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「心理学とゲーム研究」

 以前,『ゲーム研究の手引き』の紹介をしました。今回は,そのなかで私が執筆した「心理学とゲーム研究」というコラム(木村, 2017)の内容をかみ砕きつつ,補足的な解説を加えていきたいと思います。


ゲームを対象とした心理学の研究の歴史

 ゲームが私たちの日常生活に浸透する契機となったのは,1983年の「ファミコン」の発売でした。ゲームを対象とした心理学の研究は,同時期の1980年代前半からすでに存在していました。そういった意味では,心理学は他の分野と比べて,ゲームをテーマとして取り上げるのが早かったといえます。

 ゲームといえば,何といっても悪影響論です。数え上げるとなかなか大変なのですが,1988年2月の『ドラクエⅢ』発売をめぐって起きた児童・生徒の無断欠席や窃盗・恐喝の多発,1999年4月にアメリカで起きた「コロンバイン高校銃乱射事件」(Columbine High School massacre),子どもの脳に与える悪影響について述べた『ゲーム脳の恐怖』(森昭雄,日本放送出版協会,2002)の出版などはかなり有名で,これらの出来事は社会的なインパクトが大きかったと考えられます。

 『ドラクエⅢ』をめぐる騒動は悪影響の例としてわかりやすいですが,銃乱射事件とゲームの因果関係に関しては議論の余地が多く残されています。また,『ゲーム脳の恐怖』はすでに数多くの批判を受け,その内容には疑念がもたれています。

 いずれにしても,インパクトの大きかったゲームをめぐる問題にいち早く着目し,研究が蓄積されていった分野のひとつが心理学だといえます。悪影響論の高まりとともに,ゲームを対象とした研究は社会的要請の高い課題となり,1990年代後半になると,日本国内でもたくさんの実証的研究が見られるようになりました。


具体的な研究テーマ

 心理学は人間の心と行動について実証的な研究を行う分野なので,ゲームを取り上げた場合は,ゲームの人への影響を扱うことが多いです。基本的には,実験や調査などを行って実際にデータを集めて,その影響について論じるというものが多いといえます。具体的なテーマは,攻撃性,社会的適応,学業成績,認知能力,ユーザーエクスペリエンス,フロー,依存,健康など,多岐にわたっています。

 影響力のある代表的な研究には,暴力的なゲームが攻撃性を高めるという研究(Anderson & Dill, 2000)や,アクションゲームが認知能力を高めるという研究(Green & Bavelier, 2003)があります。前者がネガティブな影響を,後者がポジティブな影響を論じるものです。ただし,ゲームが良いか悪いかということについて,一定の結論が出ているわけではなく,まだ解明されていないことはたくさんあります。

 現在は,ゲームの開発技術の進化と市場の成熟に伴って,プラットフォームやゲームジャンル,プレイヤーのスタイルや価値観が多様化しています。変化し続けるゲームとプレイヤーをとらえるための方法は様々あって,現状は模索される段階にあります。


ゲーム心理学

 私は,これまで挙げてきたようなゲームを対象とした心理学の研究と,2000年代に成立した人文学的な「ゲーム研究(game studies)」を融合させた研究分野を「ゲーム心理学」と呼んでいます。この分野の基本的な問いは以下のようになります。

(1) ゲームとは何か。
(2) ゲームはプレイヤーにどのような影響を与えるか。
(3) ゲームは我々の生活においてどのように活用することができるか。


 ゲーム心理学の研究対象は,主としてゲームとプレイヤーの関係です。その方法は従来の心理学と同様で,データの収集と科学的な手続きによります。

 心理学の分野では,人文学的な「ゲーム研究」が参照されることが比較的少ないように思われます。理論的な背景を構築するうえでは「ゲーム研究」は有用で,参照すべきだと考えています。あえて「ゲーム心理学」という言葉を用いているのには,そのような背景があります。

 心理学のパワーは,人間の知覚・認知や生理からはじまって,身の回りの生活や社会現象に至るまで,様々な対象を幅広く研究することができるという点にあるといえます。ゲームプレイは容易に経験し,観察可能なので,心理学の方法と理論を応用することによって,今後も様々な視点から,ゲームの面白い研究ができると思います。


 以上,執筆したコラムの紹介でした。ご興味のある方は『ゲーム研究の手引き』の紹介記事もご参照ください。


引用文献

Anderson, C. A., & Dill, K. E. (2000). Video games and aggressive thoughts, feelings, and behavior in the laboratory and in life. Journal of Personality and Social Psychology, 78, 772–790.

Green, C. S., & Bavelier, D. (2003). Action video game modifies visual selective attention. Nature, 423, 534–537.

木村 知宏 (2017). 心理学とゲーム研究  細井 浩一 (監修)  松永 伸司 (編)  ゲーム研究の手引き 平成28年度メディア芸術連携促進事業  文化庁, 19–20.

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