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日本とアメリカのクルーズ価値感を比較

日本側のクルーズに対する価値観

1980年代、アメリカを中心としたクルーズブームと日本でのゆとりの増大や海外渡航ムードに支えられてクルーズビジネス発展の夢が膨らんだ.

日本郵船(NYK)は上記を背景に、1960年の「氷川丸」引退以来、約4半世紀ぶりに客船事業を復活させたのです。NYKは世界のクルーズマーケットをター ゲットとする目標の高さを大義名分とし,既存の 日本マーケットとの正面衝突を和らげるコンセプトとして客船事業のプロジェクトを推進していました。

クリスタル・クルーズ創業前の1987年にNYK本社とクリスタル・クルーズ社があるアメリカ側のコンサルタントとの間で、会議が行われたエピソードがあります。

これは米国クリスタルクルーズ社がNYKからの指示に基づいた質問、種々の調査事項に関しては、アメリカ側から報告され、それらも加味して、NYK側のこのプロジェクトに対する基本的な事案というべき青写真が用意されていたのでした。1987 年 6月にアメリカ側のクリスタル・クルーズ社が雇ったアメリカのコンサルタントとNYK本社との会議のエピソードがあったのです。

その会議の目的は、アメリカで採用したコンサルタントの顔合わせと、アメリカ側に伝えられているNYKの基本プランに関して、アメリカ側のコンサルタントとの意見の調整でした。

結論から申し上げると、この会議から35年の月日が経過し、現在クリスタル・クルーズは北米マーケットを中心にラグジュアリークラスのブランドの名を馳せるようになったのです。

会議自体は、主に提示されていたこのクルーズ事業のNYK案の説明に終始し、アメリカ側のコンサルタントは聞き役に徹したのです。理由はクルーズのメッカ、アメリカにおけるプロ集団であっても、初回の会議では、様子見に徹するしかなかった。

NYK本社曰く

「ラグジュアリー分野、日本船社の独自性を生かすためにも、まだ欧米船社によ って開拓されていない太平洋を中心にしたサービス構想として進めるべき」

という提言しそれが柱となっていた。

しかし、アメリカ側から見ると、環太平洋を中心とした配船は、「リピーターマーケット」の配船先であり、全く新しい会社ではリピーターが存在しない現実かつ、アメリカ人客船マーケットでは最も需要の少ない就航先であって、サービスを開始するのは至難の業と思えた。

日本郵船本社に意向に対して、 運航面、集客面などの基本的な処で、食い違いが発生する余地があった。

日本側の環太平洋クルーズ構想

横浜港大桟橋に停泊中の「飛鳥Ⅱ」(旧:クリスタル・ハーモニー)

この会議で、日本側の描く構想は「環太平洋クルーズ客船構想」であり、 日本郵船本社としては、これが、クルーズ事業に参入する際の“絶対条件”であるという。

その後当時の構想とは多少異なるものの、完全な日本マーケット向けのラグジュアリークルーズは「飛鳥」「飛鳥Ⅱ」として日本最大級のクルーズ会社として成長したのです

コンセプトは「太平洋の女王が君臨」

日本側の構想は以下の通り。

1・新規クルーズ客船事業は「日本郵船による環太平洋クルーズ」と位置付け、世界有数の客船運航会社を目指す。

2・会社組織は東京、運航本部はシンガポールに設置。

アメリカには、アメリカ人集客を対象とした集客機能のために現地法人会社を設立し、そこに日本人幹部として、会長、副社長、経理部長、海務部長、新会社船長を配属させる。

3・新造船のハードウェアは最上級レベルで、しかもその最先端を行くような新造船の整備士、将来的には3艘体制と考えていた。のちに、2003年にクリスタル・ハーモニー、クリスタル・シンフォニー、クリスタル・セレニティの3隻が揃った。

4・配船先
春:万里の長城の「中国」から桜咲く「日本」のアジアクルーズ
夏:氷河のアラスカクルーズ 
秋:パナマ運河の観光通航
冬:最後の楽園・南太平洋、オーストラリアとニュージーランド

