【笑ってくれないあさひくん】 #10
「ちづ、誕生日おめでとう」
「ちーちゃん、誕生日おめでとう」
「姉ちゃん、誕生日おめでとう」
「ありがと~!!」
ちーちゃんの誕生日会。
本当は来週が誕生日だけど、みんなが集まれる休日に前倒しをしてお祝い。いつもは誕生日が近い陸兄も一緒に祝っていたんだけど、どうしてもバイトが休めないみたいだから今回はちーちゃんオンリー。
今回の主役が韓国料理をお腹いっぱい食べたいというリクエストで、前日から、いや、一週間も前から、ママたちが張り切って準備していた。
チーズダッカルビ、ビビンバ、サムギョプサル、チキン、チヂミ……テーブルにはみ出るくらいの料理を見たちーちゃんがぴょんぴょん跳ねながら喜んでいるのをママたちは満足そうに見ている。
その後ろで、ビール片手に涙しているのはちーちゃんのお父さん。
普段仕事が忙しすぎるちーちゃんのお父さんに会えることはなかなか珍しいけど、ちーちゃんや純也くんの誕生日会や運動会には必ず来ている。そして毎回涙している。今回は誕生日バージョン。
「も~、お父さんまた泣いてる」
「だって、グスッ、ちーちゃんが、こんなに、元気に、大きくなって、パパうれしくてっ、グスッ、みんなに誕生日を祝ってもらえることも、すごくうれしくて、」
「毎年おんなじこと言ってるよ」
「もう、パパ、うれしくて、涙出るグスッ、」
みんなはまた始まった~ともう慣れっこ。
なんだか泣くスピードが年々早くなっているような気がする。
そして、お決まりのパターンが、その両隣、うちのパパとあさひくんのお父さん。
「グスッ、ちーちゃんは本当によく頑張って、」
「小さいちーちゃんがグスッ、ママの隣で、一生懸命料理を教わってる姿、いまでも思い出します、グスッ、」
普段はキリッとしているパパたちだけど、こういう場にとにかく弱い。
入学式、卒業式、授業参観、運動会、誕生日会……イベントというイベントに涙している。
この前の私たちの入学式のときなんか「お願いだから人前で泣かないでくれ」と家族で相談した結果、パパの感情と目を慣れさせるために、高校の制服が届いたその日から「これが高校の制服!わたしはもう高校生になります!」と何度制服を着て披露したことか。
そのおかげで当日は泣かずに済んで……というわけにはいかず、制服を着たみんなの写真に撮りながら静かに涙を流していた。隣にいるあさひくんのお父さんも。
今ですらこんなに泣いているのに、成人式や結婚式はどうなるんだろう、とみんなで話したことがあるけど、その話を持ち出した時点で泣くことは目に見えているので、わたしたちの間ではパパたちの涙を誘う話は禁止になっている。
シクシクと泣いている三人を無視して、待ち侘びていたケーキの登場。
みんなでバースデーソングを歌いながら(思春期を除いて)、ロウソクに息を吹きかける前に「お父さんと純也とみ~んなが元気にハッピーに過ごせますように」と願いごとをしてから火を消すちーちゃんに、涙が溢れるお父さんズ。ちーちゃん、これは狙ったな。
部屋の電気がついて、わたしからちーちゃんにプレゼントを渡す。一応「気に入るか分かんないけど、」と保険をかけて。
私たちは集まる人数も多いから、みんなでお金を集めて一つのプレゼントを渡すスタイルにしている。今回、この重要な任務を任されたのは、わたしとあさひくんと勇太くん。まぁ、いつものメンバー。
毎年のことでプレゼントの候補も尽きてきたけど、今年の誕生日は絶対これにしようって決めてたものがあって他の二人に相談したら「まぁいんじゃね」「異議なし」と。協力的なのか、考えるのが面倒くさいだけなのか怪しいところ。
ちーちゃんは綺麗に綺麗に包装紙を開けて中身を見ると、ぱあっと目を輝かして「うそ!!欲しかったんだけど!!」、嬉しい反応をしてくれる。
