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遊火

本格的な夏になりました。江戸時代の福岡には、遊火あそびひ、いわゆる鬼火おにび人魂ひとだまが飛び回る地域があったようです。涼しくなりますように、少し紹介したいと思います。

筑前國続風土記 巻之六 那珂郡 下 大休 附鬼火おにびより抜粋 (意訳)

この辺り、大休おおやすみには「六本松ろっぽんまつ」という場所が存在します。夏でも冬でも、夜になると頻繁に飛火とびひが発生します。その火は時に高く舞い上がり、時に低く揺らめき、安定することはありません。人が近づくと、火は一瞬で姿を消してしまいます。特に雨の夜にはよく現れますが、必ずしも毎晩出現するわけではありません。

この飛火は古くから存在するものであり、福岡周辺の人々はすっかり慣れており、不思議に思いません。この地域だけでなく、全国的にこのような飛火が点在しています。他の国々でも同様の話が多く聞かれます。例えば、筑後国の高良山こうらやま一火いちびや、河内国かわちこくの松原の一火などがその類に当たります。また、この那珂郡なかぐん比叡村ひえいむらの火も、それに似た特徴を持っています。

そう時代の中国において、廬山ろざんには光がありました。当時の人々は、その光の下に宝が隠されていると信じていました。また、開善かいぜん両山の間にも光があり、地面から発生して高く上昇し、また降りてくる光景が見られました。これは、元々その山に銅坑が存在したためでした。

邵武しょうぶの官僚である張鋳ちょうきという人物が岳陽がくようで活動していました。彼は川のほとりで光りを目撃しました。その後、漁師がその場所で網ですくうと銅鐘どうしょうを見つけました。

昔の儒学者じゅがくしゃが言うには、石灰の穴に火を残すと、何百年も何千年も絶えることなく燃え続け、山中で時折その火の光が見えるとされています。地境図ちきょうずに記されていますが、輝く黄金のような夜火よびは、兵士や牛馬の死体から発せられる血のりんによるものと言われています。

みん代の東壁とうへきが言うには、野外の鬼燐きりん(光)の火の色は青く、形状が松明しょうみょうに似ており、時に集まり、時に散っていきます。いわゆる鬼火といいますと。また、さまざまな血の燐光とも言われています。さらに、閲古随筆えっこずいひつには不思議な火を遊火と呼んでいます。

考えてみると、この火が遊火であるのであれば、それは不思議な火であると言えます。これらの説によれば、この山には元々銅坑や灰穴はいけつが存在していた可能性があります。また、八幡やはたの記録などによれば、文永ぶんえい弘安こうあんの時には蒙古もうこ人が赤坂~大鋸谷おがやの北にあり、那珂郡の中にあります~で合戦があり、多くの人々が討ち死にしたことがありました。この時だけでなく、その前後にもこの地域で戦闘があったかどうか、現在(=江戸時代)はわかりません。この村の境内には「かぶと塚」「矢盡しじん」という地名が存在します。これらも昔の戦場であったと言われています。したがって、戦死した兵士の血が燐となることも考えられます。不思議です。


筑前國続風土記 巻之六 那珂郡 下 潮煮塚しおにづか より (意訳)

鹽原しおばら(=塩原)の地域で、三宅みやけ村の北にあります。昔はこの辺りまで海岸があり、塩を焼いて作るところがあったので、潮煮塚と名づけられたといいます。鹽原というのも、この話が由来の地名といいます。また、この辺りにも暗い夜には時々飛ぶ火(鬼火)がでます。遠くから見れば大きな続松ついまつ(=松明)のようで、近づくと細く、色が青くなります。それは3~5mの高さで、時々ゆっくり飛びます。矢のように速く飛ぶこともあります。簑島みのしま、鹽原、住吉、比恵、高宮、野間、この村々の間を飛び回り、人が近づくとたちまち消えて、また遠くに現れます。または、2~3つに分かれて飛ぶこともあります。


六本松について調べると、関係のありそうな事柄を見つけました。

六本松には「菊池霊社」鎌倉時代末期の武将、菊池武時きくちたけときを祀った社があります。後醍醐ごだいご天皇側についた菊池氏は、鎌倉幕府の倒幕のため鎮西探題ちんぜいたんだいを約200騎で攻撃し、討死にしました。
菊池氏の亡骸は、馬に乗ったまま首を落としたり胴を落としたりしながら、福岡の町を駆け抜けたという言い伝えがあります。(平将門公の逸話みたいな話がこんな近所にあるとは。)
首が六本松の菊池霊社に、胴が七隈の七隈菊池神社に祀られています。

今も遊火となって、福岡の町を駆けているのかもしれませんね。


用語説明
大休…福岡市中央区南公園辺り。江戸時代、この辺り一帯は大休山おおやすみやまと呼ばれていました。
六本松…福岡市中央区六本松。
筑後国…福岡県の南部。
河内国…大阪府東部。
廬山…中国江西省九江市南部にある名山
開善両山…中国の山だが、場所不明。
邵武… 中華人民共和国福建省南平市辺り。
岳陽… 中華人民共和国湖南省辺り。
地境圖…地境図?詳細不明。漢字の意味から地図の名前か?。
明…西暦1368年-西暦1644年の中国の王朝。
李東壁…李時珍。西暦1518年7月3日-西暦1593年 (日付不明)。中国大陸明の医師・本草学者。字は「東璧」、号は「瀕湖山人」。『本草綱目』の著者。
本草学ほんそうがく…中国の薬物学で、薬用とする植物・動物・鉱物の、形態・産地・効能などを研究する学問。
閲古随筆…穆 文熈(西暦1528年-西暦1590年)著。
遊火…鬼火。人魂ということもあります。
鎮西探題…鎌倉時代、京都の管理監視の為に六波羅探題が置かれたように、九州の管理監視の為に鎮西探題が置かれました。場所は早良区の愛宕山にあった説、博多の町内説とあるようです。
鹽原…現在の福岡市南区塩原
続松…松明のこと。松明は「しょうみょう」とも「たいまつ」とも読む。


2024.1.16 ルビを追加しました。




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