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ショートドラマ脚本『雨空を見上げて』

ふたり暮らしの母娘。
雨の日の翌朝、娘は旅立ちへ・・・

【人物一覧表】
松本 陽子(52)(45)主婦
松本 絵美(23)(16)陽子の一人娘 島田電機アルバイト
島田 周(60)島田電機社長

〇松本家・絵美の部屋(朝)
松本陽子(52)、カーテンを開けると、朝日が部屋に差し込む。
陽子「晴れてるよ」
カーテンの下のベッドで寝ていた松本絵美(23)、目を覚ます。
絵美「……おはよ」
陽子、しゃがんで、ベッドで寝る絵美の顔を覗き込む。
陽子「おはよう。眠れた?」
絵美「うん。どうしたの?」
陽子「どうもしないけど。今日ぐらいいいじゃない?」
絵美「うん……今日最後だもんね」
陽子「ね?」

〇同・居間~台所(朝)
食卓に朝食が並んでいる。
2階からゆっくりと降りて来る絵美、足取りがふらついている。
陽子「はい」
陽子、台所から絵美にお茶を差し出す。
絵美、差し出されたお茶と食卓を見て、
絵美「……いいの? 朝は自分でやらなきゃ」
陽子「いいじゃない。今日まで頑張ってきたんだから」
絵美「……うん、そうだね」
絵美、壁際でしゃがみ込みお茶を啜る。
陽子、空の湯吞を受け取り、絵美が立ち上がるのを支える。
食卓につく陽子と絵美。
陽子「一人だと、シリアルかバナナじゃない? 今日は里帰りの気分で、ゆっくり味噌汁とご飯を食べてほしくて」
絵美「行く前から里帰り?」
陽子「たまにはいいでしょ。何にも喋らないお父さんとばっかり、朝ごはん食べてるの、お母さんも寂しいもん」
絵美「(微笑み)そっか、それはごめん……いただきます」
絵美、味噌汁を飲んで、微笑む。
絵美「おいしい」

〇スーパー・店内
肉売り場を見る陽子と絵美。
陽子が持つ買い物かごは、一杯になっている。
絵美「さすがに重くない? やっぱり持つよ」
陽子「一人でやらなきゃいけなくなるのはお母さんも一緒なの」
絵美「今日は特に重いじゃん」
陽子「だって! 最後にいっぱい好きなもの食べさせたいって思うからさ」
陽子、高い肉のパックをカゴに入れる。
絵美、肉のパックを売り場に戻して、
絵美「これはいいよ、私が好きなのは、いつも通りに作ったやつだもん」
陽子「えー、そう?」
絵美「そう! こっちで良い」
絵美、安い肉を手に取り、陽子を連れてレジの方へ歩いていく。
レジに並ぶと、高齢の客ばかり。
絵美「平日のド昼間なのに、若い女の子がお母さんのお買い物について来てるなって、思われるのも今日で最後か」
陽子「え、そんなこと考えてたの?」
絵美「だって、浮いてるもん。昔は、不登校って思われてるだろうなって思ってて、最近は、ニートって思われてるだろうなって思ってた。事実だから、しょうがないけど」
陽子「でもこれからは大丈夫だよ。平日は毎日お仕事になるんだから」
絵美「そうだよね、平日お休みだったら、ラッキーって感じで堂々と歩けるもんね」
レジの順番が来て、陽子がカゴを置く。
店員「お会計ご一緒でよろしいでしょうか?」
絵美「あ、はい」
後ろにいた絵美、手に持っていた肉をレジに置く。
絵美「(小声で陽子に)初めて聞かれた」
陽子「ね」

〇松本家・絵美の部屋
絵美、スーツケースをパンパンに詰めながら、部屋を見渡す。
絵美「もうこれでオッケー……」
カーテンレールにかかっている壁飾りが目に入る。雨の雫のような形のガラス細工と、虹のタペストリーが吊るしてある。

