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毎日、日記を書くことは自己満でしかないのか?

最近、とある本を読んだ。
面白く読みごたえもあり読み進めていたが、
どうしても気になるフレーズがあった。

普段の日記を書く意味は「継続していることによる自己満足」以外なかったりする。

このフレーズである。
あえて、このフレーズの是非を問うてみようと思う。

■是非について

①情報収集
まず、“日記を書く派”と“毎日書かないほうがよい派”
の意見をそれぞれ検索してみた。

<賛成派の意見> (あくまで一例)
脳の活性化、文章力の向上、成長の促進、習慣形成、自律神経の安定、ストレス解消・・・

<反対派の意見>
 効果が不明

②分析
収集した情報を分析すると、
効果はあるかもしれないが、費やした時間に見合うかが疑問。ということかと思う。

<効果>
 それぞれの持ち点を1ptとして割り振るなら
 効果ありに賛成派:1pt、反対派:0.5ptの計1.5ptが入るイメージ

※これだけ見ると合理的に考えればやってみたほうが良いという結論になる

<費用対効果>
 1日10分として年間3,650分(2.5日分)の労力をかける意味があるのか?
 ※ここが反対派のメインとなる主張と思われる

③費用対効果の考え方を深堀り
⑴無駄かもしれない
 → からやらない
 → けどやる

⑵ もっと無駄なことが
 → ない
 → ある → けどそれは継続して日記は書かない
 → ある → のでその時間を、日記を書くことに充ててみる

④結論
<日記を毎日書かないほうが良い人>
・無駄かもしれないチャレンジを絶対にしないと決めている人
・10分以上の時間を日記以上に無駄なことに費やしている心当たりがない

<日記を毎日書いたほうが良い人>
・上記以外の人 (ほとんどの人がこちらと考える)

結論は
多くの人にとって「毎日、日記を書いてみるのが良い」。である。

■総括

日記の書く書かない問題の個人的な結論は上記の通り。
ここで言いたいのは結論の正しさではない。
3点ほど思ったことを述べる。

1点目
著者は恐らく執筆活動等で超多忙な為、例外的な日記を毎日書かなくても良い属性であると思われること。
それがすべての読者に当てはまるわけではないという事実。をキチンと自らの頭で考えられるようになると良いと思う。ということ

2点目
とある主張があったと時に往々にして下記の反応をしてしまう。

<自身と同じ主張>
盲目的に自分の意見(ここでは、日記を書かないことの正当性)の裏付けにする。
※内心、合理的に考えれば日記を書いたほうが良い。と分かっているにも関わらず

<自身と異なる主張>
拒否反応を示し嫌悪感を抱く
※特に合理性に欠けていると感じる主張の時

そうではなくて、「合理的に考えればその結論にはならないのでは?」と気にかかる主張があった場合には、自身の考えを整理する良いきっかけにすることが大切ということ。

再考をすると結果、自分の考えを論理的に見つめ直すことになり、ロジカルシンキングを身につけるためのうってつけの教材になると考える。

3点目
結局、「読書をしよう」「そこで出会った尖った意見は刺激になる」
というのが一番の伝えたいことである。

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