【Leo Sirota, 1885-1965🇺🇦 ウクライナの芸術家シリーズ8】

ピアニストのレオ・シロタ(1885-1965)を知っているだろうか? ちょっと検索してたらたまたま出てきたこの名前，どこかで聞いたことがあるんだけど...と気になって調べたら，実は日本のクラシック黎明期の重要人物。

シロタの生まれはロシア帝国(現ウクライナ)だが，娘は「パパはキーウ生まれよ」と，シロタの弟子は「ウクライナ南西部の出身って聞いてるで」と言ってるとのこと。ユダヤ系の一家の生まれで，父親は洋服屋。二人の兄は指揮者と音楽エージェントになっている。

シロタは5歳でピアノを始め，8歳でデビューコンサート。この年にキーフ音楽院に入学。10歳の時にはツアーに来ていたパデレフスキーの前で演奏し，「パリに来て吾輩の弟子になりなさい」と言われたそうだが，「うちの子は外国で暮らすには幼なすぎますので」と母親が断ったらしい。

キーフ音楽院の卒業後にはサンクトペテルブルグ音楽院に入学。音楽院長だったグラズノフにブゾーニへの推薦書を書いてもらう。ただ，1904年にウィーンに行って，ブゾーニの前でピアノを弾いた後にその推薦書は見せたら，ブゾーニは「そんなもん，いらへんで。さっきの演奏で十分や」とシロタの演奏を絶賛した。ウィーンデビューでは2台ピアノの曲(モーツァルトやリストのドン・ファン幻想曲)やブゾーニのピアノ協奏曲をブゾーニとの共演で飾ったという事からも，いかにシロタがブゾーニに気に入られていたかを窺える。

ちなみに，シロタによるとブゾーニの教え方は，技術的な問題には触れず、まずは経験を通じて音楽的に習熟することを促しつつ，音楽のスタイルや解釈について、非常に簡潔なアドバイスを与えるような方法だったらしい。また，才能ある学生が経済的に困窮していたら無償でレッスンをしていたとのこと。

1910年にはアントン・ルービンシュタイン国際コンクールに参加。このときの参加者にはシロタの1歳年下のエドウィン・フィッシャー，2歳年下のアルトゥール・ルビンシュタインらがいた。ルービンシュタインは，フィッシャーやシロタらの演奏について「アイツラ悪魔や。あんなに弾けるなんて意味わからん。もう帰って寝よ(超訳)」と語った。その後，シロタとルービンシュタインは友人として生涯を通して交流している。

シロタは1928年にハルビン(満州政府)でリサイタルを広く。そこに山田耕作がいた。山田はコンサート後直ちにシロタのホテルを訪れ，日本でも是非にコンサートをと請い，「ほな行こか」とその年のうちに東京でリサイタル実現。その経緯については他の説もあるようだが，なんにしろ，シロタのフットワーク軽すぎやろって感じ。まだ，釜山まで汽車で，そこからフェリーで下関に渡って，さらにそこから東京駅まで汽車と，移動も大変な時代だ。でも，この頃には本州を縦断する線路が整備されてたったのもすごいね。日本の近代化の歴史を考えると，この頃の日本ってかなりお金があったんじゃないかと思う。ぁ，話がそれてるね。

シロタの来日は，当時の日本としては大変な出来事なわけで，というか，近衛秀麿はこの時のことを「来てくれるて聞いけど，嘘やろ思うたがな。そりゃもうビックリしたで(意訳)」と回想している。ちなみに，近衛秀麿はこの少し前にベルリンでクライバーに指揮を習ったりしていた。シロタの評判のことも聞いていたのだろう。

シロタは合計16箇所でコンサートを開き，熱狂的な盛り上がりを見せたらしい。また，シロタはこの時，ヤマハのピアノを気に入ってコンサートで使っている。ちなみにヤマハがグランドピアノの販売を開始したのは1902年だ。

シロタは日本ツアーの後ウィーンに戻り，「日本ヨカッタでぇ，フジヤマも綺麗やったでぇ。それで，東京音楽学校の先生になってくれへんかと言われたねんけど…」と家族に報告し，翌年家族みんなでシベリア鉄道に乗って来日。弟子には園田高弘，松谷穣，尾高尚忠，藤田晴子(見出し写真左)らがいる。 ちなみに園田高弘の父親は日本のその後の音感教育に絶大な影響を残す超重要人物。

その後，日本のシロタの家には，シェリアピンとか，ハイフェッツとか，チェルカスキーとか，シゲティとか，フォイアマンとか，とにかくたくさんの音楽家が訪れたとか，その後の戦前から戦後までの苦難と渡米まで経緯などなど，wikipediaの英語版のページに面白いエピソードが満載だ。残念ながら日本語ページは完全に負けている。

動画のサムネールに写っている人物はシロタ一家と，多分山田耕筰だと思う。 演奏はリストのドンファン幻想曲。 ブゾーニは，ウィーンでのグループレッスンでシロタのこの曲の演奏を聞いたあとピアノの蓋を閉じ，「この素晴らしい演奏のあとでは，もう他の演奏は聞きたくない」と言ったらしい。

wikipedia: https://en.wikipedia.org/wiki/Leo_Sirota