利害関係を調整し、部下を指導し、適度にサボり、適度なサラリーを稼ぎ出す。正直、学生の身からすると、社会人は尊敬に値する。毎日朝早く起きて、毎朝出社する。僕はインターンで週3フルタイムで働いているのだが、これを週5やると考えるとふらふらしてくる。
だから、そのオッサンには、ささやかな敬意を払った。
一駅が過ぎ、電車の扉が無慈悲に開く。冷たい空気が車内に流れ込んできて、僕たちの足は震え上がった。だが良い知らせもあった。冷たい空気と共に、美しい女性が乗り込んできた。そしてなんという幸運だろうか。僕の空いていた左隣の席に着席した。大事なことだからもう一度言う。
美女が、僕の、隣に、座った。
もしかしてだけど〜、もしかしてだけど〜、と考えずにはいられない状況だったが、全体重をかけてその甘い妄想を押し込めた。期待しているときに限って、人生とは思い通りにいかないものだ。
それから、電車はゆらゆらと夜の線路を走らせていた。心地よい静けさとガタンゴトンのリズム。リリシズム。急な眠気に襲われたとて、それはごく自然なことである。
そして、美女は眠った。
僕は計算した。電車の進行方向から考えて、次のブレーキで慣性の法則が働けば、彼女の頭はこちらに傾く。成人女性の頭の重さは4~6kgだ。眠気によって首の筋力が正常に働かなくなれば、確実に彼女の頭は僕の肩にもたれかかる。もたれかかれ!!
そして、計算は的中した。
電車がブレーキをかけて低速になった瞬間、美女の頭は僕の肩にもたれかかった。これは最高の展開だ!別に、この先に何があるわけでもない。ただ、この状態に満足していたのだ。
しかし、事態は急転した。
次の瞬間、電車が急に速度を上げた。そう、賢い皆さんならもう分かるはずだ。慣性の法則が裏目に出たのだ。
僕は愚かだった。右隣でウトウトしているあのおっさんを、僕は見落としていた!
おっさんの適度に禿げた頭が僕の右肩にもたれかかったのだ。油を纏い、優しいおっさんの匂いを漂わせた推定重量6kgの頭がすぐそこまで迫っていた。
あぁぁあああ……!!美女に気を取られ、先程敬意を払ったはずのオッサンの存在を忘れていた。世界を恨んだ。
状況を整理すると、至ってカオスである。ひとりの青年の両肩に美女とオッサンがもたれかかっている。片方は天国で、もう片方は……ンンッ!そうだ。僕はいま、天国と地獄を同時に体験している稀有な存在である。温泉と氷水に同時に浸かるような、そんな気分である。
だが、このままでは僕の体がもたない。この状況を放置すれば、両肩が凝ってしまい、おばあちゃんの地元のお祭りで見た神輿を担ぎ過ぎて肩が膨張した兄ぃちゃんみたいになってしまう。それに、この2人がどの駅で降りるかも分からない。ちなみに僕の最寄りまではまだ20分ほどかかるはずだ。
つまり、このまま何もアクションを起こさず、2人の枕にされていてはマズいのだ。
僕は苦渋の決断を下した。ある人はこの決断を非情だと咎めるかもしれない。だが受け入れよう。誰になんと言われようが、私は私の心のコンパスに従う!
そして僕は美女を起こさないように、左の肩を極力動かさないようにして、右肩を激しく上下に揺さぶった。
あぁ、ごめんなさい。神様ごめんなさい。私は愚かな男です。敬意に値するオッサンではなく、何処の馬の骨ともしらない美女を優先させてしまいました。あぁ、僕の来世はタワシか何かでしょうか。
そんな懺悔を東京の夜空に贈りながら、僕は疲れているであろうオッサンを起こすべく、右肩をガタガタと振動させた。
人間の体が、これほどまでに、左右別々の動きをすることに驚いた。左肩で美女に安らかな眠りを提供し、右肩は目覚ましの鬼となった。
奮闘の末、オッサンは無事に目覚め、なんと次の駅で降りて行ったのだ!
こう考えた。僕はオッサンが寝過ごさないために起こしてあげたのだ。別に自分のために頭を弾き飛ばしたわけではない。優しい目覚めを提供したのだ。
こうして、見事美女と2人きりになった。
と思うと、すぐにその後の駅で美女はあっさり下車してしまった。僕は目の前の夜の車窓を眺めた。
そこからは夜景など見えず、愚かな青年の疲れ切った顔が反射していただけだった。
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