ちーちゃんに渡したプレゼントは、コンパクトなデジタルカメラ。
エモっぽく撮れる感じが流行っていて、ちーちゃんは前々からデジカメ欲しいけど携帯があるしな~と悩んでいた。流行は必ず取り入れるちーちゃんに、絶対にプレゼントするべきだ、と思っていた。
ちーちゃんはそそくさと器用に設定を済ませて、「一枚目は私!!」と自撮りをしてからみんなの写真を撮っていく。目が真っ赤なお父さんズ、変顔をする弟ズ、綺麗に撮りなさいと脅すお母さんズ、ちーちゃんを含めた四人で撮る幼馴染ズ。
盛り上がった誕生日会が終わると「柚ちゃん!!今日は本当にありがと~!!プレゼントも~!!」とハグ。感情が高ぶるとハグをするのはちーちゃんの癖。
ハグをしながら一緒にぴょんぴょんと跳ね、その流れでパパやママたちにも「今日はほんとありがと~!!」とハグをし、思春期の弟たちは瞬時に壁と同化し息を潜め……てもちーちゃんからは逃れられず「弟たち~!!ありがとな~!!」と肩を組まれ、純也くんにいたってはほっぺにちゅーされて悲鳴を上げる。あさひくん、勇太くんはもう慣れっこで、無表情にされるがまま。ちーちゃんからは逃れられない、と学んだらしい。
後日、学校から帰宅して【陸兄、公園来て】【やだよ~ん】【ハルが陸兄に会いたいって泣いてる】【ハルちゃ~ん泣かないで~。15分後とかだったら】とハルを囮にして陸兄を呼び出す。陸兄はハルのこと溺愛してるからちょろいもんだ。
15分をかなりオーバーしてのっそりのっそりと歩いてきた陸兄に駆け寄るハルに「ハルちゃ!ちゃちゃ丸!今日もとぉってもキュートなお顔とボディねぇ~ん」とハルを撫でくりまわす。
ハルをいろんな呼び方するのは陸兄とてるさんだけ。これはだいぶシンプルな呼び方。
「で、なに?なんか用事あんじゃねぇの?」
「うん」
みんな~、と振り返ると、遊具の後ろで隠れてた三人がケーキを持って登場。
陸兄は「あらぁ」と口元に手を添えて大げさにびっくりする。陸兄のことだし自分の誕生日を忘れてるんじゃないかな、と思ってたら「俺、誕生日だっけ?」って。
「本当は明日だけど、陸兄、明日バイトでしょ」
「陸兄の好きなチーズケーキにしたよ」
「手作り?」
「うん、ちーちゃんがつくってくれた」
「陸兄、火消したら」
「待って、願いごとしてから」
「願いごとなんてねぇよ」
「何でもいいから、ほら」
陸兄は「え~本当にないのに~」と渋りながら「ハルちゃんがうちの子になりますように」と火を消す。
ちーちゃんが「わ~!!おめでと~!!プレゼントはハルで~す」と言うと「わ~!!さっそく願いが叶ったわぁ。ハルちゃ~ん、今日からおまえの名前は、漆黒の翼・ディーン・ゴンザレス・K。略してちゃちゃ丸だ」とハルを撫でくりまわす。
びっくりするくらい絶望的なネーミングセンスを無視して「はい、これ」とプレゼントを渡す。
陸兄は「まさか?まさかの?」今年はなんだろな~、と嬉しそうに受け取るけど、陸兄へのプレゼントは毎年決まってる。
「やった~!今年は図書カードだ~!」
今年は、じゃなくて、今年も、だけど。
陸兄は小学生の頃から物欲がなく、陸兄があれ欲しいこれ欲しいと言っているのを聞いたことがない。
あれよこれよと探っても何も出てこなくて、困り果てた私たちは当時流行っていたゲームを誕生日プレゼントとして渡すと「やった~」と喜んで受け取るも、陸兄の家に遊びに行ったときに未開封のままのゲームがベッドの下に置いてあったのを見つけた。問いただしてみたら「だって、別にやりたくねぇんだもん」。
そんな出来事からしばらくして、休みの日に図書館に行ったとき、陸兄を見つけた。大人たちに混じって椅子に深く腰をかけ、分厚い本を真面目に読んでいた。声をかけても微動だにせず。
