3-Bの「パシリ」は世界一かっこいい
うちのクラス、3年B組では、
一見すると「パシリ」のようなことが起きていた。
でも、それは「パシリ」という言葉を調べて出てくるものとは全く違う、一人の男子高校生による、素敵な行為だった。
久しぶりのnote。久しぶりすぎるnote。
今日は、高校時代の思い出話をします。
3-Bの「パシリ」のかたちは、私の中で、世界一かっこいい。
そんな話です。
・・・
「浅く広く」という、友達付き合いの言い方があるけれど、私はまさにそうだった。ほどよく浅く、めっちゃ広い。で、めちゃくちゃに深い人がほんの少しだけ……という感じ。
その浅瀬の中に、彼はいた。
あだ名は「ロビン」。
クラスの中では、大人しいタイプの男子。ひょろんとしてて、背丈は低い方。幼い顔つきだけど、声は渋い。
で、ここからが「ロビン」というあだ名の由来なんだけど、彼は色素が薄かった。髪は茶色くて、肌は白くて。きょろんとした目は少し眠そうで。「親父がイギリス人で…」と言われれば、みんな信じる感じ。あ、そうだあの、ハリー・ポッターの「ロン」に似てた。ちなみに、当時はちょうど『炎のゴブレット』がやってた頃かな。
まあそういう具合で、誰が付けたのか、外国人のイメージで「ロビン」というあだ名だった。
そんなロビンにはいつも、
2限目が終わった後に、必ずやることがあった。
3限目がはじまるまでの「10分休憩」の間。
まず、彼は制服のポケットから、名刺サイズの小さなメモ帳を取り出す。無印の筆箱からドクターグリップも出す。そして、教卓の横まで行って、教室のみんなに向かって低い声で言う。
「ジャポいる人」
この呪文のような言葉をロビンが唱えると、だいたい4〜6人くらいの生徒が手を挙げて、「俺◯◯!」「私は△△!」などと口々に言う。ロビンはそれを、メモをしていく。
ジャポとは「ジャポネーゼ」の略で、テイクアウト専門の飲食店の名前。めちゃくちゃ人気のお店で、私達が通う高校の近くにある「大学通り」を登りきったところにあった。
ロビンへのオーダータイムが終わり、3限目が始まる。そして4限目が始まり、終了のチャイムが鳴る。その瞬間。
「ロビンいけえー!」「ロビンがんばれー!!」
声援を受けて、ロビンは全力疾走で教室を飛び出していく。
20分後。
「ロビンが帰ってきた」
ロビンと一番仲の良い「M君」が、廊下の窓からロビンの姿を確認し、教室のみんなに告げる。ワクワクしながら、到着を待つ。まもなく、真っ白な袋を両手に持ったロビンが現れる。
「ロビン、おかえりーーー!」
「ロビン、ナイスラン!!!」
帰還を喜ぶみんな。袋の中身を教卓に並べるロビン。
「はい、M君の豚トロ丼。ロコモコはF君とN君やな。しまださん、しまださんのはえーと、こっちの袋やわ」
ロビンはメモこそしてるけど、大体いつも、みんなのオーダーを覚えてくれてた。
「おおお今日もめちゃくちゃうまそう!」
「いつもほんまにありがとうな!!!」
「ハラへったー!食おうぜ食おうぜ!!」
みんなが蓋をあけると、教室中にいいにおいが広がる。ニンニクや玉ネギを油で炒めたときの、あの、破壊的ないいにおい。お弁当や食堂のパンには出せない…というか高校の教室ではありえない、レストランみたいなにおい。
「あー最高にうまいわ!毎日食いたい」
「いいな~私もジャポにしたらよかった~~」
「うちも、明日お弁当いらんって言おーっと」
その日ジャポを頼んで、共にロビンを迎えた生徒たちは、なぜか「同志」のような雰囲気になる。だから、普段そんなに仲良くない相手でも、「まじでうまいな」「おいしいよね」と言い合いながら、ほかほか出来たてのごはんを頬張った。3年B組のお昼休みは、ロビンのおかげで楽しかった。
・・・
ある日、ロビンが学校に来なかった。
「どうしたんやろ、風邪かな」
