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チェックインして5分でちくわが配られるホテル


「ちくわ、いります?」


私は今、さっき会ったばかりの男性にそう言われている。


持ち寄り制のお花見で、呑んべえに言われる「ちくわ、いります?」や、おでん屋で5種盛りを頼んで、カウンター越しに言われる「ちくわ、いります?」とは違う。ちくわを差し出すこの人は、つい10秒前まで、私のチェックインを担当してくれた、ホテルのスタッフさんだった。


このとき、私はおなかがすいていた。私が動物なら、このちくわを秒でかっさらうくらい。別にあやしい人じゃないし……いやでも、ちくわってこんな急に、もらうものなのかな。


今日は、先日の出張でお世話になったホテル「UNPLAN Shinjuku」での滞在記を、ここに残そうと思います。

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「スタッフの自信を取り戻したい」

本編に入る前に、この滞在記を書くことになった理由を伝えたい。大事にしたい背景なので、よかったらお付き合いください。


夏の終わり頃、こんなnoteを書いて、たくさんの方に読んでいただいた。


このとき、知り合いづてに紹介された、「UNPLAN Kagurazaka」というホテルに泊まっていた。今、宿泊業界が軒並み大変なことは、ホテルに勤めている友達に聞いていた。きっとUNPLANさんも。


そしたら、noteやツイートを見たスタッフの方が、10月初旬にイベントに呼んでくださった。そのおかげで、神楽坂で出会った人たちと再会ができた。


そんな流れの中、ホテルのオーナーさんから相談を受けた。


「スタッフみんなの自信を取り戻したいんです」


お話を聞くと、こうだった。UNPLANは、比較的最近できた“ホステル”で、海外からの旅行者向けにつくった場所。「Webを見ていただいたらわかると思うんですけども…」

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めちゃくちゃ海外だった。想像以上に海外だった。もはや写真から吹き替え音声聞こえそうなくらい。(※日本語ページもあります)

そんな感じで、海外からのニーズにこだわり、PRも海外向けに力を入れていた。そこへ、コロナがやってきた。UNPLANは、とても静かになった。



オーナーさんは悩んだ。
経営とか広報とか、どんな方向転換をしようとか、そういうのもあるけれど、一番の悩みは、ふとした時に見える、しょんぼりしたスタッフの様子。オープニングから一緒に走ってきたスタッフみんなが、自信と希望をなくしていること。

オーナーさんは言った。
「noteを読んで、島田さんは、人の魅力を見つけるのがとても得意な方だと思いました。UNPLANに滞在して、彼らやそこにいる人々の魅力を受け取って、伝えていただけませんか」

オーナーさんは続けた。
「それから、私達だけじゃなくて、宿泊業を営む人たちみんなが同じ状況です。今、近場のホステルに泊まることで、どんな経験ができるのかを、知らない人に少しでも広めたい」


こうして私は、今度は新宿にあるUNPLANに出向いた。6日間滞在してみて、そこで起きたことを書くことにした。

……ということで、ここからが本編。ちくわちくわ書いてたけど、こんな背景です。よかったらそんな感じで、お読みいただけると嬉しいです。



ちくわでチェックイン


話はホテルのフロントに戻る。

「以上です。お部屋はエレベーターで4階へどうぞ」
「はい、わかりました」
「わからないことあれば、いつでも聞いてくださいね」
「はい、ありがとうございます」

そういう普通の会話をして、一旦椅子に腰掛けた、その瞬間だった。

「ちくわ、いります?」
「えっ」

あまりに自然な感じで言うので、耳栓とかシャワーキャップとか、必要な人だけ受け取るアメニティのスラングかと思ったけど、ふつうに「ちくわ」だった。

『UNPLANにいる人々の魅力を受け取っていただけませんか』


オーナーさんの声で、おつげが聞こえた。
私はちくわを、受け取った。

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オシャレな場所でだいぶ緊張してたけど、そんなところでちくわを持っている自分が、ちょっと面白い。見ると、スタッフのお兄さんは、他の人にもちくわを配り始めていた。謎のホスピタリティ。そしてロビーにいたもれなく全員が、片手にちくわを持っているというシュールな光景ができあがった。


