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ハタノさん

携帯電話を買い与えられて間もない頃、頻繁に間違い電話がかかってきていた。まだ折りたたみですらなかった、小さな液晶がギリギリカラーになったケータイ時代のことである。

電話の主は、いろんな人がいた。若い男性、中年っぽい女性。ビジネスでかけてきているであろう人もいたし、フィットネスクラブからもあった。様々な人からの電話を私はとったが、向こうの言うことはいつも同じであった。

え、ハタノさんの電話ではないですか?

はい。違います。市外局番を見ると、揃って岐阜県。当時の私は西日本にいたので、行ったこともない街の、全く知らない人たちから、セメントハタノさん
、ハタノさんと呼びかけられていた。

数ある間違い電話に対応していると、向こうの雰囲気からハタノさんがどんな人なのか想像できるようになってくる。多分会社員。40代くらいの男性で、フィットネスクラブに通っているからアクティブなタイプかもしれない。きっとゴルフとか好きで、日焼けとかも結構してる。みんな丁寧に話しかけてくれたから、もしかしたら40代だけど結構エラい立場の人なのかも。

でも間違った電話番号をみんなに教えちゃうような人だから(きっとフィットネスクラブの申し込み書にも私の電話番号を書いたのだ)、ちょっと抜けてるところもあるのだろう。高いのに全然似合っていないスーツとか着ちゃっているのかもしれない。年下の人にも普通に怒られていそう。

ちょっとハタノさん、携帯に電話したら知らない女性が出て焦りましたよ!え、そうなのごめんごめん。も〜いつもそうなんだから。まあまあ、だいたいは会社にいるから会社にかけてくれればいいわけだしさ。それはそうなんですけどねぇ。そうそう、この前名古屋の方に行ったときにさ……

こんな感じで番号が間違っていることへの訂正はなあなあに忘れられていたんじゃないだろうか。私が岐阜に関する知識を、「意外とすぐ名古屋に行く」ことしか持ち合わせていないことについては申し訳ないと思っている。


最初は面白がっていたハタノさんの間違い電話だが、当時は携帯電話への電話代は結構高かったため、だんだん間違っている人が可哀想になってきた。なので途中から、電話の主へきちんと正すようになる。

そのハタノさんという方、おそらく間違った番号をいろんな方へ伝えているみたいなので、御本人と話すことがあったらその旨教えてあげてください。

今思えば自分はよくできた中学生である。

根気よく訂正を続けた結果、次第に間違い電話は減っていった。高校に入って以降1度だけハタノさん宛の電話がかかってきたことがあったが、ちょっと懐かしくて感動したくらいだ。ハタノさんはお元気ですかとよほど聞きたかった。セメント節度を持ち合わせた高校生だったので、もちろん聞いていはいない。

ハタノさんは、まだ岐阜にいるだろうか。



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