〇(回想)同・絵美の部屋
窓の外は土砂降りの雨。
ハンガーラックには制服、床には学生カバンと教科書が散らかっている。
窓の外の雨を見ながら、ベッドで布団に包まれて泣いている絵美(16)。
絵美「ごめん、また行けなかった、ごめん」
陽子(45)、急いでカーテンを閉める。
陽子「雨は見なくていいの」
陽子、絵美の背中をさする。
陽子「大丈夫、今日は雨だから辛いんだよ。明日また頑張ろう、ね?」
絵美「明日は行くから……ごめんなさい……」
陽子「ううん、大丈夫。絶対大丈夫だからね」
陽子、絵美の背中を懸命にさする。
×    ×    ×
暗い部屋で絵美、泣き疲れて寝ている。
陽子、絵美を起こさないよう、カーテンレールに壁飾りを取り付ける。
陽子、寝ている絵美を見つめ、
陽子「ごめんね。やっぱり明日も行かなくていいから。おうちに居ていいからね……」
絵美、薄目を開けて、聞いている。

〇同・元の絵美の部屋
絵美「(懐かしく微笑む)……」
絵美、虹のタペストリーを壁飾りから外し、スーツケースに入れる。
窓の外、雲行きが怪しい。

〇同・居間
絵美、カレーうどんを啜る。
絵美「うんまーい」
絵美、陽子、向かい合って食べている。
陽子「今日はお肉増量だから、おいしいでしょう」
絵美「うん、いつもおいしいけど」
陽子「ふふ、なんか懐かしくなっちゃった。ちょっと前までは、こうやって、毎日二人でご飯食べてたんだよね」
絵美「懐かしくないよー」
陽子「絵美が職場でご飯食べられるようになったのは嬉しいことなんだけど、お母さん的にはちょっと懐かしいんだよ」
絵美「……そうなんだ」
陽子「そうだ、一人でもカレーうどん、作ってね。いつもの出汁に、ルー入れるだけでもいいんだからね」
絵美「……うん」
陽子「一人分作るのがめんどくさい時は、沢山作って冷蔵庫に入れておくんだよ。それか、カレー作って出汁で薄めるっていう手もあるからね」
絵美「(微笑み)何回も聞いたのに」
陽子「あ、そうか。つい」
絵美「……心配?」
陽子「うーん……心配だけど、社長は信頼できるから。絵美も、ここ数年本当によく頑張って、働けるようになって。もう絵美が大丈夫だから正社員になれるわけだし」
絵美「うん、大丈夫。心配しなくても、たまに帰って来るから」
陽子「1週間で里帰りしないでよ?」
絵美「しないよ。新生活に手一杯でお母さんのことは忘れてると思う」
陽子「その方がいいわ。あ、お母さんパート行ってる間に、荷物ちゃんと確認しておくんだよ」
絵美「分かってる。もう確認したけど、心配ならもう一回します」
陽子「よろしく」