5・セールス戦略は当面、50%をアメリカ人乗客が対象。将来的にはオーストラリア・ニュージーランド・シンガポール・香港やヨーロッパなどの国際的なマーケットに拡大。

日本人乗船客は、クルーズそのものが世の中に浸透していないことを考慮して10%程度。数年で30%は達成したい。

特に南太平洋エリアでは日本人乗船客で過半数を目指す。

当面は主な客層はアメリカ人に頼らざるを得ないので、サンディエゴ、ロサンゼルス、サンフランシスコ、シアトル、シカゴ、ダラス、マイアミの7ヶ所んいアメリカ人セールスマネージャーを置き、カナダにも現地セールススタッフを置く。

最重点営業所は日本や香港に直行便が就航している都市中心部に構築。

6・料金の設定は、配船行程が決定次第、アメリカ側のゲートウェイを決め、そこから航空料金を交渉して航空料金を含んだクルーズ料金を決める。価格は当時の「ロイヤル・バイキング・クルーズ」社に対抗するレベル。

7・船上のホテル部門は日本に供給マーケットがないため、ヨーロッパ人やフィリピン人に依存しざるを得ない。フレッド。オルセン、ウイルヘルムセン社など日本郵船のチャネルを通じて依頼する。

8・新造船に対する基本的な方針:建造監督は日本郵船工務部。アメリカ側は建造の早い段階から本線に予定される船長、機関長など現場に派遣したい意向だが、直接造船所との話に介入されると現場が混乱する恐れがある

9・本船(クリスタル・クルーズ)乗組員構成:安全運航が最優先。日本郵船の安全基準を熟知している日本人船員を核にして運航する体制をつくる。

10・クルーズ客船における接客面で優れている経験豊富な欧州人船長を雇い、将来的な展望を踏まえて、この船長の下に日本郵船から派遣される副船長を配属。機関部問は日本郵船出身の機関長の監督指揮の下で欧州人副機関長を雇用する日本人と欧州船員の混乗形態とし、日本郵船船員との混乗に慣れたフィリピン人船員を起用。

11・NYKから派遣される船長他幹部社員にはアメリカ人乗船客を念頭に、米国での文化や習慣を理解させるため、一定期間英会話や接客マナーのトレーニング、約半年間のホームステイを実施させたのです。



世界中から集まるクルーと(クリスタル・セレニティ船上にて)

このようにして新造船は、最高級のハードを備えた「太平洋の女王」でなければならない。 さらに、このクルーズについては、以下のような青写真が描かれていたのです。

1・船のハードは振動や騒音の少ないハイグレードな電気推進。乗船料金は1日あたり約400ドル(日本円;約56,000円 2022年9月現在)乗客定員は1,000人以下、クルーズ日数は1行程あたり10日〜2週間。

2・ソフトとハードの両面で世界最高水準のサービスを目指す。NYKが開発したコンテナ輸送技術である氷温技術を積極的に生かして最高のクオリティを求めた食材を提供し、様々なコスト削減を実現。そのロジスティックセンターをシンガポールに拠点を設ける。

3・サブレストラン
日本における最高級和食レストランと同様に、クルーズ客船を通じて最高級の日本文化を世界に広める。

クリスタルクルーズ船上で提供された日本食

このようなNYK側のクルーズ客船事業のアウトライン は、戦前の定期客船運航の延長線上で、NYKの潜在的な力を信じた内容だったのです。

当時に日本人社会もバブルで浮かれ、数年内にはアメリカの客船人口までとは行かぬまでも、それに近い船客が見込まれると思われたので日本を中心とした国際客船を建造することで、 その需要を満たせるという憶測があったのです。


アメリカ側のクルーズに対する価値観

アラスカの人気寄港地スキャッグウェイにて筆者

前項における日本側の構想は、アメリカ側としては、極めてハードルの高いものであった。

彼らにとって問題と思われたのは、本船の就航先と、運航部門の運用法であった。

クルーズエリアの問題:
環太平洋の配船とアメリカ・クルーズ・マーケット配船先の決定は、クルーズ事業の企画力で、最も労力を要し、営業的に最も重要な仕事である。これ如何で、採算が大きく変動する。

