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プロフのきほん その4

プロフは米料理であるので、もちろん米が主役である。中央アジアのバザールで米売り場を覗くといろいろな種類の米を見ることができる。白米や赤米、短粒米や長粒米など様々である。中国南部の長江の下流域で始まった稲作はさまざまなルートを経て中央アジアへ伝えられた。中央アジアへはいつ、どのような経路で米が伝えられたか詳しいことはわかっていないが、中央アジアは東西交流の経路にあたり常に人や文化が行き交う地域であるので米の伝来は数次にわたってもたらされたのであろう。

これまでの週刊プロフ「プロフのきほん」でも何度か触れてきたが、プロフに使われる米のうち最も珍重されるのはキルギス領のウズゲンで産する赤米である。この赤米は短粒米であり熱帯ジャポニカ(ジャバニカ)種の米であると言われている。中央アジアのバザールではさまざまな種類の米が売られているが、このうちウズゲンの赤米はとても高価であり白米の2倍から3倍くらいの値段で売られている。
そもそも稲の野生種はもともと赤茶色をしている。それが稲の栽培化の過程で品種改良が行われて現在のような白米となった。日本でも赤米が古代米として売られているのを見ることができる。この赤米にはタンニンが含まれており、これが他の菌類や動物の食害を防いだり、乾燥や寒冷といった過酷な環境から種子の生存率を上げるために役立っている。このように赤米は寒暖の差が激しく、乾燥化のいちじるしい過酷な中央アジアのような環境でも生育できる比較的生命力の強い品種なのである。

この赤米の特産地であるウズゲンはキルギス南西部の都市オシュの近郊にある。キルギスの国土の多くは山岳地帯であるが、南西部はフェルガナ盆地の平地が広がっている。ウズゲンは山岳地帯と平地の境い目にあり、雪解け水が平地に流れ出す場所である。乾燥した中央アジアのなかで豊富な水を得られるウズゲンは稲作に適した場所であると言える。キルギスの首都ビシュケクからウズゲンへは夏でも雪が降る険しい山道を10時間以上かけて自動車で陸路を行くか、ビシュケクからオシュまで航空機で行くしか方法が無い。キルギスのなかでも南西部はキルギス人よりウズベク人の多い土地で、どちらかと言うとフェルガナ盆地に引かれた国境を越えてウズベキスタンとの繋がりが強い地域である。

ウズゲンの田んぼは日本の田園風景とは少し趣が異なる。日本の田んぼは稲が整然と植えられているのだが、ウズゲンでは雑然としている。日本では苗を植えていくのだが、ウズゲンでは種籾を直接蒔く方法が取られている。日本では冷害や干ばつなど環境の変化に影響を受けやすいが、ウズゲンの赤米は過酷な環境にも強い品種だからか天候にはそれほど影響を受けないと言う。現地の赤米はさらに食紅などを使って赤く染めているものもあるようだ。赤米は赤いほど高く売れるそうだ。洗米をすると赤米の色素も染めた色も落ちてしまうのだが、米粒に赤い筋が一本入っているのが白米との違いである。

ウズゲンでは赤米で炊いたプロフを食べることができる。白米で作ったプロフはニンジンで黄色く染まっているのだが、赤米のプロフはさらに濃い色合いである。米粒には確かに赤米の象徴である赤い筋が見える。ビシュケクからウズゲンまで来て食べるプロフの味はひときわ美味しく感じることができた。

週刊プロフ「プロフのきほん」では4回にわたってプロフの基本的な事柄を紹介してきた。中央アジアでも珍重されている赤米と黄色いニンジン、そして遊牧民の羊といったプロフの材料は中央アジアならではの地域性によるものである。特色ある食文化とは本来はその地域で容易に手に入る食材を用いて作られている。よって地域性のある食材を使うプロフはまさに中央アジアのソウルフードであり最高のご馳走料理であると言うことができるのではないだろうか。

(了)

先崎将弘 / 中央アジア食文化研究家・おいしい中央アジア協会


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