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【笑ってくれないあさひくん】 #2


 中学のときから始めた五年日記も、もう四年目。


 所々空白のところはあるけど、飽き性なわたしがひとつのことをこんなに続けるなんて……と感動する。
 幼馴染のみんなにも勧めたけど、ちーちゃんは「ん~、インスタでいいや!」、勇太くんは「書くことない」、あさひくんは「俺の分まで書いて」と誰一人興味を示さなかった。まぁいいや。


 今日は、高校の入学式。

 入学式や卒業式といった行事の思い出を残したがる親のおかげで、幼馴染みんなが集まって写真撮影をするのが恒例になってる。楽しんでるのは親だけだけど。主役であるわたしたちよりもはしゃいでいる親たちを横目に、少し眠たそうな顔でわたしの隣に来るあさひくん。


「おはよ。幼稚園の頃を思い出してた。ほら、幼稚園バスを待ってるときさ、あさひくん、お母さんに手を繋がれながら、こっちをじっと睨みつけてきたじゃん。それが怖くていつもママの後ろに隠れてたんだけど、覚えてる?」


 懐かしいな~と言うと「覚えてない」とあくびをしながらそっぽを向く。へぇへぇそうですか、覚えてないですか。別にいいけど。
 フンッとそっぽを向くと、視線の先にちーちゃんが「おはよ~」とニコニコしながら手を振っている。その後ろを小走りで追いかけるちーちゃんの弟、純也くん。


「おはよ~、純くんもおはよ~」
「おはよ~」


 ちーちゃんは幼稚園のときにお母さんを病気で亡くしている。

 ちーちゃんのお父さんは仕事が忙しいから、帰りが遅くなる日は、よく学校帰りにうちで遊んでそのままご飯を食べたり、休みの日はお泊まりもした。
 ちーちゃんが料理や洗濯といった家事を覚えてから、うちに来る回数も減ったけど、それでも変わらず「めぐちゃん(わたしのママ)のごはん食べた~い」と顔を出しに来る。ママも嬉しいみたい。

 小さいときから行くところ全てに純也くんを連れてるので、わたしの家族はもちろん、あさひくんの家族にも懐いてるし、みんなに可愛がられてる。みんなの末っ子、みんなの弟って感じ。


「姉ちゃん、ゲームしていい?」
「まだ。写真撮ってから。勇太と陸兄は……まだ来てないか。あの二人、いっつもうちらがザワザワし出すと涼しい顔して登場するからな~」


 まぁ、まだ時間じゃないし、と世間話や思い出話に浸ったり、幼稚園の頃のあさひくんの第一印象が悪いことについてちーちゃんに言ったら「昔も今も変わんないじゃん」と笑顔で斬り捨てる。たしかにそう。隣にいるあさひくんはムスッとしてて笑った。

 しばらく談笑したのち、パパの「そろそろ撮ろうか」の一言でわたしたちは一斉に辺りを確認する。
「陸兄たちいないよね?」「電話する?」「陸と勇太、まだ来てないの?呼びに行く?」「寝てんじゃないの」とみんながザワザワし出したとき、「待って、来た」とあさひくんが呟いた先に、眠たそうにのんびり歩く二人の姿。陸兄にいたってはスウェットにサンダル、寝起き感丸出し。


「ちょっと陸兄~、いくらなんでも寝起きすぎない?」
「いいじゃん、どうせ主役はおまえらだし」
「二人一緒に来たの?」
「いや、途中で会った」


 性格も見た目も正反対なこの二人は、こういうときだけ息が合う。
 約束より早く来るあさひくん、約束ぴったりに来るわたしとちーちゃん、約束に遅れてくる陸兄と勇太くん。

 どうせ遅れてくるんだからわたしたちも遅れて行こうっていう日に限って二人とも早く来て、陸兄にグチグチグチグチ言われ続けてしつこかったから、それ以来、わたしたちは「陸兄のことだから、勇太くんのことだから」と待ちの姿勢に徹することに決めた。
 陸兄の勝ち誇った顔はできれば見たくない。


 なんやかんや幼馴染が全員集合するのは久しぶりだから嬉しい。
 やいやい言いながらも(特に陸兄)毎回参加してるみんなを見てると、そう思ってるのはわたしだけじゃないんだなぁとまた嬉しくなる。
 いつも通りの騒がしい写真撮影が終わり、「じゃ、俺はもうひと眠りするんで」とそそくさと帰って行った陸兄と留守番組の弟たちを除いて入学式に向かう。


 高校生活楽しめるかな、ちーちゃんと同じクラスがいいな。
 圧倒的Eタイプのちーちゃんと、社交的ではないけどなにかと友達が多いあさひくんと勇太くん。この三人はすぐ友達もできるだろうし、いまみたいに四人で遊んだりも少なくなるだろうな。
 わたしは人と仲良くなるのは時間がかかるし、みんなでわいわい騒げる方じゃないから、高校生活はなるべく静かに、穏やかに過ごしたい。
 もし、ひとりぼっちでいることになっても、無理に友達はつくらず、ひとりの時間を楽しんで、好きなことに集中しよう、と休みの間に心に決めたことを思い出したとき、隣にあさひくんが来て「不安なん?」と聞いてきた。


「あさひくんは?不安?」
「べつに。もしぼっちだったら一緒に昼飯食ってやっから」
「まぁ、それは助かる」
「必要なら休み時間ごとに声かけに行きますけど」
「そこまでしなくてもいい」


 あさひくんはすぐに察してくれるな。昔からそう。

 わたしは新しい環境に馴染むのが苦手で、その度に不安が大きくなる。小さい頃は泣きじゃくってママを困らせてたけど、そのときもあさひくんはわたしが落ち着くまで何も言わずにそっと隣にいてくれてた。
 いまはさすがに泣くことはなくなったけど、不安な気持ちは変わらない。
 そういうときは、あさひくんからもらったお守り(ちっちゃな白くまの人形)を触るようにしてる。多分その姿を見られたんだと思う。


 いつだったかな、たしか小学の始業式前日にみんなで水族館に行ったとき、ふと「明日から学校かぁ、やだなぁ」と呟いたのをあさひくんが聞いてたみたいで、帰り際に渡されたのがこの人形だった。
「これ持ってたら大丈夫になる」そう言われて以来、ランドセルにつけて、不安なときは握りしめ、「大丈夫」と暗示をかけるようにしてる。


「高校生になったんだし、そろそろしっかりしないと」と新品のバッグに少し年季の入ったお守りを撫でながら「でも、今日は特別」って言うと「べつに、無理しなくてもいんじゃね」「無理した方が疲れるっしょ」と優しい言葉をかけてくれる。

 あさひくんは昔から気づいたら隣にいて、気づいたらわたしの不安に寄り添ってくれる。
 無愛想だけど。

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この小説は、小説家になろうで掲載している作品です。
創作大賞2024に応募するためnoteにも掲載していますが、企画が終わり次第、非公開にさせていただきます。

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