クルーズ乗船客が存在するマーケットで、2 年先のマーケット状況を予見し、集客戦略を練るアメリカ型の考え方と、日本郵船の名で建造する新造船と、「新しいクルーズ・マーケットを創る」 という熱意を基に、新しい客を創出し誘導しようとする日本郵船との考え方はこの事業の進め方に関して言えば、両極端な考え方でした。

アメリカ側では、このサービス・サプライヤ ーの利益優先型の配船計画や運航では、マーケットでの支持は、広がらないと懸念したのです。

アメリカ側の主張は、クルーズは、ライフスタイルであり、個人の嗜好に基づいて構成されている「客層」を運航会社の意向に合わせて、首に縄をつけるような"運航会社の希望するデスティネーションに誘導する集客戦略は、非常な労力を要し、その成果を短期間で得るのは難しいと判断。

否定的で、配船の基本航路を環太平洋に固定する環太平洋クルーズ客船の発想に対して懐疑的な見方をしていたのです。

その中でも、集客を携わるアメリカ側のセールスの意見としては、「アメリカにおけるラグジュ アリー・マーケットの主客層であるユダヤ人乗船客等を文化的な価値や範疇から最も遠いと思われる日本やアジアといった異質な配船先に誘致することがいかに難しいか。

「とても日本までアメリカ人を行かせる自信はない」

と、環太平洋クルーズ客船構想に対してなかなか頷かなかったのです。

使い勝手や利便性で、優劣が評価しやすい「モノ」と異なり、極めて抽象的なクルーズ船客の「主観」が、旅の価値を決めるクルーズであれば、「マーケットに聞く」 仕掛けを徹底すべきてです。

固定客もなく、ブランド・イメージも創られていない状況で「マーケットを創る」誘惑には乗るべきではないと言うのが、アメリカ側の意見でした。

当時は、地中海でパレスチナ解放戦線による、アキレラウロ号船上でシー ジャック事件が発生(1985 年)、1986 年にはニュー ヨーク州ロングアイラン ド島沖で米トランス・ワールド航空機(乗員・乗客 228 人)が、空中爆発を起こし墜落したテロ事件の結果の後 1988 年 12 月 21 日、イギリス・スコットランド上 空でパンンナム 103号機爆破事件。

いわゆるリビア政府が関与したとされるロッカビー事件も発生などでヨーロッ パ・地中海向け旅行のマーケットが停滞してはいたが、それでも、アメリカ人の旅行者の目はヨーロッパを向いており、太平洋や日本を含む極東は、彼らにとっては、 興味の薄い配船先なのです。

アメリカ人にとって日本を含めた環太平洋エリアのクルーズは、アメリカマーケットにおいては、既にさまざまな観光地を行き尽くして、その最後に行くと言う、「秘境」を目指すリピートマーケットでした。

このように、当時のアメリカ旅行会社のマーケットリサーチを通して、アメリカの旅行会社が抱えている客層を主要な旅行先をヨーロッパから、日本を含めた環太平洋エリアに向ける事は、至難の技であると判断したのです。

アメリカ側から見ると、

「何が何でも、ヨーロッパに向いているアメリカ人乗船客を日本に目を向け、この船に乗せろ」

という発想に思えた。

そのアメリカ人船客が 50%、残りの不足分を同じ英語圏のオーストラリアやニュージーランド、 それに日本のマーケットで補充すればやって行けるというのがNYK案の基本にあったのです。

当時は、日本人が円高で豊かな気分になったとはいえ、10 〜14 日間のクルーズに出かける客層極めて小さく、この構想では採算的にも苦しい事は明らかでした。

また、オーストラリアやニュ ージーランドのクルーズ 乗船客は、まだ発展途上で、その多くは旧英連邦系の P&O やキュナード社等英国系クルーズ客船の船客であったのです。

料金的にも新会社が想定しているレベルより 1 ランク低めに設定されている客層で、彼らを未だ 2 年先にしか、新造船が就航しないクルーズ客船に誘致することは極めて困難だったのです。 

現実に、まだ会社の具体的な姿や船上の仕掛けなど、イメージも分らぬ段階で、数年先の配船予定だけで、船客を誘致しようとすることは、旅行会社にとっては、自分達の抱える顧客に、まだ見たこともない船にしかも乗客の期待薄の日本を含むアジアをサー ビスする新会社船を薦める無謀な商売は出来ないと考えていたのです。 