私より10歳くらい上の人が、近くの椅子に座っていた。緊張してても、お互いちくわを持っていると、自然に喋れることがわかった。

「これ、私さっきチェックインしたとこで、よくわかってなくて」
「ああ、いつもこんな感じ。ここはみんな、何かあげるのが好きなの」

みんな…?と考える間もなく
「パン食べますか〜?」
うわああほんとだ。今度はパンを配る女の子が来た。
「もらっていいんですか…」
「うん!いっぱいあるから」

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チョコチップ入りのスナックパン。懐かしい。学校の売店とかでよく売ってた、コスパNo.1のパン。かじる瞬間、「あやさん、おかえりなさーい!」の声。前回、神楽坂に泊まったときに仲良くなったスタッフさんが「UNPLAN Shinjuku」に出勤していた。知ってる人が来ると、ちょっとホッとする。

「急にちくわとパンもらった。どうなってるんですかねこれ」
「あはは、よかったですね。じゃあ、コーヒー飲みますか?」

いや、あなたも何かくれるのか。このタイプのパンは、口がぱさぱさするから助かるけど。まもなく甘めのコーヒーが出てきた。


「コニチハ、コレモアリマス!ドゾ!」
そしてまたまた配られる。5分に1回配られている。笑顔満点のアジア系男性からもらったのは焼き芋。

ちくわ、スナックパン、焼き芋。ぜんぶ細長いことに気づいた。
緊張がすっかり、とけていることにも気づいた。

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日本と海外の間にいる気分


UNPLAN」は、ホストとゲストの垣根をなるべく作らないコンセプトらしい。なるほど、スタッフがとけこんでいた理由はそれかあ。

ちなみにいろんな食べ物が配られたのは、ちょうどスタッフが軽食を取る時間だったらしく。ロビーの奥が、スタッフ含めてみんなが飲食可能なスペースなので、そこで食べ物を振る舞い合っていたのだった。


一瞬ふしぎだったけど、昔イギリスに行ったとき、宿の共有キッチンで「おなかすいてない?」っていろいろもらったのを思い出した。韓国だと、雑貨屋のお姉さんが奥でインスタントラーメンを食べていて、レジ後に「さっきのおいしそう、どこで買えるの?」と聞いたら、箱から同じのが出てきて「サービス」と袋に入れてもらったこともある。(私も後日箱買いした)

日本でも、ちょっと田舎町に行けば、お茶やみかんをもらったりする。だから、そこまで珍しいことじゃないかもしれないけれど、UNPLANにいると、日本と海外の間にいるような気分だった。



十人十色の滞在理由


翌日、2日目。

シェアサイクルで近所へ。昼ごはんの材料を買い出し、共有キッチンへ入る。初日に焼き芋くれた男性が「わあ、何つくるの?」と言う。

「カレーだよ」
「イイナア!」
「あ。ごめんなさい、ここ使う?」
「いつもカップラーメン、オユだけ、ダイジョブ」
「そっか。多めにつくるし、カレー食べます? 焼き芋くれたし」
「ホントウ!?いいの?!」

近くにいた人にも言ってみると、3人くらいが「やったー!」と集まってきた。そして、具材を分けてくれたり、料理上手な人が加減を見てくれたり。洗い物も、誰かが同時にしてくれてたのか、気づいたら終わってた。

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お米の代わりに「パラタ」。たまに業スーの冷凍コーナーで売ってるやつ。(めちゃくちゃおいしいから、見かけたら買ったほうがいい)そうして、みんなで食べながら、お話をする。

「何日いるの?」
「6日間です」
「短いな!俺、6ヶ月目」
「いや、長いな!笑 流行りの“アドレスホッパー”ですか?」
「うーん、そんなおしゃれじゃない。ちょっと家を出なくちゃなんなくてさ。いるものだけ全部、リュックサックに詰めてきたの」

そうかそうか。まあ、いろいろあるよね。

「それで、とりあえずここ見つけて、滞在しながらどっか探そうと思ってたんだけど。めちゃくちゃ居心地いいから、そのままいる」

ホテル住まいって、お金すごくかかるんじゃ……と思ったら、1ヶ月5万ぐらいらしい。新宿でそれは安いな。生計はUberで立てていて、月40万以上のときもあるんだと。すごい。

