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『これが現象学だ』の紹介

 今回は,『これが現象学だ』(谷徹,講談社現代新書,2002)についてご紹介します(以前,この本の書評を書いたことがあったのですが,それを載せていたWebサイトがなくなってしまったため,こちらに移すとともに,改めて書き直して公開しています)。


どのような本か

 哲学を直接学んでいなくても,人文学や社会科学の諸分野に何らかの形で触れてきたことがある方は,「現象学」という用語に触れた経験があるのではないでしょうか。そもそも現象学とは何でしょうか。このような素朴な疑問をもち,辞書的な説明やWeb上の用語解説を簡単に参照して理解できたという方はどのくらいいらっしゃるのでしょうか(個人的には,それだけでよく理解できたという記憶がありません)。

 本書は,哲学者のフッサールによる現象学の入門書です。フッサールの思想とその変遷がわかりやすく解説されています。


フッサールの現象学

 フッサールは,諸学問を厳密に基礎づけるための哲学を目指したといわれています。本書によると,その根本となる考え方は「直接経験」と「志向性」にあります。直接経験とは,物を見たり触ったりするなどの具体的な経験であり、私たちの主観的な知覚そのものです。たとえば,銀杏並木の前に立ったとき,地面に色づいた銀杏の葉が降り積もっている様子や,その上を歩く人々の姿など,まさに目の前に広がっている光景が見えます。このような光景を知覚する経験が直接経験です。

 次に,この直接経験の過程において捉えられる,1から20までの目があるダイス(正二十面体)を考えてみましょう。ある位置からダイスを見ると,中心に3の目が見えます。これを別の側から見ると,中心に20の目が見えます。さらに別の位置から見れば,中心に別の数字が見えます。このように感覚され,体験されるこれらの多様なダイスを「現出」と呼びます。その一方で私たちは,このように複数ある「現出」を媒介として,正二十面体としてのダイスそのものを知覚しています。このダイスそのものを「現出者」と呼びます。私たちは,厳密には「現出者」を直接的に知覚することはできません。すなわち,私たちは諸現出を媒介して「現出者」を見ているといえます。この媒介の働きが「志向性」です。以上の基礎的視点から,フッサールは時間,空間,世界,他者といった問題に迫っていきます。


 フッサールが用いる現象学の用語は,私たちに難しい印象を与えます。本書はそれらの用語をわかりやすい図や平易な言い換えを使って説明しており,一読して現象学の概要が捉えられるように配慮されています。現象学は根本となる考え方を除き,フッサールの生涯の中で移り変わります。本書はその流れを追うことができるようになっています。最後に「現象学の基本用語集」が付いていて,全体を理解する助けになります。おそらく、現象学を詳細にわたって理解することには相当の労力を必要とすると思われますが,本書を読むことによって,現象学の概要を把握し,自分でその先を勉強することが可能になると思います。

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