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【笑ってくれないあさひくん】 #11


 ちーちゃんとカフェに行く約束だったけど、急遽バイトが入ったらしくて延期になった。

 雨も降ってるし、することないし、ベッドの上でゴロゴロ。夕方まで降るのかなぁ、ハルの散歩のときには止んでほしいなぁ、お腹空いたけどさっきご飯食べたばっかだしなぁとか考えてると、遠くからサイレンの音が聞こえる。
 あ、救急車だ、と思ったらすぐにラインの音。送り主を見なくても、内容を見なくても分かる。近所で事故があったりサイレンの音がすると、決まってわたしに連絡をしてくる、定型主と定型文。


【いまどこ?】
【家】
【暇かよ】
【そっちもね】
【今日バイトじゃねーの?】
【てるさんが予定あるらしくて休み。あさひくんは?】
【17時から。ハルの散歩何時?】
【雨止んだら行く】


 それから返信来ず。寝てるか。

 あさひくんは駅の近くのカフェでキッチンとして働いてるらしい。しかも勇太くんも一緒。
 最初はあさひくん一人で面接に行きその場で合格。
 お店の人に「人足りないの~、お願い、友だちも連れてきて~!まかない無料にするから~!」とお願いされたから、バイト初日に「こいつ、働きたいそうです」と何も知らない勇太くんを連れて言い放ったと通学中に聞いて、ちーちゃんと二人で驚いた。


「え?で?」
「でって?そのまま一緒に働いたけど」
「え?勇太くんはそれで良かったの?」
「んまぁ、バイトしようと思ってたし、探す手間省けたしいいかなって」
「二人とも適当だな」
「でも、まかない無料で良かったね」
「いや、最初から無料だったんだけど、どうしても人が欲しいからって面接のときみんなに取引みたいな感じで言いまくってるらしい。他のバイトの人も同じこと言われたって」
「まぁ、良かったじゃん。初日食べれた?わたし初日は遠慮して食べれなかった」
「こいつは遠慮もなくおかわりしてた。多分、あそこで飯代浮かせようとしてる」
「慣れてきたら自分で飯作っていいみたいだから、何食おうか楽しみ」


 ニタァと笑う勇太くんに引く三人。
 まぁ、あの一件以来、みんながみんな勇太くんの食生活に気を配ってたから、少しは安心できるかも。ママも心配してたから、帰ったら教えてあげよう。
 「今度一緒に二人のバイト先に行こうね」とちーちゃんと話してたら「いや、まだ俺ら皿洗い要員だし、飯作れるようになったら来たほうがいんじゃね?」と二人却下された。わたしのときは初日に来たのに。でも、二人が料理してる姿もみたいし、楽しみにしておこう。


 自分の部屋にいるのに飽きてリビングでハルと遊んでいると「あれ、雨上がってる。柚、いまのうちに散歩行ったら~」とママに言われたから、渋々腰を上げると、散歩を察したハルは行ってやるか、人間に付き合ってやるかという姿勢で玄関に向かう。
 玄関で嫌がるハルにカッパを着せていると、突然ドアが開いて二人(わたしとハル)でびっくり。


「、びっくりした」
「雨止んだから行くのかと思って来たらビンゴ。カッパいらないんじゃね?」
「泥が跳ねたら嫌じゃん」
「むっちむちやな」


 しゃがんでハルの顔を撫でくりまわすあさひくんに「ムチムチって言われたねぇ、嫌だねぇ」とハルに同情すると「ん、」とわたしが持っているリードを取って「よし、ハル行くか」と歩き出す。
 あさひくんと一緒に散歩するとき、必ずハルのリードを持ってくれる。そして、いつもハルのペースに合わせて、のんびりのんびりと歩く。
 わたしたち家族はいつも同じ散歩道だけど、あさひくんは「ここ行ってみっか」「今日は広い公園行ってみよ」と毎回違う散歩道を行くので、心なしかハルもウキウキしている。


「今日、こっち行くか」
「え、今日バイトでしょ?遅刻するよ」
「まだ余裕」
「じゃあ、バイト先まで散歩がてら送るよ」


 私の声が聞こえているのかいないのか分からないくらい、二人(あさひくんとハル)の世界。
 知らない人間には目を合わせない、触らせない、自分の隙を見せないという人見知りがあるハル。
 おやつやおもちゃで仲良くなろうと人間が頑張っても、ハルが良しと言うまでは心の距離も物理的な距離も保ったまま。だけど、自分が心を許した人間には何をされても文句を言わない。あさひくん、ちーちゃん、勇太くんもハルと仲良くなるのには時間がかかったなぁ。


「あれ、てるさん」
「お散歩かい、お~、ハル、今日もいい顔してるね」
「ブタさんとサブさんも一緒だったんだ」
「今日は知り合いの演奏会に行ってきたんだよ」
「演奏会?」
「演奏会っていっても、年寄りの暇を持て余した趣味みたいなものでね。知り合いの店で各々が練習した楽器の発表会をするんだ。私たちは盛り上げ役にお呼ばれしたってわけさ」
「もしかして丘の上の?」
「丘の上?」
「森の入り口に神社があるじゃん。そこの隣にてるさんのお友達がやってる喫茶店があるの。行ったことはないんだけど、話を聞く限り、陽気な喫茶店みたいだよ」
「普段は静かな店なんだけどね、たまに集まって色んな催し物をするんだ」
「今度柚ちゃんたちも来ればいいじゃない」
「てるさん達が演奏するときに行こうかな」


 ハハ、それは楽しみだ、とハルを囲んで賑やかに話す三人も、ハルに心を許された人間たち。

 ハルが家に来てすぐ、みんなに自慢したくて、みんなの店を寄りながらハルを散歩したから、ハルもいつも良いもの(おやつ)をくれるおじさんたちと認識して?、すぐに懐いた。実際、幼馴染三人より慣れるの早かったかも。
 てるさんに至っては「お父さんたちがお仕事で居ないとき、店に連れておいで。柚ちゃんがお仕事をしている間、看板犬にしよう」と言ってくれている。

 軽く話をしててるさんたちと別れ(ハルはすごく後ろ髪を引かれてた)、あさひくんのバイト先まで来たのに目の前を通り過ぎたから「行かないの?」と聞いたら「まださすがに早い」と家の方へと歩く。

 近くの公園に寄って軽く追いかけっこをした後、少し早歩きでわたしたちを送り届けたと思ったら、もの凄いスピードでバイトへと走っていく後ろ姿を見て、あさひくんも焦るんだ、と新たな一面を見た気がした。普段、表情も変えずにクールだから。

 少ししてから【間に合った?】とラインをしたら、バイトが終わったであろう時間に【余裕】と返信がきた。
 余裕ではないだろ、あの走りは。

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この小説は、小説家になろうで掲載している作品です。
創作大賞2024に応募するためnoteにも掲載していますが、企画が終わり次第、非公開にさせていただきます。

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