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そういえば東京の友人、家賃・水熱・ネットとかのインフラだけで、月12万は軽く飛んでくと言ってたけど、ここだと半額以下なのか。家具もいらないしなあ。


私と歳が近い女性は、「ひとり暮らしをする街を決めるため、1週間ずついろんなホテルやホステルを回ってる」らしい。

「今どこも安いし、お試し住みしてる。近所の人、どんなんかなーとか。行きつけの店、できそうかなーとか。最寄りのスーパー、よく行く場所になるだろうし、お店の人いい感じかなーとか。笑」

はーーーなるほど!!
昔ひとり暮らししてたとき、不審者か酔っぱらいか、夜中にドアがちゃがちゃされて、めちゃくちゃ怖かったことがある。そういう意味でも、どんな街に暮らすかって大事だし、その点こういう場所は、安心できる環境かもしれないなあ。

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他にも、「家族と馬が合わずに家を出たものの、ひとり暮らしだと気持ちが閉じ過ぎるし、シェアハウスだと人との距離が近すぎる。ここはちょうど良い」という人もいた。

初日に焼き芋をくれた男性は、就労ビザで日本に来ていたところ、コロナがが流行りだした。「家族から帰国も相談されたけど、今帰るとせっかく取った就労ビザがなくなるし、日本にいたほうが安全かなって」

みんな長期滞在なのかと聞くと、「2〜3日の人もたくさんいるよ」らしい。それにしても、住まいの選び方や暮らし方が、どんどん変わってきてる。そのグラデーションを、体験できる場所がここなのかな。カレー皿をみんなで片付けながら、そう気づいた。



ママのアイロン掛け、あります


3日目。

「あっつ!!」

共有スペースの奥から声が聞こえた。そしてほんの少し経って、

「誰か、アイロン教えてくださいー!」と、聞こえた。

ソファでパソコンをしていた女性が笑いながら、「わたし行ってこようかな」と言った。私もついてって、覗きに行った。


「俺、シャツとか全然着ないからさ…でも明日面接なんだよなあ」
「まかせて。まずシャツをこの台に着せるみたいにして…こうね」
「へえ、うまいなあ」
「主婦歴長かったから。息子もいるの、もう10歳かなあ」


爽やかに言っていたけど、いろいろありそうだな。ユニークな母性を感じる彼女は、3ヶ月目の滞在者だった。何人かが、アイロン台の周りに集まって見ていた。カレーのときも思ったけど、みんなやっぱり、たまに子どもみたいな顔をする。しわしわだったシャツが、どんどんシャキっとしていく。


「すごい!新品みたいになった!受かる気がする!」
「うん。きっと大丈夫よ、頑張ってね!」

ここはホテル。だけどなんとなく「家庭」のにおいがあるのは、彼女のような人も、一緒に暮らしているからだろうな。

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灯りがついてて、よかった


4日目。

遅い時間までお出かけをした。シェアサイクルで帰り道を走る。が、方向音痴な私はグーグルマップがあるのに迷子になり。30分あれば着くところ、1時間以上かかってしまった。

結構くたくたで、やっと見覚えのある道まで出て……そしてまもなく「UNPLAN」のビルの灯りが見える。「か、帰ってきた〜!」となった。

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夜間は正面が閉まってるので、裏口に回る。あ、人がいる…

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すっかり夜中だったけど、夜間勤務のスタッフさんが、それぞれの場所でパソコンしたり、滞在者もお夜食をとったり。なんか、みんないて、ホッとした。帰る場所に、あかりが灯ってるかどうかって、気持ちにめちゃくちゃ響くんだなあ。

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部屋に入ると、連絡先を交換した人からメッセンジャーが来た。

「もう寝ましたか?疲れてなかったら、一杯だけ乾杯しない?」

疲れはあったけど、うれしくて共有スペースに行くと、何人か集まっていた。仕事を終えたスタッフの人もいて、「遅くまでおつかれ」と、缶チューハイをぽん、と渡された。とてもおいしかった。神楽坂の最終日、一緒にシャンプーしたお姉さんもいた。


