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日常を3日間タイムループさせたら、74歳に娘ができた


先日、私は神楽坂でタイムループした。

タイムループっていうのは、「物語の中で、登場人物が同じ期間を何度も繰り返す」というもの。これに憧れていた私は、自分の手でちょっとだけ、ループさせてみた。妄想でもSF小説でもない。至って日常的な一日を、3回繰り返した。

そうしたら、とある74歳の女性に娘ができた。
ひとりじゃない。ふたりもできた。

何を言っているのかわからないと思うので、その3日間にしたこと、起きたことを、順を追って書いてみます。





8月のある日。
大切な用事とお仕事があり、3日間ほど神楽坂で過ごすことがあった。はじめて訪れる街だった。名前通り、至るところに坂がある街。朝、誰もいない坂道を見下ろしたら、駆け降りたい気持ちになった。「時をかける少女」を思い出した。

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「時をかける少女」はタイム“リープ”だし、あのようにはいかないけど、タイム“ループ”なら……「同じ日を繰り返す」をしてみたいと思った。同じ時間・同じお店で・同じメニューを頼み続ける。それだけ。何かが起きるかもしれない。起きなければそれでいい。

(世の状況的にあまり出歩けないので、混まない時間帯に、滞在するホテルから徒歩10分圏内…と決めた)


とにかく、ここのところ生活がぴりぴりしたり、忙しかったので、何でもない日常を、よく見たかった。日常の中にきっとひそんでる、非日常を見つけたかった。



「喫茶フォンテーヌ」1日目


朝9時前。
朝ごはんを食べるために、周辺を散歩。滞在するホテルから、最寄りの神楽坂駅まで来ると、駅への階段の真隣に、気になる喫茶店を見つけた。

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少し覗くと、相性を問いそうな、古いビルのにおいがする。入口は地下へと続いてて、中が見えない。正直入りにくい店構え。ちょっとだけ不安。でも気になる。

不安は、知らない要素が多いときにやってくる。お店の名前で検索。レビューが良い。さらに、能町みね子さんが、ここのミルクセーキを飲んだエッセイも見つけた。絶対大丈夫だ。私は階段を降りた。

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お店に入ると、小さなカウンターキッチンにひとり、おじさんがいた。私に気づいていない。まだ準備中だったかな?

「すみません」
おじさん、やっぱり気づかない。

「すみませーん!」
おじさん、やっと気づく。

「あの、やってますか…?」
無言だった。けれど、やさしい顔と丁寧な仕草で、手のひらを上にして、店内をくるっと指した。

ボックス席のようになった隅っこに座る。手作りのメニュー表は、写真の切り抜きを並べて、ラミネート加工している。かわいい。

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「すみません」
またまたおじさんは気づかない。

「あ、すみません」
おじさん、気づく。
おじさん、近くに来る。
私、注文する。

「ホットコーヒーと、たまごドッグを、1つください」


ほんとの名前は「たまごロール」だったけど、隣に書かれたホットドッグと混じって、「たまごドッグ」と言ってしまった。でもおじさんは「たまごロールですか?」と正すことなく、「はい」と言って戻っていった。


スクランブルエッグを焼く、いいにおい。まもなく、コーヒーとたまごドッグが運ばれた。

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私の注文を出し終えたおじさんは、テレビを付けて、ランチの仕込みをはじめた。おじさんとの会話はなく、私以外の誰も入ってこなかった。テレビと調理音だけの1時間。すごくゆっくりと流れた。

最後、レジでお金を払うと、いろんな種類のキャンディが入ったカゴを出してくれた。レモンキャンディをひとつ取った。

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「和田写真館」1日目


喫茶店を出て、レモンキャンディを口の中で転がしながら、神楽坂を下った。路地という路地を覗きながら歩いていると、「和田写真館」という看板が見えた。私の父は写真家だ。思わず、路地へ曲がった。

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写真館の前のベンチに、おじさん……いや、おじいさん?が座っていた。こっちを見ている。