結論的にアメリカ側の「マーケットに聞く」ことを最優先することになったのです。

英語力と日本人とノルウェー人幹部船員の混乗

このプロジェクト の検討の段階でもう一つの難題があったのです。

NYKがこの客船事業を投資するから、運航上の最高責任者は、安全運航への信頼が厚い日本郵船出身の船長を前提に、船上における船員、特に幹部船員の職務権限を明確化すると言うものでした。

もし、欧米のクルーズ 船客が、幹部船員との交流が必要と言うのであれば、ノルウェー船長を接待要員としてとしての採用。

つまり幹部船員を日本人とノルウェー人の混乗だったのです。

運航面での実質的な権限や船上における指揮権は、日本郵船出身の船長が握るという発想です。

この事業が、NYKにとって、ある意味で、長年の" 念願のプロジェクト"でもあり、この事業が具体化するにつれ、それに関わる人たちの熱い感情が伝わってきたのです。

対象は、モノで はなく、ヒトであるところに問題があったのです。

当時のアメリカのクルーズ客層や旅行会社などに高い評価を得ているノルウェー幹部船員でなくても、東京側は、日本人幹部船員主導で、アメリカのクルーズ客船マーケットに参入すれば、ラグジュアリー・クルーズの覇者、ロイヤル・バイキング社はノルウェー幹部船員など、当時のラグジ ュアリー・クルーズ・マーケットの一角を占めることが出来るとの自信に溢れていたのです。

NYKの行う事業である以上、自社の乗組員を前面に出して、運航する事に対して、違和感が無かったが、それも日本のマーケットが 存在すると言う前提です。

NYKとして、特に海技の技術と歴史に裏づけされた、優秀な「船員力」で、 アメリカ人やヨ ーロッパ人が支配するアメリカの客船マーケットに一石を投じたい思いが強かったように思われます。

NYKの海務部門の主張は、本船の安全運航や操船上の技術・保船の能力 は優れているNYKの幹部船員に任せる体制が最優先事項であり、日本人幹部船員の多くもすでに海外駐在の経験もある。

これは英語も出来るという視点からの議論でした。

これに対し、アメリカ側は日本人幹部船員を中心とした船上組織構成を考える NYKの基本案に対しても懸念を隠せなかったのです。

アメリカ・マーケットを主戦場にするという方針のもとで、主要船客のニーズに、迅速にして、柔軟に対応できるような仕掛けを生み出す「便宜置籍船」として運航することが、この事業の成否を決めるとの意見で一致。

従って、幹部船員は、このラグジュアリー・クルーズ業界で一目置かれているノルウェー人を雇用するのが好ましいと結論を下していたのです。 

アメリカのマーケットの要請や国際的な混乗の仕組みの他に、英語力の問題などがクローズアップされ、以下の2 つの視点からの検討が必要だった。

1つ目は、 船上での指揮権との兼ね合いである。彼らの多くは国際船員を支配下に置き、乗船する欧州船員なども含めた500人前後もの船員と 1,000 人ものクルーズ船客を統率する共通語としての英語を通した「コミュニケーション力」が必要となる。 

2つ目は、ラグジュアリー・クルーズの評価を左右する船上でのホスト役ての問題でした。アメリカ人のライフスタイルを基本としたレジャー指向の強いクルーズ客船の評価を決める、多くの乗客に船上での滞在体験価値を高める必要あったのです。

より高い満足度を求めるラグジュアリー・クルーズに乗船すろ顧客を増やすことが、この事業の成否に関わってくる以上、生活の中から身に付いている英語力によるコミュニケーション能力と経験豊かなヨーロッパ幹部船員の特長を生かさない手はないというのが、アメリカ側の主張であった。

クルーズ旅行は、目的地や運航技術に加え船上での生活がクルーズの価値を左右するものである。

アメリカ人幹部やアメリカの主力旅行会社や乗客の描く、当時のラグジュアリー・クルーズの船上の雰囲気は、ロイヤル・バイキング社に代表されるような「サロン」や「クラブ」的な存在であった。

