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バントの魔法

 野球ファンの永遠のテーマといえばなんだろうか。おそらく日本にプロ野球が創設されてから90年弱、色々な人達が色々な時代で、色々な環境下で談義を重ね合ってきたのだろう。今回はその中でも顕著に意見の分かれる、「バント必要論」について書いていくこととしよう。なお、今回はあらゆるバントの中から、俗に言う送りバントである「犠打」にハイライトを当てて書いていくこととしよう。

よそ(MLB)はよそ、うち(NPB)はうち

 もう20年ほど前の話だが、オークランド・アスレチックスがセイバーメトリクスを駆使してMLBの覇権を奪還した。この出来事は「マネーボール」という映画にもなり、これによって日本でも野球を統計学でデータ解析をする手法が浸透していった。このセイバーメトリクスの考え方は、2番打者に小技の上手い選手ではなく、チームでもトップの打棒を持つ選手を入れた方が効率的にチームが回るというもの。また、これとは別に打力がある一定の数値以下の選手以外が犠打を試みて、なおかつ成功しても得点期待値は下がるという研究結果も出ているようだ。現にMLBでも、ほとんど犠打をしないチームも増えているそうだ。最も犠打をしたチームでもアリゾナ・ダイヤモンドバックスの36個で、NPB最小のオリックスの半分以下という考えられない数字である。

 ただ、MLBはMLB、NPBはNPBだ。MLBには持って生まれたパワーのある選手がひしめいているが、NPBの日本人選手たち全員でビッグベースボールを、全球団で大味な野球を試みても大失敗に終わることだろう。MLBでは正解なことが、NPBでは不正解となることは往々にしてあるものだ。その最たる例が極端な守備シフトだ。MLBは、専ら引っ張り打ちをする選手に対して、流し打ち方向の守備を度外視にして打球方向に野手を集中させるという作戦が流行った(現在はルールで禁じられている)のだが、これはNPBでやるチームは全くなかった。ムキになってプレースタイルを貫き通すよりも、執拗なドラックバントを敢行し、内野安打をもぎ取られてしまうことは目に見えているからだ。従ってもしも犠打を全くしないチームが現れたとしても、併殺打に打ち取る投球の組み立てが確立され、NPBのレベルがまたひとつ上がることとなるに違いない。

データでは説明が着かない「揺さぶり」

 ここで改めて、犠打について考えてみよう。自軍のアウトをひとつ増やす代わりに、NPB程のレベルであれば6割から7割ほどの高い確率で走者を得点圏に進められるというリスクとリターンが同じほどある作戦である。前述の通り、データの下に考えると確かに非効率だ。ただ、バットを寝かせてバントの構えをすると投手一下内野陣は、その作戦を阻止せんとばかりに猛チャージをかけたり、その選手のカバーをすることとなる。これによって投手の神経がすり減ったり、内野陣が僅かに行き違い、それが大きな失策に繋がることがある。それによって好機が絶好機となることもあるのだ。

 この間の選手達が見せる表情や一挙手一投足を見るだけでも、その日のチケット代の元は取れるのではないか。それだけ、緻密で見応えのあるものである。ただ、これだけ魅力的な瞬間がMLBにはないことが残念でならない。1番から9番までの全ての打者が本塁打を狙いにフルスイングをするという野球は、あまりにも無機質であまりにも品がない。やはり野球は、スポーツを超越した人間の知恵合戦があってこそだ。「MLBではこうしているから」や、「セイバーメトリクスではこうだから」というような安直な考えだけで、90年の歴史の中で紡いできた緻密な日本野球を蔑ろにするような人とは関わりたくないものである。

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