目が合っているような気がしたので、ぺこっと頭をさげた。反応がない。近くまで寄ると、私ではなく、道のずぅっと向こうを眺めているだけだった。ちょっと恥ずかしくなって、そのまま通り過ぎ、角を曲がって、メイン通りへ戻った。

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太陽の強さに負けそうになってきたので、ホテルへ戻る。ホテルは「UNPLAN神楽坂」というところ。知り合いづてに紹介され、ワーケーション的に滞在している。快適。(いつかちゃんと紹介したい)

「あやさん、おかえりなさい」と、スタッフのお姉さん。東京って普段はそわそわするけど、今回はそれがない。たぶん、神楽坂という街の雰囲気と、すぐに名前を覚えてくれたお姉さんのおかげ。

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日が落ちたので、また神楽坂を散歩しに出た。

歩いていると、さっきの写真館がある路地に、おじいさんがまだ座っていた。とても気になるので、今度は目の前まで行って、話しかけてみた。

「こんにちは。ここは写真館ですか?」
「ん?はい、そうです」
「和田写真館…えっと、じゃあ、和田…さんですか?」
「はい。和田です」
「あっ、島田です」

……変なところで会話が終わってしまった。ので、会釈をして去り、角を曲がって、メイン通りへ戻った。

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「ビューティ サロン ジュン」1日目

夜。
ホテル付近のコンビニに行くと、「ビューティ サロン」と書かれたレトロな看板が目に入る。ビルの2階。いつもなら素通りするけれど、上がるだけ上がってみようかな。それに今日はよく汗をかいた。シャンプーだけでも、してくれるかな。

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「すみません、お店やってますか」
「あら!8時までなの、今閉めるところなのよ。どうしたの?」

私の母より年上かな、という感じの女性。

「えっと、シャンプーだけしてもらいたくて。明日は何時からですか?」
「9時からよ。でもあなた、今したくて入ってきてくれたんでしょ?」
「えっ、ああ、はい」
「そしたらしてあげるわよ」

その方は、持っていた鞄を置いて、歌うように明るい声で言った。
「どうぞ入って、好きなところ座ってて。すぐ準備するわ」

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広い店内に、椅子がたくさん。鏡も、天井から伸びるドライヤーも、かなりレトロ。カベに貼られたポスターも、いつのなんだろう。

「おまたせ!」
「すみません、閉めるところだったのに」
「んーん!声かけてくれて良かったわ。さ、洗いましょう」


美容院って、はじめてのところに行くと、だいたい「お仕事何されてるんですか?」と聞かれる。でも、この方は私のことはあまり聞かず、ガシガシとシャンプーをしてくれた。それがなんとなく、心地よかった。

「こんなとこ、よく上がってきてくれたわね。ありがとう」
「看板が可愛いし、気になって。お店の名前の『ジュン』っていうのは、下のお名前ですか?」
「そうよ。順子っていうの。お名刺渡すわね」

名刺をいただき、私も名乗った。何も言わずに明日も来ようかな、とも思ったけれど、美容院なので、「明日の夜も、シャンプー予約したいです」と言った。

ホテルまでの少しの道のり、髪が夜風をそよいで、気持ちよかった。そのままベッドに入って、ぐっすり眠った。

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「喫茶フォンテーヌ」2日目

朝9時前。
朝ごはんを食べるために、周辺を散歩。神楽坂駅への階段の真隣に、喫茶店がある。昨日は気になるお店だったけど、今日からはお気に入りのお店。

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入ると、小さなカウンターキッチンに、今日もひとり、おじさんがいた。「すみません」……と言う前に目があって、おじさんは一瞬「あれ?」という顔をした。この反応、ちょっとうれしいな。

今日も隅っこに座る。そして、昨日と同じように「ホットコーヒーと、たまごドッグを、1つください」と注文した。


まもなく運ばれたコーヒーとたまごドッグ。同じアングルで撮って、比べてみた。ケチャップのなみなみ、昨日よりもちょっと、ガタガタだった。昨日よりもちょっと、おいしく感じた。

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今日もおじさんとの会話はなく、私以外の誰も入ってこなかった。同じように、ゆっくりと過ごす1時間。レジではやっぱり、キャンディのカゴを出してくれた。レモンキャンディをひとつ、いただいた。