当然、アメリカ人船客のライフ・スタイルに入り込んだ話題・社交術が求められるのです。

「日本人幹部船員に、アメリカ人乗船客路の食事の席での会話力や話題力、アメリカの毎日のテレビのモーニングショーの話題や映画・ 音楽・芸能界の話、小説等の話題も含めて、彼等のライフスタイルを理解して、約2週間のクルーズでのテーブルで乗客を楽しませる事が出来るのかと纏ったのです。

新しくコンサルタントとして雇った彼らも、日本に行くと、ほとんどの食事の席での会話が、仕事の話、ゴルフの話、レストラン等の話で、極めてローカルかつ日本的な話題が多い印象を受けたのです。

欧米社会のような、CNN などで報道されるようなホットな話題は少なく、彼らの経験を通して、アメリカ人船客が船上で求めているような 娯楽や社会の出来事の話題は極めて少ない事を知っていたのです。

日本人の幹部船員に、 主要客であるアメリカ人、その中でも、主要な客層を構成するユダヤ系アメリカ人客に対して、どれほどの交流術があるか不安を感じていた。

また、過度にプライバシーに、踏むこめない日本人に、アメリカ人向けの愉快な会話術があるのだろうかと、 アメリカ人コンサルタントや旅行会社も疑問に思っていた。

アメリカの西海岸の旅行会社の担当者の多くは、中高年女性で、彼らの家族の中には、太平洋戦争や朝鮮戦争などに関わった人たちが、多くいたことも意識せざるを得なかった。

当時は、急激な円高による日本資本のアメリカ流入があったころだった。

特に、ゴルフ場の買収やホテルの買収や突然日本人経営になる事によるネガテイブ・インパクトなど、当時のアメリカは、日本バッシングも一般的であった。

このプロジェクトに関連し行った乗船客の反応 チェックの為の初期マーケット・リサーチによれば、年配のアメリカ人乗船客や日本人船員の優秀さを知らないユダヤ人の客層にとっては、日本人の凛々しい制服姿は残念ながら、ドイツ人軍人と同じように、映画の「パール・ハーバー」等の映画の世界の「太平洋」を思い起こさせるという厳しいコメントも少なからずあったようです。

彼らにとって、「太平洋」とは、硫黄島を含めて激戦地を意味するというユダヤ人もいる。

現実の例として、アメリカ人船客はドイツのクルーズ客船「オイローパ」を敬遠し乗船しない。ポケット・マネーを使ってまで、不快な環境に身を置きたくないのが彼等の本音らしいのです。

これは、相手の感情やサブリミナルな意識の問題であって、提供側ではコントロールできない話でもあった。

旅行会社やクルーズ船客の多くは、電気製品や車など、日本製品がアメリカで高い評価を受けている事は理解していたが、会話や接遇などが重要視されるホスピタリティ・ビジネスの世界においては、日本資本の所有しているホテルにおける、日本式マネージメントやサービス方式は、必ずしも高くは評価されていなかった。

市場調査で現実的な解決案を模索

 アメリカに滞在した多くの駐在員にとっても、10 人ものテーブルで、英語で毎日2時間の場を楽しませるためには、かなりのアメリカの生活に入り込んだ話題が求められます。

日本語のタイトルや翻訳、通訳 を通してしか接する事のないアメリカ的映画・音楽・娯楽ニュースの話題は、理解するのも簡単でないことも認識しなければならない。

このような、アメリカ側の主張もあり、NYKではこの事業に携わる主要幹部船員候補生に対してクルーズ客船に携わる準備として、英語力の向上のため日常会話についていける程度の英会話力とアメリカの文化を学びながら、接客マナーをマスターするためにホームステイなどを通して実習したのです。

アメリカ人富裕層のライフスタイルが理解でき、ほぼ毎日数時間の会話の場を楽しませることが出来るとは到底思えなかったのです。

特に、新しいクルーズ客船が注目さ れればされるほど、日本郵船が考える船上組織で、アメリカのクルーズ乗船客が求めるライフスタイルをどれ程演出できるのかといった視点での注目が、集まっていたのです。

