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ふたりのキャバ嬢とおじさんの弾丸ディズニーランド



10年ほど前、
私は、指名の取れないキャバ嬢だった。

クリスマス間近のある日、お店の人気キャバ嬢と、そのお客さんの3人で、なぜか「東京ディズニーランド」へ行くことになった。

あの日、私はひとつだけ、後悔していることがある。今日はクリスマスだから、その話を書こうと思う。

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キャバクラは、いろんなタイプがある。

キラキラした高級なところ、ガールズバーに近いカジュアルなところ。私が一時期働いていたお店は、ちょっと高級風……を醸し出してる普通のキャバクラだった。クリスマスシーズン、お店の中は白や赤の華やかなドレスでいっぱいになり、お客さんにプレゼントをもらう先輩もたくさんいた。


私には、プレゼントをお願いするようなお客さんがいなかった。たまにしか出勤しないし、お酒すぐこぼして怒られるし、お客さんを盛り上げるお喋りが上手いわけでもなかったし。見た目も地味で、ほんとに、全然指名のないキャバ嬢だった。たまに聞かれる「プレゼント何がほしい?」には、「強いて言えばタオルハンカチです」と言っていた。


そんなある日。
ボーイさんが「サチさんところお願いします」と言った。


笑顔で手招きする先輩「サチ」さん。笑顔で会釈する、サチさんのお客さん。「今ちょうどね、◯◯さんが娘さんにあげるプレゼントの話をしてたんだけど、ジュンと同じ歳なんだって。一緒に考えてほしくって!」


「ジュン」というのは、私の源氏名だった。





当時、私はハタチそこそこで、サチさんは6つほど年上だった。お店の中では、お姉さんなほう。ギラギラしたり、つんけんしてる先輩も多かったけど、サチさんはおっとり優しくて、でも無邪気で、ちょっと天然で。そんなサチさんだからか、彼女のお客さんも上品な人ばかり。指名も多くて、人気者だった。


サチさんは、私のことを、よく褒めてくれる人だった。
「ジュンはすごいなあ、賢いし!わたしね、なんかジュンは、将来すごく活躍する人になる気がしてる!」
「そうですかねー?」
「うん、絶対そう思う、楽しみ!」


サチさんは、私の着ているものも、よく褒めてくれる人だった。
「わたし、ジュンがいつも着てるドレス大好き!」
「ドレスっていうかワンピースっていうか……地味じゃないですか?」
「まあ、確かに(笑) でも、生地もちゃんとしてるし、ここの作りとかすごく可愛い!ねえ、ほんとはちょっと、いいやつでしょ?」


サチさんが気づいてくれるところは、その服のこだわって作られた部分で、とっても嬉しかった。ドレスは、お店にレンタルもあるし、自前でもよかった。服が大好きな私は、どうせ買うなら、いつか結婚パーティにも着れるようなものがいいなと思い、ちょっといいやつを買っていた。(お金貯めに来てるけど、そこだけはどうしても譲れなかった……笑)


ちなみに、私が必要なお金は、自分の穏やかな生活のために、なるべく早く要るものだった。がんばれば3ヶ月で貯まるくらいの金額だったかも。けれどその時期、学校以外で家の外に出られるタイミングがかなり限られていて、あんまりシフトに入っていなかった。


それでも、出勤した日のドレスはいつも、数時間いるだけで、たばこの臭いがすごかった。ジップロックみたいなやつに2重に入れて、親にバレないよう隠していた。(親には「大学近くのダイニングバーのバイト」と言っていた。昼はほんとにそこでバイトしてた)

それを知ってサチさんは、たまに私のドレスを持って帰ってくれた。クリーニングに出してくれたり、風通しのいいところで干してくれたり。サチさんに預けたドレスは、すごくいいにおいで帰ってくる。それがとても、好きだった。



サチさんのサブに付いたところへ、話を戻す。

お客さんの、娘さんへのプレゼントの話題はわりとすぐに終わり、「サチへのプレゼントは、ディズニーランドに連れてってあげたい」という話になっていた。なんだそれ。

でも、サチさんはめちゃくちゃ喜んでいた。
「大昔に親と行ったけど、ほとんど覚えてない、行きたい!」

まてまてサチさん。
このおじさんはきっと下心があるぞ。そんな簡単に言って、大丈夫かよ?


「ジュンも一緒に行こうよ、ジュンと、イッツァ・スモールワールド乗りたいなあ! ◯◯さん、ジュンも一緒じゃだめ?」

まてまてサチさん。サチさんよ。
ディズニーランドは、新幹線往復3万、チケット1万、食事やら何やら含めて、5万以上はかかるよ。私がついてく分のお金で、サチさんに可愛いドレスが買えるよ。おじさんだって、サチさんとデートしたいんだし、私はポッと出のサブだぞ?