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「和田写真館」2日目


喫茶店を出て、レモンキャンディを口の中で転がしながら、同じルートで散歩する。今日は写真館の和田さんいるかな。路地に差し掛かり、ワクワクしながら覗く。

いた。

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「和田さんこんにちは!」
「どうも、こんにちは」
「あのね、お昼ごはん、どこかいいお店ありますか?古くからあるところがいいです」
「んー、じゃあ毘沙門さんの前の『鳥茶屋』かな」

おすすめの『鳥茶屋』へ。とりすき丼、おいしい。タイムループ中なので、明日も食べるかどうか迷った。……まあ、これはいっか。ごちそうさま。

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同じく一旦ホテルに戻り、お仕事をする。そして夕暮れ、また神楽坂を散歩する。足が道を覚え始めている。

例の路地を覗くと、やっぱりまだ和田さんが座っていた。タイムループしてるのは、和田さんの方なのではないか、と思ってきた。真相を確かめに、また近づいて話しかけた。

「ずっと座ってはるんですね」
「暑いから出たり入ったりだけど、基本的にはね」
「どうしてでですか?タイムループですか?」
「?? いや、パトロールだよ」

時空警察か。予想の上をいっていた。妄想炸裂中の私の顔を見て、和田さんはベンチから立ち上がり、話し始めた。

「この辺は寺や神社がいっぱいあるでしょ。昔は皇室の人達もよく来てたの。でね、そのときは警備隊がすごいんだよ、ズラーッと。けれど、俺もずっとここにいるもんだから、いろんな人と仲良くなって、和田さんも警備してくださいよ、なんて頼まれちゃってさ」

「そんな事あるんですか!」
「ハハハ。ちょっと待ってて」


和田さんは店の中から、警備帽と赤い棒を持ってきた。一瞬だけ開いたドアの隙間から、懐かしいにおいがした。


「昔、この辺の路地は暗くてさ。女の人ひとりだと危ないし、酔っ払いとかも迷い込んだり。だから暇なときはずっと電気つけて、ここに座ってるの。まあ、今は店も増えたけど。でもさ、やっぱ路地って、人の気配があるのとないのとは、気持ちが違うでしょ」

和田さんは誇らしそうだった。私の父も写真家だ。しかも今は警備をしている。父は「撮るプロだったけど、今は守るプロだ」と自分のことを言っていた。和田さんはきっと、神楽坂を守るプロだ。



「ビューティ サロン ジュン」2日目


夜。
昨日シャンプーをしてもらった、順子さんのところへ行く。「順子さんのところへ行く」という言い方が、なんか早くも常連さんになった気持ち。ビルの2階へ上り、ドアを開ける。

「こんばんはー……え、順子さん、可愛い!」

昨日はTシャツを着ていた順子さん、今日は赤と白のストライプの、おしゃれなブラウスを着ていた。

「昨日おたくと喋ったでしょ。あれから若い頃のこと思い出しててさ。久しぶりに、あなたくらいの時に着てた服を引っ張り出してきたの。ヘンじゃないかしら?」

ヘンじゃないです、めちゃくちゃ可愛い。お世辞じゃない。本当に可愛い。

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「あ、そうだ。おはぎ食べる?」

おはぎ?笑

「隣のセブンさんのだけど。つぶあんとこしあん。いつも迷って、どっちかにするんだけど、今日はあなたが来るから、はんぶんこできる!って思って、さっき両方買っちゃった。良かったら召し上がって」

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あったかいお茶まで、おいしくいただいた。そして、今日もガシガシと洗ってもらう。

「順子さん、何年前からここをされてるんですか?」
「自分のお店は、40年以上になるわね」
「お客さんはどんな人が多いんですか?」
「昔は、このへんで夜のお仕事をするお客さんがセットしに来たりね。それが今は、頭に手が上がらないから、って来てくれるわね。フフフ」

