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「キャリア支援のための学習ゲーム」

 今回は,以前に私が執筆した論文紹介記事「キャリア支援のための学習ゲーム」について書きます。これは『日本労働研究雑誌』(2019年1月号,No. 702)に「論文Today」という種別の原稿として執筆したもので,新しい論文を選んでその内容を要約して紹介するという趣旨の記事でした。「ゲーム研究」という分野を知らない方向けに,シリアスゲーム分野の論文を紹介しています。今回は,この論文紹介記事をnote向けにまとめなおして書いています。


シリアスゲームとは

 ゲームは,モチベーションを高めるという点で非常に優れています。心理学の用語を使って言い換えると,ゲームはユーザーを特定の活動に内発的に動機づけるという点で優れているということになります。また,ゲームは学習活動と相性がよいことから,応用可能性の高いツールとして注目されています。学習などに活用されるゲームをシリアスゲームと呼びます。学習に引き込むツールとして,シリアスゲームは関心を集めています。学習のほかにも,医療や公共政策,政治に至るまで,様々な領域へのゲームの活用が試みられています。近年は,国内外の学会でシリアスゲームに関連する発表が盛んに行われています。


紹介した論文の概要

 紹介した論文は以下のとおりです。キャリア学習支援のためのシリアスゲームの効果について検討した実証的な研究です。

Hummel, H. G. K., Boyle, E. A., Einarsdóttir, S., Pétursdóttir, A., and Graur, A. (2018). Game-based career learning support for youth: effects of playing the Youth@Work game on career adaptability. Interactive Learning Environments, 26(6), 745–759.

 この研究で使用されたのは,自己,長所,視野,ネットワークの4要素に関係する島を冒険し,各地で課題をクリアすると最終的にプレイヤー個人のキャリアに関連するプロフィール(職業興味の6領域(現実型,研究型,芸術型,社会型,起業型,慣習型)についての情報など)が得られるというゲームです。この論文の主要なポイントは以下のとおりです。

 1. 参加者:アイスランドとルーマニアの高校生93人(14–18 歳)
 2. 教師またはカウンセラーによる約1時間の介入
 3. ゲームプレイ群と紙とペンを用いた対照群とを比較
 4. キャリア適合性(好奇心,関心,統制,自信の4次元)などを測定
 5. ゲームプレイ群がキャリア適合性で有意に上昇(好奇心を除く)

 測定されたものはほかにもありましたが,ビデオゲームの効果で目立ったものはありませんでした。


所感

 こういった研究に対するもっとも手厳しい指摘は「ビデオゲームを使わなくてもよいのでは?」というものでしょう。ゲームプレイ群と対照群に差が見られなければ,ビデオゲームの必要性を主張しにくくなります。言い換えると,もし2つの群に統計的有意差が認められなければ,「従来の方法(紙とペン)でよい」と考えている人を説得できなくなるというわけです。しかし,上記の5で示したとおり,ビデオゲームを用いるメリットは示されています。実際にはもっとほかの効果があるかもしれませんが,研究結果からはその効果があることを判断できないというわけです。

 そもそもの問題としては,介入が短時間で,効果が見えにくいという点が挙げられます。このことは著者らも指摘しています。介入が1回だけではなく,数か月や数年にわたって複数回実施されたものだったらかなり面白いと思いますが,研究者側が割けるコストの問題があります。また,期間が長くなればなるほど,参加者の数が減っていくことが予想され,良いデータがとれなくなってしまいそうです。

 この論文を紹介したのは,キャリア支援のための学習ゲームを扱った研究をあまり見たことがなかったためです。キャリア学習活動にビデオゲームを利用するヒントにはなると思いました。


ゲームの実証的研究の難しさ

 ゲームの効果を測定することの難しさは,学習者によってゲームプレイが変化し,結果的に学習者の経験が異なることに起因します。教示が十分でなければ,学習者によって目標が大きく異なることになり,そうでなくても基本的にはゲームプレイの過程が同じものになることはありません。

 ビデオゲームはしばしばインタラクティブなメディアであるといわれますが,その特性のために効果の分析が難しくなったり,一般化が可能である範囲が狭められたりすることになります。したがって,この研究だけでなく,ゲームプレイを測定した研究の結果を解釈する際には,研究の方法(刺激や手続きなど)をよく(批判的に)見てみなければなりません。


ビデオゲームを使用するメリット

 著者らが今後の課題として挙げた,自動的に保存されるログの活用は,ビデオゲームを用いる重要な利点のひとつです。ログは学習者のゲーム内での行動を反映するものであるため,学習評価に活用することができます。さらに,学習者が自分自身の活動を振り返るときにも役に立ちます。

 実証的研究ではデータの収集が第一ですが,プログラムを組むことで大量のデータを容易に取得できるということは,ビデオゲームが学習の実証的研究と相性が良いということを示しているといえます。


勉強(仕事)とゲーム(遊び)は対立するものか?

 著者らはシリアスゲームを用いた方法を,伝統的なキャリア・カウンセリング実践よりも優れたものと考えるのではなく,伝統的な実践を補完するものとして位置づけています。従来の方法とゲームを用いた方法は相互補完的であるというわけです。

 ビデオゲームは,帰宅後などの授業時間外の個人学習を補助することができます。また,多くの研究から,シリアスゲームを用いた授業では,教師がいない場合よりも教師がいる場合のほうが高い学習効果が得られることがわかっています。シリアスゲームを用いた方法は,従来の方法と対立するものではないと考えてよさそうです。一般に,ゲームは遊びの一種と考えられています。しかし,これまで述べてきたように,内発的動機づけの促進と学習活動との技術的な親和性という視点から見るならば,ゲームを学習と対立するものとみなすべきではありません。ゲームは使い方次第で勉強を補助する強力なツールになり得るというわけです。

 ここまでは学習(勉強)とゲームについて述べてきましたが,もう少し広い視点から見るために,仕事と遊びについて考えてみます。心理学には,仕事と遊びを区別せず,連続するものとして捉える視点があります。エリスは「刺激─追求行動」という用語を使って,仕事も遊びも最適な覚醒を求める行動だということを指摘しています。チクセントミハイは「フロー活動」という用語を使って,仕事と遊びのどちらも内発的に動機づけられていて,挑戦水準と能力水準がつり合った状態で没入している限り,同じ豊かさをもたらすものであるということを述べています。仕事と遊びを対立するものとみなす考え方自体が,近代的な思考の枠組みにすぎないのかもしれません。


 キャリア学習支援のためのシリアスゲームは,日常的な遊び活動から将来の仕事を思い描き,実際に仕事に就いて働くまでの橋渡しをするツールとして大いに役立つと考えられます。ゲームは動機づけの面から私たちの生活を補い,さらに豊かにする可能性を秘めている強力なツールであるといえます。

 ご関心をもたれた方は,本文もご覧ください。以下のリンク先のページ内で,PDFファイルをダウンロードすることができます。

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2019/01/index.html

(労働政策研究・研修機構のWebサイトへのリンク)

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