紙とペンだけですぐに体験できる心理学実験
今回は,紙とペンだけですぐに体験できる,とても簡単な心理学実験をご紹介します。ひらがなを書ける人であればだれでもできるので,飲み会での話のネタや集中力が欠けてきた子どもたちのための気晴らしなどになると思います。
スリップの実験
心理学では,意図していた行為とは異なることを行ってしまうエラーをスリップと呼びます。スリップにはいろいろな種類がありますが,今回は文字を書くときに起きる「急速反復書字」について紹介します。私はこれを学部時代に仁平義明先生の授業で教わって,簡単にできて面白いと感じました。
理屈よりも自分で体験したほうが話が早いと思います。紙とペンを用意しましょう。以下に示すように,ひらがなの「お」を可能な限り速く,繰り返し書き続けてください。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……
少なくとも,50個から100個ほど書き続けてみてください。何が起きましたか?
他のひらがなを書いてしまう
たぶん,書いたものの中に「お」以外のひらがなが混じっていないでしょうか。「あ」,「す」,「む」,「よ」,あるいは,判別しがたいそれらに似た形のひらがなのような文字が書かれていませんか。これが急速反復書字によって生じたスリップです。
間違えないようにゆっくり書いていれば,ひらがなの「お」を書き続けられるかもしれません。しかし,スピードを可能な限り上げて素早く書き続けていると,意図していない他の文字をたまに書いてしまうのです。どれほど注意していても,このスリップを止めることは困難です。
すぐに試せるとても面白い実験で,体験して「あ,本当だ!」と実感していただけると思います。周りに人がいたら,いっしょに試してみるのも楽しいはずです。
なぜこんなことが起きるのか
急速反復書字によるスリップは,意図しない活性化によるエラーであるといわれています。ひらがなの「お」に混じっていた文字(「あ」,「す」,「む」など)は,「お」の文字と形が似ています。これらは互いに部分的に共通した運動によって書かれる文字です。
実は,私たちが「お」を書こうとするとき,それと似た形のひらがなも書かれる活動準備状態になっているのです。心理学の用語を使って言い換えると「意図していない行為のスキーマが活性化していた」ということになります。
形の似ていない文字は,急速反復書字によって出てこないはずです。「お」を書こうとしているときには,「あ」,「す」,「む」などの形の似た文字も頭の中で準備されて浮かび上がっているというイメージで捉えていただければよいと思います。
いかがでしたでしょうか。心理学のパワーは,身近なものごとを題材にして,科学的に見ることができるという点にあります。面白い例は他にもたくさんあるので,今後はそれらをネタに書くかもしれません。
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