神楽坂の街のこと、お店の歴史、たくさん教えてもらいながら洗ってもらった。

「順子さん。あさっての朝に神楽坂を発つんですけど、明日の夜も、最後にシャンプー予約、したいです」
「まあ、ありがとう。待ってるわね」

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「喫茶フォンテーヌ」3日目

せっかくなので、最終日は友人を連れて、いろいろ撮ってもらいました。

朝9時前。
喫茶店のおじさんも、写真館の和田さんも、美容院の順子さんも、今日で最後だ。まずはおじさんのところへ、モーニングをしにいく。「今日もあの子、来るんだろうか」そう思ってくれてるといいな。

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昨日と同じ時間、喫茶店の階段を降りる。キッチンにおじさん。こっちを見て「どうぞ」という仕草をした。昨日は驚いてたけど、今日は驚いてない。そしてもうひとつ、昨日までと違うことがあった。奥におばさんがいた。

今日はメニュー表を見ずに、席についてすぐ言った。
「ホットコーヒーと、たまごドッグ1つお願いします」

すると、おばさんだけが「はあい」と言った。そしておばさんがおじさんに「ホットコーヒーと…」と伝えた。すかさずおじさんが「たまごロールかな。確か、昨日も一昨日も、そうだった」。

おじさんが私を見て、言った。「ごめんね。ぼくね、耳がだめなんだ。近くじゃないと、全然聞こえないんだ」何となくそうかな、って思ってたけど、やっぱりそうだったんだな。

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コーヒーを飲み終わる頃、お客さんが来た。その人もホットコーヒーを頼んでいた。もうひとり来た。レモンスカッシュを頼んでいた。最後だし、お手紙を残そうと思った。手渡しは照れるので、小さなカードにメッセージを書いて、テーブルにこっそり置き、そのままレジへと向かった。

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お会計は、おばさんがしてくれた。カウンターに置かれたキャンディのカゴを覗き込む。あれ、レモンキャンディがない。

と思っていると、おじさんが隣に来て、レモンキャンディを2つ、私の手に置いた。

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「和田写真館」3日目


レモンキャンディを口の中で転がしながら、写真館の和田さんに会いに行く。今日もいるかな。いたいた。

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「こんにちは」
「おう、こんにちは」

和田さんの隣に立って、ずっと気になっている写真館の中を覗く。

「入っていいよ」
「え、いいんですか!」
「散らかってるけどな」

写真館の中に入れてもらった。

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「俺が撮ったの、見るか?」
「え!見たい」

何冊もある分厚いアルバム。ひとつ受け取って、表紙を開く。


『川端康成氏』

えっ?
かわばたやすなり???

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ページをめくる。三島由紀夫、五木寛之、五月みどりもいた。

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「すごい方ばっかりじゃないですか!」
「ヘヘへ。神楽坂で対談の取材なんかがあると、僕が呼ばれて撮ってたのよ。神社のお参りの様子なんかもね、専属で付いたの」

「この人も有名な人?」
「ああ、それはふつうのお客さん。でもこの人も、もういいおじさんだろな。俺よりは若いだろけど」

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「撮った人たち、いない人も多いよ。仲が良かった同級生も、ほとんどみんな、先立っちゃったな」

和田さんは86歳だった。
和田写真館は146歳だった。



「あの、和田さんを1枚撮らせていただけませんか。この写真館で」
「お、撮ってくれるの?うれしいね」
「警備の帽子、かぶりますか?」
「よし、かぶろうかぶろう」



自分の持っていた
カメラで、和田さんを撮る。

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「もうちょい下から撮って、スリッパは切っちゃったほうがいいな。笑」
「そうですね。笑」

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もう一度、撮る。
「うん。なかなかうまいな」

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和田さんも順子さんと同じように、いろいろ話してくれた。神楽坂での暮らし、これまでの仕事のこと。自分の暮らしや仕事のことも、振り返りながら話した。そしたら、すごくおなかが空いてきたので、さよならをすることにした。

「来てくれて、ありがとうね」
「こちらこそありがとうございます。すっごく楽しかった。写真、プリントして送ります」
「楽しみに待っとくよ。元気でな」

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「ビューティ サロン ジュン」3日目


夜。

「順子さーん」
「はあーい!どうぞー」

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椅子にかけて、一息つく。そして、シャンプー台へ移り、座る。
「今日が最後なのね。さみしくなるわ」