後日、陸兄に話すと「え?話しかけた?全然気づかなかった」と驚かれた。「図書館にはよく行くの?」「うん、暇なときは」「本好きなの?」「分かんないけど、本読むのは楽しい」と聞いたとき、じゃあ、誕生日プレゼントは本でいいのでは?と思いつき、ママに相談した結果、次のプレゼントから図書カードになった。
次の陸兄の誕生日、欲しいものないからプレゼントいらないと言っていた陸兄に図書カードを渡したら、今まで見たことないくらい喜んでいた。
ママに相談したとき、誕生日に図書カード?なんて味気なく思ったけど、喜んでる陸兄の姿を見るとこのプレゼントは正解だった気がする。
「でも、バイトしてるから、欲しい本はもう自分で買えるんじゃない?」
「いっつも古びた本屋でしか買わねぇから、このカード貰ったら駅前の本屋で買うって決めてんの」
古びた本屋とは、わたしのバイト先の前にある古本屋さん。
陸兄はそこの店主のサブさんと話が合うらしく、いつも店先のベンチで語り合っている。たまにサブさんの代わりに店番してる……っていってもいつも本を読んでるだけだけど。
ちーちゃんの手作りケーキをみんなで完食すると(ハルにはジャーキーをあげて)、陸兄はさっそく「本屋行ってくる」と立ち上がり、みんなの前で咳払いを一つ。
「みんな♡今日はあたしのために集まってくれて、どうもありがとう♡チーズケーキもとぉっても美味しかったわ♡みんなに幸あれ♡ゴンザレス、またね♡」と大げさにポーズをとり、最後に投げキッスをして去っていった。
「今年はあれだけで済んでよかったね」
「去年はなんだっけ?」
「熱烈なキッス」
「あ~……」
「おまえらはほっぺで済んでよかっただろうよ」
あさひくんの虚無な目に、わたしたちは「あ~……」とかける言葉がない。
去年の誕生日会は陸兄も参加し、感情が高ぶったちーちゃんがみんなにハグをする中、陸兄も「あたしもあたしも~♡」とちーちゃんに続いてハグ。
ただそれだけじゃ収まらなかったのか、ほっぺにぶちゅ~っと熱烈なキッスを浴びせていく。なぜかパパたち大喜び。
もちろん誰一人欠かすことなく、わたしもゴンザレスも熱烈に浴びせられた。一番最後にいたあさひくんの番になると、テンション感情最高潮の陸兄が「あさひ~♡おまえは特別やで~♡」と……
それからのあさひくんは陸兄のことを「陸のクソ野郎兄」と殺意や憎しみ、怨念を込めて呼び、陸兄に会うたびに虚無な目つきで突進、頭突き、もしくは羽交い締めをするようになった。力ではあさひくんの方が強い。
今日はさすがに祝いの場だから抑えてね、と止めておいたけど。
「でも、多分、去年のことは忘れてると思う」
「そうそう、自分の誕生日も覚えてないくらいだし」
「それはそれでなんかムカつく」
「ゴンザレスなんかいつも顔中にキッスされてるよ。ベロッベロだよ」
「複雑な乙女心だね」
乙女じゃねぇし、とプンプンするあさひくん。
あさひくんはいつも無表情で何を考えているか分かんないけど、陸兄には感情を表す方だと思う。
小学生の頃は陸兄を見かけるといつも駆け寄ってたし、中学生、高校生になったいまでも陸兄のおちゃらけに何やってんだよ、と冷めた目で見つつ、表情が柔らかくなる。気を許している感じ。あさひくんにとったらお兄ちゃん的な存在なのかな、と思った。
「陸兄みたいなお兄ちゃんいたら嬉しい?」
「え?あれが兄貴?俺もあぁなる可能性あるってこと?キモくね?」
「まぁ、確かに……」
愛嬌振りまくるあさひくん……?
おちゃらけるあさひくん……?
まっっったく想像できないけど、見てみたい気もしなくもない。
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この小説は、小説家になろうで掲載している作品です。
創作大賞2024に応募するためnoteにも掲載していますが、企画が終わり次第、非公開にさせていただきます。