ロサンゼルスのコンサル タント・チームとしては、最初の「プロダクト・デリバリー」でのマーケットの反応や評価か極めて重要であるとの意識が強かったのです。

また、このマーケット・リサーチでは、出きるだけ客観的に、世界のクルーズ客船における多国籍乗組員とアメリカ人クルーズ船客の混乗とその相性の側面も、更に掘り下げて調査することとしたのです。

NYKとして、全くゼロから始める事業である以上、初めてのクルーズ事業において、欧米人幹部船員や乗組員のノウハウを最大限に生かさなければならないのです。

その際に、船上に於ける従業員の構成にも大きな影響を与える多国籍間 の相性に対する理解が重要でした。

事実、世界のクルーズを見渡してみても、ドイツ船員主力の船にはドイツ人客、 同じ英語国船であっても英国船員の多い P&O の船に乗るのは豪州人やニュージーランド人で、アメリカ人は乗らないという。

いわば「母国客船主義」のような傾向がはっきりと出ていたのです。

この辺りの背景も客観的な調査の意図するところであった。
判断の基準をマーケットに聞くと言うことでした。

コンサルタ ントの採用により方向性が見えてきたこともあり、以前よりス ムーズに進んだ。

次の一手は、ラグジュアリー・クルーズのマーケットを更に掘り下げ、今描いている最も望ましい「究極のクルーズ会社」の姿を引き出すことであった。すなわち、更なる乗船客のライフスタイルを十分理解する必要がある。

今までの「アメリカ・クルーズ・マーケット」と言った漠然とした広い意味のクルー ズ・マーケ ットから、さらに焦点を、「ラグジュアリー・クルーズの世界」絞り込んで、新しいラグジュアリ ー・クルーズに特化したクルーズ客船社の創設を想定して、 将来の「ブランド創り」の核になる初 期調査が必要になってきた。 

これには、既存のラグジュアリー・クルーズ客船社やその客層に焦点を当て、全米の旅行代理店 や業界関係者の聞き込みなども含め、多様なマーケット・リサーチが必要であった。このような調査を通じて、東京本社の客船準備室と以下のような認識を共有することとなった。 

マーケット調査の分析や聞き込み調査の結果

ラグジュアリー・クルーズ業界の規模や客層のプロファイルが、より明確になったのです。

客層が絞り込まれたラグジュアリー・クルーズには、世界周遊型で、季節に合わせた「多様な」寄港地・配船先に加え「船上体験環境」の充実さが、非常に重要であること。

すなわち、カリブ海などのゾーン型クルーズ運航を指向するカジュアルやプレミアム・クルーズとは異なり、ラグジュアリー・クルーズは、長期滞在のクルーズ旅行で「ワン・トリップ・ ツー・バケーション」の充実度を、 極限まで高める必要がある事が理解できたのです。 

滞在型体験には、食事等も含めた船上プロダクト とエンタテインメントの質や寄港地観光の充実度が重要な要素になるのです。

その充足感が、リピ ーター率を高めるのです。

運航における多様な寄港地と、その企画力、船上におけるクルーズ旅行者の充実した滞在体験、その結果であるクルーズ船客の満足度による判定が事業の成功の可否を決めると言っても過言ではありません。

長期滞在・体験型旅行の形であるがゆえに、船上での生活環境や、クルーズ船客が持つラ イフスタイル、そして、その旅行空間に存在する人間の織り成すケミストリーの「相性」が最も重要な要素を占めるのです。

「モノ」の質の良し悪しは、客観的要件の検証で、判断し易いが、ヒトが作り出す「サービス」 のクオリティーの基準は、受け手である顧客のライフスタイルによる「主観的基準」で判断される傾向も強い。

したがって、船上に於ける 人間関係・構成において、社会心理学的なサイコ・グラフィックの分析も必要になった。どのような生活環境を有した従業員がクルーズ船客に接するのが良いのかなどが、船上での旅行体験を演出する上で、極めて重要であり、これが顧客満足度に繋がる。

将来、企業として成長するための方向性は、2006 年以降のベビープーマー世代のコブにあり、それゆえ宮岡さん他、この基本設計の「長期展望」は正しいとの確信に至った。すなわち何とか、2006 年までに充分な船隊(最低三隻)を確保し、その後のベビー・プーマー世代を取り込み・成長する努力が必要であるとの判断でもあった。