〇同・表の道(夕)
陽子、自転車で帰って来ると、雨が降り出す。
陽子「雨?」
何だか嫌な予感がした陽子、急いで家へ駆けこむ。

〇同・絵美の部屋(夕)
布団に包まれて寝ている絵美。
駆け込んできた陽子、絵美の姿が7年前の情景と重なる。
陽子「(動揺して)……大丈夫?」
絵美「……うん」
陽子「どうしたの?」
絵美「うーん……なんか……」
陽子「何か不安になってきた?」
絵美「だってさ、今日久しぶりにお母さんとゆっくりしたら……一人になるって思うと……」
陽子「そっか……最後だからといって、あれこれやりすぎちゃったかな。いつも通り過ごして、送り出してあげれば良かった……ごめんね」
絵美「懐かしいって言ってたでしょ。私も思っちゃったの。一人でご飯食べるのも、職場で食べるのも、慣れてきてたけど……」
陽子「無理してやってたんだもんね」
絵美「……会社の寮じゃなくて、やっぱり家から通っても良いかなって……」
陽子「うん、無理しなくていい。家にいていいよ。しっかり外で働くんだから、何にも恥ずかしいことない」
絵美「うん……」
陽子、カーテンのところに虹のタペストリーがなく、スーツケースに入っているのに気付く。
陽子「あれ持っていくの? 邪魔じゃない?」
絵美「邪魔じゃないよ、無いと眠れないの」
陽子「そんなことないよ。絵美は、もう一人でも眠れる」
絵美「うーん……」
陽子、部屋から出て行く。
急いで起き上がる絵美。
絵美「どこ行くの……ねえ、お母さん?」
すぐに戻ってくる陽子。
ほっとする絵美。
陽子は雨傘をモチーフにした壁飾りを手に持っている。
絵美「……それ」
陽子「絵美は虹が良いかなあと思って。こっちはお母さんの部屋に付けといた」
陽子、カーテンレールに取り付けると、雨傘の壁飾りが揺れる。
陽子「私も、これ無いと眠れなかったな」
絵美「……」
陽子「絵美、もう一人で寝れるよ。一人でやれる。さっき、家に居て良いって言ったけど、あれ嘘。やっぱり、寮に住みなさい」
絵美「(俯いて)無理だよ」
陽子「約束したでしょ、顔を上げる。気持ちを自分で下げたらだめ」
絵美、顔を上げ、陽子を見る。
陽子「今日は多分、お母さんの方が寂しかったの。絵美ちゃん離れて行っちゃうから、色々やってあげたくなっちゃって」
絵美「そんなことないよ。私が……」
陽子「思い出して。もうここ以外に、居場所があるでしょ? 迎え入れて、一緒に仕事しようって言ってくれる人がいて。一緒にご飯食べられる人たちがいる」
絵美「……うん」
陽子「絵美が自分で挑戦したいと決めたことだから、お母さんは最後まで応援する。でも、いつでも戻って来たらいい。雨の日は、お母さん、傘さして迎えに行くもん」
絵美「……うん」
陽子「私が寂しがっちゃって、ごめんね」
絵美「うん……(微笑んで)許してあげる」
陽子、ベッドの上で絵美を抱きしめる。
陽子「かわいいね。絵美ちゃんは、世界一かわいいの。胸張ってよ。お母さんのことは、置いて行っちゃって。お母さんまだ、よぼよぼにはならないもん」
絵美、陽子の腕の中で、ふっと笑う。
陽子「(涙をこらえ)パートから帰って来たら、絵美ちゃんが死んじゃってるんじゃないかって何度も思ったんだよ。生きててくれて、ありがとね」
絵美「お母さんも、ありがとう」
陽子、絵美の頭を勢いよく撫でる。
絵美、くしゃくしゃの髪で微笑む。
絵美がカーテンをめくると、夕暮れにうっすら虹が見えている。
雨傘の壁飾りが揺れる。

〇同・表(朝)
小雨が降る朝、玄関を出る絵美。
絵美「結構降ってるな」
陽子「荷物濡れるね、やっぱり送る?」
絵美「大丈夫。行ってきます」
陽子「そう……行ってらっしゃい」
絵美「頑張ってくるね」
陽子「うん」
傘をさして、スーツケースを引いて歩いていく絵美。振り返らない。
陽子「(心配そうに)……」
振り返る絵美。
陽子、駆け付けそうになるも、止まる。
絵美「お父さんと、仲良くね!」
陽子「(そんなことか、と)……うん」
絵美、再び歩いていくと、島田電機と書かれた営業車が横に止まり、島田周(60)が運転席から顔を出す。
島田「降ってるねえ」
絵美「社長!」
陽子「(独り言で)あら、わざわざ……」
陽子、車に荷物を載せる絵美を家の前から見ている。
島田、陽子の方に会釈し、陽子も一礼。
車はすぐに角を曲がり、見えなくなる。
陽子「……」
ポケットのスマホが鳴る。
絵美からのLINE、「うさっぴの靴下忘れちゃった! 週末取りに帰る!」。
陽子「(くすっと笑い)ゆっくり行こっかね」
陽子、軽い足取りで家に入っていく。

(了)

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