そう思ったのに、おじさんは言った。
「いいね、3人で行こう。日帰りでいいかな?」
サチさんは「ヤッター!!」と言った。

えええ。まじか。


いや、でも、悪くない。2人で行かせるより安全だし(誰)、それになんかこれ、キャバ嬢っぽい。せっかくだから、そういう経験も、ひとつくらいしてみたい。というか、ほんとは私も、素直にうれしい。私もディズニーは、幼少期の記憶から止まってるし、大好きな先輩とお店以外で会えるの、めちゃくちゃうれしい。


こうして、クリスマス……のさすがに当日ではなかったけど、サチさん、サチさんのお客さん、そして私の3人で、弾丸で夢の国へ行くことになった。




当日。
いろいろとびっくりすることがあった。

まず、新幹線の席。おじさんはきっと、サチさんの隣に座りたいだろうに、私とサチさんを隣同士にしてくれて、自分は後ろの席に座った。

「コーヒー、サンドイッチ、アイスクリームはいかがでしょうか」
車内販売のお姉さんが通り過ぎる。おじさんが声をかける。
「アイスクリーム、2つください。サチ、ジュンちゃん、何味がいい?」

これもびっくりした。当時大学生の私、新幹線に乗ること自体がめちゃくちゃVIPな気分だったし、そこで車内販売のアイス食べるなんて、もう、夢みたいだった。すでに夢の国だった。



そうこうしてるうちに、ディズニーランドに到着した。ほんとに来てしまった。おじさんが用意したチケットで、中に入る。うわあ、まじでディズニーランドだよ……ってなった(語彙)。



わくわくしながらサチさんとマップを広げると、おじさんが言った。これが一番、びっくりした。

「じゃあ、僕はそのへんぶらぶらして、レストランにでもいるね」

…え、おじさんは?

「何時くらいに待ち合わせようか?」

まってまって。
アトラクション乗る間の「待っとくよ」なら分かるけど、一旦解散して、あとで集合って、それじゃあなた、添乗員じゃないですか。サチさんきっと、「次あれ乗りたーい!」とか「こわかったあー!」とか、ミニーちゃんのカチューシャ付けてはしゃいだりとか、するんだよ? あなた、それ、見なくていいの?!?!


わたわたする私を見て、おじさんは言った。
「こういうのは、女の子ふたりの方が、絶対にいいよ。めいいっぱい、楽しんでおいで!」

そうしておじさんは、「食べ物とかおみやげとか、これで」と、きれいな封筒を私達に手渡し、「何かあったら、電話してね」と、颯爽と歩いて行ってしまった。封筒を開けると、3万円ずつ入っていた。なんだこれは……………

放心状態の私に、サチさんが言った。
「娘さんとうまくいってないみたい」
「そうなんですか…いや、でもそれとこれとは……3万円も……」
「ほんとにね。でも、せっかく来たんだし、まずは遊ぼっか!」
サチさんは私の腕に、その華奢な腕をするっと回して、言った。


サチさんとたくさんアトラクションに乗った。
おやつとかジュースとか、普段なら絶対に見るだけの、記念写真みたいなやつも買った。それでも、私達の手元にはお金がまだまだ残った。最後に、おみやげショップに寄った。

定番のクランチチョコとかクッキーを、大量に買うサチさん。昼間に働いている仕事場の人達に配るとかなんとか。おみやげかあ。私は配るところもないしなあ。というか、このお金、そのまま欲しいくらいだしな………

そう思って、ぼーっとしていると、見透かしたようにサチさんが言った。


「ジュン、無理にお金、使わなくていい。お財布になおしとき。足しにしたら、いいよ。っていうか、◯◯さんもきっと、そのつもりだから」


急に泣きそうになった。でも、やっぱり何か買いたかった。何か、サチさんだったり、不思議なおじさんのことを、ずっと覚えておけるものが欲しいと思った。レジの近くにあった、インディアンビーズの安いネックレスを買った。全然ディズニーっぽくない。けれど、それがいいと思った。

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あと、サチさんはやっぱり、ミニーちゃんのカチューシャも買っていた。「ジュンのぶんも買う」と言って、ふたつ買っていた。(つけてもらった)






待ち合わせの時間になった。

合流場所のレストランに向かう。両手におみやげをたくさん持つサチさんや、大きく手を振る私を見て、おじさんは満面の笑みだった。というか、涙ぐんでいた。ちょっとびっくりした。サチさんは「楽しかったーー!」と、言って、おじさんに駆け寄った。