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シャワーが止まる。タオルで頭を包んでもらう。シャンプー台の背もたれが起きる。なんか、変な気持ち。私もさみしい。そして愛おしい。


少し沈黙があった後、順子さんが言った。
「ねえ、あなたお食事は済んでる?」
「いや、まだ食べてないです」
「私もまだなんだけど、一緒に食べに行かない?」
「え!いいんですか?」
「こんなおばあさんで良かったら」
「とんでもない、すごくうれしい」


順子さんがお店を片付ける間、店内を改めて、ゆっくりと見渡す。たくさんの人に愛されたサロンなんだろうな。写真だったり、飾ってあるものから、過去に10人以上のスタッフがいたことが分かる。

「もう私だけ。でもひとりでもお客さんが来てくださるあいだは、開けてるの。今回みたいなこともあるんだから、続けてて、よかったわ。」

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夜ご飯は、とんかつを食べた。

「ごめんなさいね、いろいろお店あるんだけど、とんかつ食べたくなっちゃって。サラダもおみおつけも、おかわり自由よ」

順子さんは面白い。74歳。だけど、チーズが入ったとんかつもぱくぱく食べるし、辛いトムヤンクンも食べるらしい。「映画も好きよ。ホラーとか気持ち悪いのとかも大丈夫。でもラブロマンスは絶対見ない。私、ラブ系はだめなの。あと、24(トゥエンティーフォー)もハマったわね」

『ラブ系はだめ』については、そのあとも何回か言っていた。なんかあったんだろうな。



ご飯のあと、少し散歩をした。夜風に当たりながら、順子さんとふたりで神楽坂を歩いていると、母と、おうちまでの道を歩いてるような気持ちになる。雰囲気は違うけど、私の実家も、坂道がたくさんある街。

歩いていると、順子さんはいろんな人に声をかけられている。飲み屋のお兄さんも、声をかけた。

「あれ、今日は遅いんですね」
「そうなのよ、ちょっと、娘とお食事してたの」

順子さんは私を見て微笑んで、
「ほんとに、娘ができた気分」と言った。


善國寺の『毘沙門さん』の前まで来たとき、ふと順子さんが止まった。

「毎日ここの前を通るんだけどね、この3日間は、あなたのことお願いしてたの」そして順子さんは、毘沙門さんに頭を下げた。

「あなたが無事、おうちに帰れますように。」

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順子さんと別れて、ホテルに戻る。さみしい気持ちだったけど、電気が灯っているところに帰ってくると、とてもホッとした。

「ただいまー」
「おかえりなさい」
いつものお姉さんがいた。

「今日もシャンプー、行ってきたんですか?」
「はい。最後だったんで、ごはん一緒に食べました」
「えーいいなあ!私も行ってみたい……朝ってやってるかなあ」
「9時からあいてますよ。良かったら一緒に行きますか?」
「ほんとですか!?」


なんと、ホテルのお姉さんと一緒に、順子さんのところへ行くことになった。


そして翌朝。

「順子さん、おはようございます!」
「あら!おはよう、寄ってくれたの?」
「今日は友達つれてきました!シャンプーお願いできますか?」

順子さんはにこにこ笑って
「まあうれしい!娘が増えちゃったわ!」と言っていた。

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先日、私は神楽坂でタイムループした。妄想でもSF小説でもない。至って日常的な一日を、3回繰り返した。同じ時間・同じお店で・同じメニューを頼み続ける。それだけ。

そうしたら、74歳の順子さんに娘ができた。
ひとりじゃない。ふたりもできた。


「日常」はいつも、目の前をすごいスピードで通り過ぎていく。この3日間も、ある種、日常の繰り返しだった。けれど、神楽坂で暮らす時間は、いつもよりもゆっくりで、日常をよく見渡せた。日常のゆたかさがよく見えた。そしたら、いろんなことが起きていた。

やっぱり、日常の中に、非日常はひそんでた。

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[2020.10.4追記]
後日談を書きましたー!


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