「あー今日はロビンおらんからジャポなしかあ」
「しゃあない。サンミーとエースコックの豚キムにするか」
そのまま、ロビンが来ない日が3日間続き、ついに週末になった。
「そろそろジャポ食いたいなあ」
「自分で行ったらええやん」
「そうやけどさ。なんていうか。あれが楽しいやん。ロビンの帰還をみんなで待って、食べる感じ」
「あー、わかる」
と、その瞬間。
「ジャポ、いる人」
M君だ。
「えっ、M、マジで!??」
「うん、俺いくわ。チャリあるし。俺も食いたいし」
「うわーーーーまじでまじで!!最高!!!!!」
ロビンのようにオーダーをとり、メモをするM君。そして4限目が終わり、M君が教室を出る。
「M、ありがとーー!」
「気ぃつけてな!!」
しかし。
「帰ってけーへんな……」
「やばい、あと昼休み5分しかない」
「5分あったら食えるやろ」
「先生に見つかったとか」
「それの方がやばいな…でもめっちゃ腹減った……」
と、M君が帰ってきた。
「ご、ごめん、めっちゃ遅なった……」
「ええよええよ! むしろ大丈夫?!」
M君は汗だくで、めちゃくちゃゼエゼエ言っている。
「いや……ちゃうねん俺、ふつうにめっちゃ急いで行って、受け取って、帰ってきただけやねん、ほんでこの時間やねん、やばい、ロビン、あいつヤバい……」
とりあえずあと5分でチャイムが鳴るということで、みんなはジャポを受け取り、口の中に駆け込んだ。
何にも深刻なことは起きていないのに、教室の中が謎の空気に包まれる。その空気の中で、いいにおいだけが、静かに漂う。
「あかんかった」
一番に平らげたM君が言った。
「チャリやったら早いやろおもた。あかんかった。坂道キツい」
M君は、まだちょっと肩で息をしながら語り始める。
「あと、昼休みの時間が、多分かぶってる。大学生と。人がすごいねん。チャリ邪魔で。だからあの、手前の定食屋あるやろ、あそこにとりあえず止めさせてもろて」
「そうやったんか…」
「ほんで、帰りは自分の足で戻ってきて。でもあれ、行きしなやってずっと全速力は無理やわ。帰りは飯も持ってるし、たまに小走りが限界。俺の足が遅いのもあるかもしれんけど、20分かかった」
「片道で!?」
「片道で。」
「え、ちょっと待って。じゃあ……」
「そう。おかしいねん。あいつがいつも20分で帰ってくるの、あれどう計算してもおかしいねん」
教室がざわつく。
「……ロビンって何部? 運動部ちゃうよな?」
「ちゃうちゃう、帰宅部」
「実は選手レベルで足速いとか」 と女子。
「体育で見る分には遅いよな…」と男子。
「待って待って、注文は? 注文して作ってもらう時間は??」
「それは先に携帯でオーダーしてるやろ」
「いや、ちょっと違うな」
M君だ。
「あいつ携帯持ってきてへん。知ってるやつおるかもしれんけど、あいついつも、3・4限の間に、公衆電話からかけてんねん」
「え!わざわざ?!」「そうやったんか…!!」
当時、携帯について、かなり厳しくNGだった我が校。こっそり鞄に忍ばせて、隠れて使うことはあったけど、真面目なタイプの生徒なら、持ってきてない人も結構いた。
「ロビン…あいつ、何者なんや………」
5限のチャイムが鳴った。
・・・
週明けの月曜日。
ロビンが、戻ってきた。
「おはよう」と教室に入るロビン。
みんなのロビンを見る目が、先週とは違う。
「ロ、ロビン、お前さ、」
と、誰かが言いかけたそのとき。
一番ドアに近い席に座っていたM君が言った。
「ロビン、おはよう。
体調はどう? もう大丈夫なん?」
M君はロビンの肩を、優しくポン、と叩きながら言った。ロビンは「おう。鼻水はちょっと出るけど」と答えた。
みんなハッとして、口々に言う。
「おはよ! おかえり!!」
「おかえり、心配したで〜!」
「お前おらんくて昼飯が寂しかったわ!」