3人で出口まで歩いているとき、サチさんは今日あったことを、たくさんおじさんに話していた。

「チップとデールいた!おっきかった、チップとデールなのに!」「スプラッシュマウンテン、ジュンが絶対イヤだって言って乗れなかったの!」「あとね、イッツ・ア・スモールワールド、やっぱりすっごい良かった!!」

「サチ、それ絶対行くって言ってたね」とおじさん。「うん。ジュンは絶対、イッツ・ア・スモールワールドなの」と、謎な返答をするサチさん。


「なんやそれ」思わず素の声で突っ込むと、サチさんはにこにこして、「ジュンと小さな世界を見るの、めっちゃ良くない?!」と言っていた。おじさんもとても、にこにこしていた。テーマソングの「小さな世界」が、ずっと頭に流れてた。

世界中どこだって 笑いあり涙あり
みんなそれぞれ助け合う 小さな世界

世界中誰だって 微笑めば仲良しさ
みんな輪になり手をつなご 小さな世界

世界はせまい 世界は同じ 世界はまるい
ただひとつ



新幹線で、サチさんは爆睡していた。私もうとうとして、気づいたら新大阪駅に着いていた。

おじさんは神戸方面なので、JRに乗り換え。私とサチさんは地下鉄。サチさんとふたりで、たくさんたくさんお礼を言った。おじさんは、「サチ、またすぐお店いくよ。ジュンちゃんもいるかな? 元気でね。」と言ってくれた。





おじさんと別れて、サチさんとふたりで地下鉄方面へ向かう。「ちょっとお茶してから帰らない? おみやげ買いすぎちゃった、少し分けさせて」 そう誘われて、ドトールに入った。


「ジュン、ついてきてくれてありがとう。無理させてなかったかな……?」
「すごく楽しかったです!でも、不思議な日だったなあ……」
「そうだよねえ。……ねえ。次いつお店来る?」
「あ、もう年内は行かないんですよ(っていうかもうすぐ辞めるかも…)」
「えー、じゃあ今渡しとこうかなあ」

そういってサチさんは、かばんから小さい箱を取り出した。

「クリスマスプレゼント!ちょっと早いけど!」
「え!えーーー!! 私、何も持ってきてない!」
「いいの!あけてみて」

アナスイの、オレンジ色のマニキュアが入っていた。

「ごめんね、ネイルとかしないかもなんだけど」
「いや、しますします。めっちゃ好きな色!」
「よかった! 絶対合うと思ったの。ジュンも、ジュンじゃないときも!」


サチさんに、
本当の名前を伝えたいと思った。
急に、とっても伝えたくなった。


「サチさん、私の名前は、」
喉のところで、何かが詰まった。
コーヒーを飲んで、もう1回言った。

「サチさん、私の名前は、あずみです。岡本亜純です。」


サチさんは、突然で一瞬驚いていた。
けど、すぐ嬉しそうな顔になって、言った。

「あずみちゃんかあ……ジュン、あずみっぽい!いや、っぽいっていうか、あずみなのか!すごいね、……すごくいい名前だね!」

それから私の手を取って、握手しながら言った。

「あずみ。はじめまして。さちこだよ。出戸幸子です。古風でしょ」
「……え、あれ、サチさんそのまま?」
「うん。わたし、絶対使い分けらんないなあって思って。アハハ」







10年ほど前、
私は、指名の取れないキャバ嬢だった。

クリスマス間近のある日、先輩キャバ嬢のサチさんと、そのお客さんの3人で、ディズニーランドへ行くことになった。

あの日、私はひとつだけ、後悔していることがある。


「岡本亜純」


私がサチさんに伝えた名前。
これは、お客さんに聞かれる「ジュンちゃん、ほんとは何ていう名前なの?」のために作った、もうひとつの源氏名だった。サチさんには、本当の名前を言いたかったのに、喉のところまで、本当の名前が上がって来てたのに、当時の私には、どうしても何かが邪魔して、最後の最後で、言えなかった。サチさんはもしかしたら、本当の本当の名前を言ってくれたかもしれないのに。今もずっと、後悔してる。


サチさんは元気でいるだろうか。
今日はクリスマスだけど、大切な人と、いい日を過ごせているだろうか。

私は今でも服が大好きで、サチさんが褒めてくれたドレスは、今着てやっと様になるくらいには、大人になった。家を出て、就職をして、いろんなことがあって、今、エッセイを書くお仕事をしている。

だから今夜は、サチさんとの話を書いてみた。泡みたいな思い出だけど、私にとってはとても大切だし、お店で働いていたことも、誇りに思える時間だった。


サチさん、ジュンです。
あのとき言えなかったけど、
私の名前は、島田彩です。

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※登場する「サチさん」「出戸幸子」などは、すべて仮名にしています。

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