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4/12『いざ、ナマステ』~未知子の未探索日記~

「常連」に憧れている。
「行きつけ」では、事足りないものがある。
客である私側からして、「頻繁に行く店」ではなく、
お店の方側からして、「頻繁に来る客」でありたいのだ。

「いらっしゃい。今日は早いね」
「おやっさん、こんにちは。いつもの」
「あいよっ!」
というやつ、である。

つまり、頻繁さを、客と店の双方向で認識している場合にのみ、『常連』の尊号を賜りうるのである。
相手の名前や職業、どこに住んでいるかなんて、何も知らないのに、
ただ相手の食の好みと、働きぶりだけを知っている。
そんな、社会的な見栄や損得に邪魔されることのない、緩やかな関係性に憧れるのだ。

何はともあれ、私は昨日、「常連」の座を狙っているインド料理店へ行った。まだ、二回目だ。それも、花粉症で出不精になったせいか、一週間以上の間が空いてしまった。
常連客への道のりは遠い。

まろやかな女性の歌声が鳴り響く店内は、ゾウ柄のタペストリーに、手毬サイズに収まった黄金色の仏陀像、片足のシヴァが目まぐるしく踊る絵画、色とりどりの物品に敷き詰められ、乱脈をきわめている。
無秩序なインテリアにも、鬼気迫った信念が存在する店内は、案外心地よい。

カレーAセット(しかまだ頼んだことがない)を平らげたのち、会計で店員さんのタブレット操作を待っているとき、ふとレジ横のポスターに、ボリウッドダンスの文字を見た。

ボリウッド映画は、見たことがある。
まろやかな旋律に合わせて力強く歌い上げるインド音楽に合わせ、ロマンチックさとセクシーさを、コミカルにパワフルに表現し切ったダンスシーンは、圧巻だった。

あれを、我々日本人が踊る?

考えたこともなかった。

私は、常連客になるぞという宣戦布告も兼ね、店員に話しかけた。
ぷくりとした頬を膨らませて、笑顔で応えてくれた男性店員は、小さなチラシを指さした。
チラシには、明日の日付と、近くのカルチャースクールが会場であることが書かれていた。
カルチャースクールとなると、私のような若輩女は目立つだろう、ということは、なんとなくの予備知識で想像できたが、そんなことはどうだってよいだろう。
ひとまず、行ってみるしかない!
私は、気持ちを奮い立たせた。

動きやすい服装など持っていない私は、中途半端にダボついたTシャツと、修学旅行のパジャマがわり、といった風情のある丈不足のジャージのズボンを履いて、堂々とカルチャースクールの会場に向かった。

案の定、生徒はことごとく、おばさまたちばかり。
通常なら働くなり、学問をするなりすべきな若い女が、平日のカルチャースクールにのこのこやって来たことを、誰も問いただすことはなく、優しく迎え入れてくれた。

爆音のビートで腰を弾ませ続けなければならないヒップホップダンスや、聞き取れるようでよく分からない韓国語に頭が混乱するKPOPダンス(注:私の知識はいずれも机上のものであって、踊ったことなど、あるわけがない)とはまるで違っていた。
そもそも、ヒンディー語なんて一音も聞き取れるわけもない。なめらかに耳を流れていく楽器のような歌声が、耳に響くビート音のない優しいリズムに乗っている。
楽しい。
見よう見まねで、何がなんだか分からないけれど、
先生の動きを真似するだけで、インドだ! という感想を抱く。
気後れすることなく、コミカルで、パワフルな自分になっていく気がする。
これは、楽しい。
たまに登場する合掌ポーズや、「チンムドラー」と呼ばれる親指と人差し指をまるくくっつけた手の形など、文化的なアイコンも分かりやすい。

私はその日、インド料理店より先に、
カルチャースクールの常連になることを決め、入会申込書にサインをした。


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