「せやで。Mがジャポ行ってくれたけど、帰ってきたんチャイム5分前」
「やばかったよな。駆け込んだ米めっちゃアツくてヤケドしかけたわ」
「はは、ごめんごめん」と、ロビンは少し微笑み、鼻を触りながら言った。ロビンが無事に元気になったことを、まずはみんなで喜んだ。
そして、今日も2限目が終わる。
メモ帳を取り出したロビンが、教卓の横に立つ。
「ジャポいる人」
「はいはいはいはいはいはい!!!!!」
「俺、豚トロ大盛り!!!」「おれも!!!!!」
10人を超える人が手を挙げた。
「ちょ、ちょっと待って待って(笑)えーっと?笑」
「ってかひとりで持って帰れる? 俺もいこか? 」
「Mはあかん(笑) K、お前ついてけよ! お前の足、爆速やん」
「え~ まあ、いいけど」
みんなのロビンを手伝いたい気持ちは本当だった。でも、「どうやっているのか」を知りたい気持ちも大きかった。
3限目。
チャイムが鳴ると、ロビンが立ち上がった。財布を持ってドアへ。誰かがすぐに「ロビンありがとう!」と言った。「おう」と小さい声でロビンが応える。やっぱそうだ、公衆電話まで、電話をかけにいってるんだ。
4限目。
現代社会。授業が終わりに近づくにつれ、ニヤニヤする生徒達。「なんやお前ら、何を笑っとるんや」と先生。「何もないでーす」と生徒。「そーですか。じゃあ次、資料集83ページ」
一応、ルールとして、休憩時間に学校外へ出ることはNG。でも、その先生は気づいてたと思う。「そーですか」のとき、明らかにロビンの方を見てた。
そして、ついに、時は来た。
4限のチャイムが鳴り響く。
教室から飛び出す2人の戦士たち。
「ロビンいけえー!」「K君がんばれー!!」
「おーいこら、廊下を走るなァ」先生が言う。
そして、今日も20分で帰還。2人とも、結構涼しい顔で。待ってましたと乗り出す生徒たち。3年B組に、いつもの風景が戻ってきた。
「なあなあなあ、どうやったん?!」
K君に、話しかける女子。
「えっとな。なんか訳わからんとこ通ってった」
「え??」「何やそれ???」
K君の解説によると、こうだった。
ロビンはまず、校舎を出る。そして校門……には行かず、運動場を横切って裏手に回り、車が通ってるとこしか見たことがないような道を進んで、駐車場を抜ける。
「なんかもう、どのタイミングで学校の外に出てるんか、全然わからんくて。『こんなとこあったんや』っていう道に出て。で、それがジャポのある大学通りに繋がってんねん。10分かからんかった」
「ええええ!」
「で、そっからもすごくて。ジャポめっちゃ並んでんねん。けど、お店のお兄さん、ロビンの顔みた瞬間、大学生達に『あ、ごめんねちょっと』って。で、もう袋とかにすでに詰めて置いてあるんを、ロビンに渡してて」
「おおおおVIPや」
「しかも制服やん。店の前にいた人も『あ、あの高校生や〜』とか言って、普通にスーッって道あけて。おもろかったで、なんか王子にでもなった気分やった」
「いやあ……ロビンすごいな。それ、ジャポの人とめっちゃ仲良いってことやんな」
「そうやろなあ。お得意様ってのもあるやろうけど、めっちゃ好かれてるっぽかったし、ロビンもジャポのことがめっちゃ好きなんやろな。ロビン、ずっと笑ってた。帰ってくるときも、めっちゃ楽しそうな顔やった」
「へえー…!」
みんなのオーダーを聞いて、電話して、値段や時間をやり取りして、受け取りに行く。それ自体は、特に変わったことじゃない。でも、若干17歳の私達にとっては特別で、とても大人に見えた。
「これ、やってることだけでゆうたらパシリやのにな」
「うん、でも全然ちゃうよ。ロビンのは全然ちゃう」
学校から飛び出していることも、先生に黙認されていることも。店員さんとの信頼関係を築いていることも、みんなが知らない裏道を知ってることも。枠の外を自由に走っていくロビンは特別で、とても素敵に映った。