新参会社として、このアグジュアリー客船の客層を押さえるには、2 つの分野での、既存のクル ーズ会社やクルーズ船客に対して、差別化・差異化を徹底して独自色を明確にして「WOW」(ワオ)と言わせる、独創的で積極的な方向付けが必要であることを認識した。

クリスタル・セレニティでのカウントダウンパーティ

既存のラグジュアリー客船との差別化


既存のラグジュアリー客船との差別化、その答えは将来の競争相手となる船社の分析を知ることです。

その上で、絞り込んだ客層にとって重要なものは何かを考え、新規会社としての既存会社との差異化・魅力度をいかにマーケットに伝えるかの答えを探求するのです。

何か顧客に与えるインパクトが必要であること。

新しい客層は、よりアクティブな船上生活を望む。 次世代のコンピューター・システムの導入。

船上での教養教室や良質のレクチャーも重要で、アメ リカ人クルーズ船客にとって、船上は「日常性」にあふれたもので無ければならぬ。アメリカの言葉(英語)・通貨(ドル)・ライフ・スタイル(ハンバーガーもある)の延長であるべきだ(ホーム・アウ ェイ・ホーム)。

非日常性は長続きしないし、飽きられるといった調査結果が出た。滞在環境の充 実 が他社とのデフェレンシェション(差別化)に最も大切な鍵となると判断していたのです。

ターゲットとする客層に、最も近い販売ネットワークにおける仕掛け。

その主要ターゲットなる客層に到達するまでの業界の仕掛け・ 関わりやカラクリを分析した上で、旅行会社のネットワークを味方に付ける必要があったのです。

特に、クルーズ初心者にとって旅行会社が与える影響、つまり共存共栄関係を強調、関係を確立することはとても大きいものです。

この様な差別化・差異化が、マーケットに周知でき、就航後のプロダクトが期待通りなら、この業界、特にラグジュアリー・マーケットでは旅行代理店・ クルーズ船客の口コミを通してブランド の浸透は早いに違いないと確信していた。

幸いな事に、各種の調査、旅行代理店網やクルーズのリピーターとの接触から、ラグジュアリ ー・クルーズの分野において、その当面の競争相手になるロイヤル・バイキング社が、必ずしも、 彼らから 100%の支持を得ていないことを知ったのです。

その理由は、 ロイヤル・バイキング社は、このラグジュアリー・クルーズ業界で、一人勝ちの状態で有ったが、 このクルーズ客船社を所有するノルウェーの親会社 3 社が、彼らの本業である海運業での不振で、 クルーズ業に対する意思の微妙な食い違いを生んでいたのです。

また、アメリカの事業推進の核である ウオレン・ タイタス社長の退社、それに加え、サービス自体がマンネリ化し他に競争がない事により、サービスが傲慢になりつつあるのです。

またリピーター比率が、高くなりすぎ、平均船客層が 65 歳を超えるほど高齢化している傾向があります。

時代の変化に対応できるような)新しい客を取り込む仕掛けに欠ける = 船上 における旅行商品開発力の陳腐化。人材の流失により、プロダクトに貫かれていたシステムが変容し、適切なサービス に対する訴求力に欠けているように思われるのです。

 彼らの親会社3社としての将来の展望が、不明確な事に対して、不安を感じていたし、 既に、船隊も老朽化しているにも拘らず次世代船隊像を、描ききれない所に、特に、旅行会社の多くは失望していたのでした。

当時、ノルウェーの親会社が同じくノルウェー資本である ノルウェージャンクルーズライン社から買収などを仕掛けられ、長期的な展望を開けるような環境でなかったのです。 

これらの調査を通して、私たちは、初期ブランドの構築には、下記が重要であると確認したのです。

旅行会社や将来の船客に対する認知 が最重要であるが、今まだ形に見えるプロダ クトがない状態では「誰が」このプロジェクトを推進しようとしているか、人材作戦を前面に出す。

ラグジュアリーマーケット進出の際、既存のブランドとの差異化がどこまで出来るかがポイ ントとの認識に至ったのです。

マーケットとの接点においては、旅行会社など販売網との共存共栄関係の構築が不可欠との結論を出していたのでした。

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