『残された夜と 残す影』
『残された夜と 残す影』
わたしの頬を、夜の風が撫でて吹く。頬が、苗でも植えられたように、ふるえてしまう。
夜空は割れた陶器になって、耐えられなくなった破片から、小さく星になって降っていく。
ひとつひとつの硬い破片が、硬い音を立てて、どこかの屋根に落ちる音を聞いている。
濡れているのは、頬だけで、何か育つとすれば、そこだけで、だから夜風は何かを植えていくのだろうと思う。
地面までの距離がわからない。
誰かが忘れていったか、それとも残していったか、何かしらの記憶の断片が、靴ひもに黒く絡みついている。
靴ひもはわたしを捕まえようと、数を増やしてくけれど、その糸はほんの一歩歩むだけで、束のまま千切れるほど脆い。
わたしは、わたしの影をひとつ後ろに置きながら一歩進む。
ぷちぷちと音を立てて、地面から生えた黒い靴紐が、ちぎれる音がしてもうひとつ影を残す。
割れたままの夜空は、何も音を立てない。
濡れた頬から生い茂る何かに、名前はない。
名前のない何かが、夜風に吹かれて揺れながら伸びていく。
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