「なんか、ロビンがかっこよく見えてきたわ」と女子。
「ロビンはかっこいいで」とK君。
「うん。ロビンはずっと、かっこいいよ」M君も言った。
教卓の横で、みんなにジャポを配るロビン。
「お金まだの人ー?」
「あ、うちまだやわ。はい600円」
「おつり20円、ちょっと待ってな」
「いらん! もらっといて」
「え? いや、あるよ細かいの」
「ええわ、めんどいし」
「俺もいらんわ。ロビンにあげる」
「いやいや、返す返す」
「エエて!!いつもありがとうやん!!!」
その日から、そういう人がちらほら出てきた。合わせて100円いくかいかないかだったと思うけど、高校生にとっては、大きかったと思う。
一度、ロビンに聞いたことがある。
「なんでいっつも買いに行ってくれるん?」
するとロビンは、答えた。「おいしいから」。
笑ってると「え、おいしいやろ?」とロビン。
「うん、めっちゃおいしい。」
高2の頃に、ジャポの存在を知ったロビン。はじめは、自分の分だけを買いに行ってたらしい。でも、あまりにもいいにおいがするので、クラスメイトが「それ何なん? 俺も食いたい」と。その流れで「じゃあ…」となり、それが少しずつ増えて、今の感じになった、と。
「まあだから、まず俺が、ジャポ食べたいからさ。おいしいもんは、みんなで食べたらいいしさ」。
「まじでうまいな」
「おいしい、ほんまにおいしい」
ほかほか出来たてのごはんを頬張る、みんなとロビン。
「なんかB組、めっちゃええにおいせーへん?」
廊下を歩くA組の生徒が、開けっぱのドアから顔を覗かせる。
今でもはっきりと、あの教室のにおいを思い出す。
ロビンが生み出した、大好きな風景。
クラスメイトの会話でもあったけど、ロビンがしてることは「パシリ」じゃない。でも、敢えてその言葉で表すとしたら。
3年B組の「パシリ」のかたちは、
世界で、 一番、かっこいい。
◆おまけのあとがき
「ジャポ」こと「Cafe Japonaise(カフェ・ジャポネーゼ)」は、本当に本当においしかった。
オペレーションどうしてんの?ってくらいのすんごいメニュー数で。だいたい500~600円の間で、豚トロ丼や焼鳥丼のような和風系から、ロコモコ、ガパオ、ジャンバラヤみたいなメニューもあった(と記憶している。違ったらスミマセン)今でこそ身近になった食べ物だけど、当時にしては、割とめずらしかったんじゃないかなあ。
私達が高校を卒業した後も、ジャポにはよく買いに行った。けれど、私達が大学を卒業する前に、お店はなくなった。めちゃくちゃ残念な気持ちだった。
ところが。
つい先日、このロビンの話を大学の先輩にしていたところ、「堺のほうに、ジャポあるで!」と聞いて、大大大大大興奮。当時、ジャポでシェフをしていた人が、大阪の堺市で開いたお店があるらしい。名前は「ジャポダイニング」。ジャポだ。ジャポだジャポだ!!!
ということで、その先輩と来月頭に、一緒に行くことになった。楽しみが過ぎる。
ロビン、元気してるかな。
ほんとはあなたとも、行きたいよ。
浅く広くな私だけど。ロビンに記憶されてるかどうかすら危ういけど。このnoteだって、私の思い出フィルターがガンガンにかかってるけど。
でも私は、ロビンのあの、注文を取るときの声、教室から飛び出す姿、袋いっぱい持って帰ってくる姿、教室に広がるいいにおい。そして、M君をはじめとする、みんなの嬉しそうな顔。全部全部、めっちゃ素敵な思い出として、頭に残ってるで。
まあ、その気になれば、2~3人辿って連絡先わかるかな。もし知ってる母校の仲間がこれを読んでて、分かればぜひぜひ、連絡頂戴。よろしくお願いいたします。
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