それから結局、疲れも忘れて、2時半まで話した。彼らが今日に至るまでの、いろんな物語を聞いた。光も闇も混じってて、たくさん笑ったし、たくさん考えた。

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はじめてのホームシック


いろんなところへ行くのが好きな私が、32年間生きてきてはじめて、「ホームシック」というものを経験した。



5日目の夜。


ベットに寝転び、ぼーっと木目の天井を見上げていると、ふと急に家のまな板をさわりたくなった。「まな板かよ」と思わず自分で突っ込んだけど、ほんとにさわりたくなった。昨晩わいわいしたから、その落差なのかなあ。

それから家のボロいトースターでパンを焼きたくなったし、よく遊びに来る子の鼻歌が聴きたくなったり、庭の葉っぱもむしりたくなった。

ごろんと寝返りし、枕元に貼った絵を見て、いよいよさみしくなった。東京に出かける日の朝、近所の子に「おまもり」と言って渡されたものだった。

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UNPLANで過ごす日々は、ほんの少し海外っぽいんだけど、旅行で宿に滞在する感覚ではなくて。なんていうか、……ホームステイに近い感覚だったかも。だからちゃんと「ホームシック」にもなったのかな、と思った。


ここで少し暮らして、いろんな人の生活を垣間見たり、共有したり。そしたら、「自分は、生活の中で何を大切にしたいか」がちょっと見えた。それらのイメージが、まな板だったり、鼻歌だったり、庭の葉っぱなのかなと思った。たぶん、ずっと家にいてたら、わからなかったこと。


もうすぐ奈良のおうちに戻る。
でも、またここにも帰ってこよう。
神楽坂、そして新宿。
ただいまの言える場所が、いろいろあるのはいいなと思った。



ちくわでチェックアウト


6日目、
チェックアウトの日。


スタッフのみんな、定例会議があるとかで集まっていた。今から発つよ、と告げると、前回の神楽坂で一緒にシャンプーしたシスターが「また会いましょう」と、肩を組んでくれた。今回の新宿でちくわをくれたブラザーも「気をつけて!」と握手してくれた。


そうだ、あれを渡さねば。
買っておいたものをカバンから取り出し、袋をあけて、彼に言った。

「ちくわ、いります?」

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取り方!!笑 ちょっといい感じの流れやったのに。でも、エモーショナルすぎないのが、このホテルのいいところ。「いつでも帰ってきてね」と、ちくわ片手に、みんなが手を振っていた。

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1日目 「日本」と「海外」の間を体験した。
2日目 「ひとり暮らし」と「シェアハウス」の間を体験した。
3日目 「友人」と「家族」の間を体験した。
4日目 「光」と「闇」の間を体験した。
5日目 「最終日がさみしい」と「ホームシック」の間を体験した。


初日、チェックイン後に突然、ちくわやパンや焼き芋をもらったこと。最初は「なんだここは!笑」となったけど、思い返せば大いに納得。この場所や集まる人々のイメージとして、すごく腑に落ちる。

新宿御苑駅から5分。静かな路面に建つホテルの中では、何かを贈り合うのが好きな人たちが、いろんなグラデーションを持って、働き、暮らしてる。


「何が起きるかわからない」


UNPLAN。
ほんと、その言葉にぴったりなところだったなあ。

みんな、また来るね!!

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さいごに


これで「UNPLAN Shinjuku」の滞在記はおしまいです。興味を持ったり、応援したい人は、ぜひ訪れてみてほしいなあ。新宿でも神楽坂でも、GoToキャンペーンで1泊2,000円台。1日でもいいし、1週間でも7,150円〜らしい、すごい。

「たまに環境を変えたいな」って人はもちろん、「普段の暮らしで大事にしたいことを確かめてみたいな」という人もいいと思う。暮らし方を試せるって、今だからこそ、しやすいことかも。

何が起きるかわからない、日常の中の非日常を、ぜひ楽しんでください。


▼おまけ
彼女が神楽坂の最終日に一緒にシャンプーしたシスターだよ

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