見出し画像

『フロー体験 喜びの現象学』の紹介

 今回は,『フロー体験 喜びの現象学』(チクセントミハイ, 今村浩明訳,世界思想社,1996)についてご紹介します(以前,この本の書評を書いたことがあったのですが,それを載せていたWebサイトがなくなってしまったため,こちらに移すとともに,改めて書き直して公開しています)。ほかにもチクセントミハイの著書についての記事(『楽しみの社会学』の紹介)がありますので,よろしければご参照ください。


どのような本か

 本書は,「フロー理論」を提唱した心理学者のチクセントミハイによる学術書の日本語訳版です。1996年に初版が発行され,その後も版を重ねています。本書のタイトルになっている「フロー体験」とは,個人の能力のレベルと挑戦のレベルとが釣り合っているときに没入が生じ,楽しさを感じる経験のことを指します。

 これより以前に出版された『楽しみの社会学』は少し専門的です。本書は豊富な文章量や内容を見る限り,それまでのフロー理論の集大成といった位置づけになると思われます。


本書の内容と特徴

 フローはテレビ視聴のような漫然とした受動的な行為によって生じるのではなく,仕事やゲーム,学習といった能動的な行為の最中に生じることが知られています。また,フローは金銭や賞罰といったものではなく,自己のための(自己目的的な)行為によって動機づけられて生じるものであるとされています。著者のチクセントミハイは,フローによって得られる楽しさが我々を真の幸福に導くと述べています。

 本書は10章から構成されています。学術的な理論の要点は第4章までに書かれていて,第5章以降ではその要点を補い,議論が発展していくことになります。全体として見ると,幸福論を扱う啓蒙書であるといえます。2010年に出版された翻訳書である『フロー体験入門―楽しみと創造の心理学―』と内容が大きく異なるわけではありませんが,本書の方が量が多く,より豊富な学術的記述を含んでいるため,やや難解だと感じる読者もいると思われます。しかし,著者の学際的な知識と幸福についての一貫した問題意識が一冊の本に凝縮されていることを考慮するならば,本書を読破することは,一般に流布している二番煎じのような幸福論を読むことよりも価値があると思います。


 フロー理論についてよくまとまっているので,学術的な専門書として使えます。一般向けの啓蒙書として読むには,少し量が多いと思います。フロー理論は様々な分野で応用されているので,知っておいて損はないでしょう。出版されて以来,長く読まれていることからも名著のひとつだといえるかもしれません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?