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4-04「龍の回想」

7人の読書好きによる、連想ゲームふう作文企画「杣道(そまみち)」。 週替わりのリレー形式で文章を執筆します。前回は親指Pの「火を吐くドラゴン」でした。

【杣道に関して】
https://note.com/somamichi_center/n/nade6c4e8b18e

【前回までの杣道】

4-03「火を吐くドラゴン」親指P

4-02「雨の夜、濡れた鱗のドラゴンが」S.Sugiura

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 私があの龍を保護したのは、夏になる少し前だった。

 このような定冠詞をつける喋り方は、彼女とここで暮らすようになる以前の私にとってはそれに全く確執を持った覚えはなく、彼女にとってはというと、そのサイズの合わない語にたった一人で身を合わせてみる時折の遊びのように見えた。しかし、ほかのいくつもの開陳された、それぞれの本当は共に持つべきでなかった語たちと同じように、後の私たちの暮らしに現れる度に、私たちはそれを鉄片のように歯で噛み締め口内で舐め転がしたいという気持ちが湧き出ていたもので、その語らから腐食は進んでいった。

 あの時、彼女が私についてきたのは、きっと幾らかは友愛と気まぐれによるもので、しかしおそらくほとんど決定的にはその不動さによるものだった。彼女を目にした時、言い伝えられる龍より小さく感じたが、それでも間違いなく龍の歯並びをしていた。彼女はいつも部屋の中にいた、小さいとは言え、普通ほどの部屋の中では動き辛そうで、大抵はあの大きなテーブルから少し離れた一か所に留まっていた。その部屋に訪れる人々はテーブルの傍に腰かけて、彼女に言葉を発する、しばらくすると、彼女はパラパラと喋るようになった。「你见过子弹笔吗?」と女の子が彼女に聞く。「见过」と彼女が答える。「ええ」。「Oui」。

 彼女のあまりの動かなさと龍としての荘厳さは、私には挑発的だった。私はどちらかというと、その背の後ろにいて、彼女が居眠りするのをいつか眺めてみたいと思ったが、前を歩くよう、先に発言をするようにと無言のうちに要求されていた。私はそのうち、ひとつの使命を背負うようになった。彼女を部屋の外に連れ出したい、そして彼女だけの部屋を用意してあげるべきだ、そういう思いに搔き立てられた。私が一緒に暮らすことを提案した時、それは無邪気な願いだったか、それとも彼女という不動さに触れる空間が、限界までに圧縮されそして押し出された脅迫的ものだったか。私は行動した、実際には動きすぎるくらいに、彼女の前を歩くことがいくらでもできるように思われた、代わりに、私は彼女のいる地点に到達することは決して叶わないもので、それを彼女は承知して、そして状況をそのままにしておくために、その動きの対となる怠さを準備した。

 私が推し進めた二人での暮らしは順調に始まった。私はそれまで幾度もそのような物事の運びに運ばれてきたので、別段気にしなかったのだけれど、振り返るとそれはスキップのような足取りで、記憶に空白が幾つも生じる始動だった。たったったっ、タチウオの地下室に植林を頼まれて。私たちは互いに話す時簡単な言葉しか使わず、それに伴う音の方は比較的に複雑だったが、彼女の音は聴きやすかった。彼女が部屋に一人でいる時間は私には望ましく、自然な感じがして、その時間を彼女が思うがままに所有できるよう努めた。彼女は月に何日かは外出もした、私は知人から彼女が梢に止まる姿を見かけたと何度か聞かされた。そして冬になるにつれ、彼女の鱗はくっきりとし、躯はむっちりしてきたので、ひとまわり大きくなったように思えたが、それでも少し小さい。それに、目の下のクマは日に日に暗く、ひどくなっていくのが私は気がかりだった。

 その頃、すでに私たちが交わす言葉の錆は単語ごとにぽろぽろと剥がれて軋むので、音の裏を聞き取るようにしなければならなかった。対応表を作るのが手取り早い手段だった。例えば私が「ハウス」と言うと、彼女は何口か多く米を食べた。そのほかに、動作であれば音を頼りにしないで済むうえに、私は彼女が少しでも動くのを見るのが好ましいので、いくつか決まったジェスチャーもあった。口を尖らせながら開けて大きなOを作ると、それは今日は家で休みたいのサインだと教えた。

 私は数日おきに彼女によく休むように勧めたり、早起きを勧めたり、また外出を勧めた。というのも、彼女は冬の間、体をその不動さを打ち消すもうひとつの動かなさ――緩やかなだるさの下に置くようになっていた。その緩さは私の自分自身をよく動かしたい念に余地を作り、またその余地を眺めるように指示するものだったので、私は彼女にリズムを提案する声掛けを自分に跳ね返させなければならなくなっていた。

 そんな中、春を迎えたある日、彼女は窓辺の床に座り込んで手元を眺めていたので、私もそうした。それは空からカーテンの隙間に射す光で、よく見ると、周りの夕焼けを置き去りに、ひときわ青白い。

 おそらくその日に、私は複数の喪失を引き受けた。

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次週は5/2(日)更新予定。担当者はRen Hommaさんです。お楽しみに!

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